夜の街
【五】
「お前たちはまさに異世界転生だったわけだな」
さっきも思ったことを直接、伝えてみた。
「あん?」
日が落ちた街並み。住宅街が森のように静まった中を少年と少女は歩いていく。
「だって異世界に移動しただけなら転移だろ? でも、魂以外を全部作り変えたなら、それは転生と言ってもいいと思う。お前たちは子供で、記憶もほとんど残ってないならなおさらのことだ」
異世界で生まれ変わった。
生まれ変わりを強制させられた。
二度と帰れない駒として。
「そんなのただの言葉だよ」
「お前たちのことを世間に公表するべきかな」
異世界転生事象に苦しむ遺族は世界中にいる。
彼らは突如として身内を亡くした空虚感を一生抱えていないといけない。
天涯孤独の素性の転生者も多いが、身内や親しい仲の人間がいる者と、いない者の割合で言えば半々だ。
もしも、異世界に行った者が魂以外は別人になっていると教えれば……遺族にとってはいくらかの慰めにもなるのかもしれない。
毎日草の根活動をしている《異世界転生町内会》の人たちの心の傷を癒せるのなら、多少の危険は承知すべきに思えた。
少なくとも、異世界に最適化された体になることができるからだ。
未知の病原菌に感染して全身から血を流して即死、ということはないように思う。
「あくまでうちらの世界に転生した場合だからねえ。他の世界に転生した奴らのことはわかんないよ」
異世界転生者本人が言うなら聞くべきだ。
このことは後で改めて考えようと蓮は考え直した。
「これを仕組んでる奴はいると思うか?」
ずっと蓮の心のどこかである考え。それは、“異世界転生事象は誰かの作為によるものでは”というものだ。
これを考えたのは自分以外にも多いだろう。
けれども、公言することはない。なぜなら、自然現象として処理されてきたことに対して、作為を見出すのは“陰謀論者”だからだ。
人気のない住宅街、本来はここにも無数の人々が住んでいる。
その中から誰かを選んで異世界に送る何者かがいるという考察または妄想。
遺族なら誰もが頭に過るもの。
憎める相手がいるなら、やりきれなさや悔しさをぶつけることもできるから。
「いるだろうね。あたしもシキも魔王になった瞬間に何かの絡繰の存在は感じた。それが人間みたいに意思があるのかどうかはわからないけど……少なくともあたし達の手が届く存在じゃないのは理解したよ」
あまりにも存在が上のものには、人は自然現象として受け入れるか、神として名前と人格を与える。
異世界転生を企てる“何か”がいたとしても、それが果たしてどういう存在なのか、知る術はない。
ただ”そういうもの”として受け入れ、対処するしかないのだろう。
「それにしても、人っ子一人いないな……」
蓮が住んでいる土地は近年、発展が目覚ましい。
川崎駅にも横浜駅にも行けることから、アクセスの利便性が注目されている。
深夜でも必ず誰かとはすれ違うものだが、今夜は人の気配そのものがない。
これが先程、ライゼンも言っていたことか。
……魔王が世界と人を呑むという。
「さっきも言ったでしょ。シキが周辺の人間を自軍にしている。それが魔王の能力、と言うよりは役目かな。味方を駒にして、自軍として相手側に侵攻するんだ。うちらでは生物がこっち、珪素生物がシキ側の味方だった。有機体VS無機体の無限戦争がテーマの世界ってことみたい」
ライゼンは言った。”シキが人々を呑み込んでいるのを見てもらう”と。
しかし、こうして無音の世界を歩いても、湧き上がるのは異世界転生がむしゃくしゃするくらいに不快だという実感くらいだ。
すべてが悪趣味であり、無意味でもあった。
魔王に支配された世界、異世界から人を召喚しては代替わりの鬼ごっこを永遠に繰り返すルール。
まるで、ただ転生者を苦しめるためだけに作られた世界だ。
「なんでそんなことをしているんだ? 誰が何を目論んだ仕組みなんだ」
「それも異世界転生の黒幕に聞かないと。いるとしたらだけどね」
「言葉が通じるかもわからないな」
そんな話をしながら二人は並んで歩く。
人がいない、それだけで見知った景色、空気が別物になる。
慣れ親しんだ世界からかけ離れた空間にいる錯覚。
幼くして全てが違う場所に飛ばされた少女の心情は想像もできない。
「志紀の身内は珪素生物なんだな?」
彼女自身もそう言っていた。
妹があれほどに生き物の熱と匂いに執着していたのだから、間違いはないと思う。
異世界転生を殴りたがる兄を妹は“変態”と言ったが、彼女の熱を求める動きも十分に“変態”だ。
“変態”とはそうやってできるのだろうか、どうでもいいことだと少年は首を振る。
「つまり今の魔王の配下は珪素生物なわけだ。ギリーという、あいつの義父のように」
しかし、だとするとこちらの世界で戦った相手は皆、本来はライゼンの側の軍勢である有機体の生き物ばかりなのが腑に落ちない。
「俺が戦ったのはみんな、お前の身内である生き物だったようだが……」
「あたしは不死身だからね。魔王を殺した時に願いを叶えられる。あたしは死にたくなかったから、そう願った。たぶん、それで魔王交代システムがおかしくなってるんだ。あたしは死んでないし、なのに魔王は代替わりしている。だから魔王に軍勢を総取りされた状態なわけ」
そうして、志紀はなんとかしてかつての味方だった者達を、兄や自分と戦わせないようにしてきたということか。
代わりにライゼンの身内を戦わせることで。
身勝手とも言えるが、それを責められる者はいないだろう。
いくら世界のルールの駒でしかないと言われても、長年ともに生きた仲間を傷つけられるはずもない。
「お前も辛かっただろう。意思がないとは言え、昔の仲間が殺されるのは」
「べつに……あいつらと仲良くしてたのも、今となってはずっと昔の話だよ。だって会話ができないし」
そうライゼンは語る。
彼女の横顔からは真意を見抜くことは出来ない。
過去を懐かしむというよりも思い出の牢獄に閉じ込めて決別したというように見えた。
彼女の場合はそうせざるを得なかったというのが正しいか。
「細かい記憶が削げ落ちてみんな良い奴だった、そう纏めようにも、もはやあいつらの元の声も性格も忘れてかけているんだ、割り切って過去にするのが幸福さ」
それにしても本当に人というのが一人もいない。
朝からずっと魔獣の犠牲者が一人も報告されなかったのは、志紀の存在によって人が消えていっていたのもあるのかもしれない。
そう言えば、三森茜は大丈夫なのだろうか。
玄関に鍋を置いていってくれていたから、少し前までは無事のはずだ。
「とにかく。この街を見ても俺の心は一切変わらないぞ」
「ほら、ちょうどいいとこにいてくれたよ」
陽気な口調とは真逆に、悲哀の籠もった瞳でライゼンは指差す。
人がいなくなったのにまだ止まっていない街灯の下。
スポットライトの下で、心細そうに彷徨っている小さな女の子がいた。
どこかで見た記憶があるが、それは今はいい。
そう感じた進藤蓮は目を細めながら駆け寄った。
「キミ! お父さんとお母さんは?」
膝をついて目線の高さを合わせて少年は言う。
今にも泣き出しそうだった女の子は、ようやく人に会えた安心感から顔をクシャクシャに歪めて号泣し始めた。
「うわああああああん!!!!」
「落ち着いてくれ。キミのパパとママは必ず助ける! だから今はお兄ちゃん達と一緒に行こう」
慰めながら女の子の顔を間近に見たことで、少年は彼女に抱いていた既視感に気づいた。
昼間に行った服屋で志紀と話をしていた女の子だ。
あの周辺にいたのならば三森の誘導で避難しているはずだが、どこかのシェルターから出てきたのだろう。
安全とは言え、小さな女の子に一人でい続けろというのはあまりに酷だ。
「この子はシキの友達?」
「昼に仲良さそうに話していた!」
背後のライゼンの質問に振り返らず答える。
とにかく今はこの女の子を保護しなければ。
泣いている子どもはどうしても駄目だ。
”あの日”の志紀を必然的に連想してしまう。
見捨てられるわけがない。
「やっぱりね。大丈夫。その子もすぐに呑まれる」
「おい、何を言って────」
批難しようとしたところで進藤蓮の下に不確かな影が生まれた。
妹の面倒を見ていたというギリーが出た時も見たものだ。
それが、女の子の体に絡みつく。
「お、おい!!」
「ええっ!? なにこれ!」
女の子が怯え、少年は影を剥ぎ取ろうと奮闘する。
しかし一向に取れる気がしない。
目を集中し、破砕点を見つけるにも、進藤蓮の攻撃に子どもも巻き込まれる。
「大丈夫だ! なんとかしてやる!!」
影を指で触れることはできない。
底なし沼に沈むように女の子が影に呑まれていく。
「ライゼン! 力を貸せ!! ライゼン!」
そう呼びかけても反応は来ない。
ただ少年を見定めるかのように観察している。
地面から影を剥がそうとして四つん這いになってコンクリートに爪を引き立てるも爪が剥がれるだけ。
パンチをするにも子供を巻き込まない自信がない。
「いや! こわい! たすけて!!」
半狂乱になった叫び声を耳元で聞くがどうしようもない。
助けを求める女の子に何もできないままに、魔王が人間を呑み込んでいく。
「たすけて、おにいちゃん……!!」
────!!
女の子が消えた。
最後の言葉に連の全身が震え上がり、その場に崩れ落ちそうになる。
進藤蓮の目の前でまたも幼い女の子が消えた。
異世界の事象に奪われた。
強くなったはずなのに。
こんな時のために力をつけたのに。
蓮は悔しさと憤りで、拳を地面に繰り返し叩きつける。
「クソッ……クソクソ……!! チクショウ!!!」
「あの子が呑まれるのが遅れたのは、志紀が魔王でいることに抵抗していたからだろうね。少しでも思い入れがあるから、影に呑まれるのが遅れた。……それがかえって苦しめるつもりになってしまったけれども」
進藤蓮がまだ呑まれていないのも同じ理由ということか。
この世界で一番深く関わったから、魔王の軍勢になるのが遅れている。そしていつかは必ず呑まれる。
もっとも、今の少年にはそのことは重要ではない。
重要なのは、妹と会って、助けるということ。
折れそうな心を叱咤し、歩を進め続ける。
だが彼の足を、別のものが遮った。
目の前で”あの日”が繰り返され、茫然となった少年の周囲を、
気づけば生命感のない住民が取り囲んでいた。




