9.信じて頼る
翌日、私は少し憂鬱な気持ちで部室へと来ていた。
理由は琴崎先輩の加入による雰囲気の変化だ。
これまでは初心者の宮本さんに楽しくゲームを教えるカジュアルな雰囲気だった。
もちろん真剣に取り組むことは悪いことではないし、同好会から部への復帰を目指すにあたって真面目に練習することは必要だ。
しかし、熱量の違いによる温度差が不和をもたらすことを私は知っている。
「今日も一日がんばりましょー!」
唯一の救いは宮本さんだ。
ポニーテールを揺らしながら元気よく拳を突き上げる姿は見ていて気持ちが良い。
毎日がFPSゲームを学ぶ喜びに満ち溢れていて、とても新鮮な日々を送れているようで、いつも楽しそうにゲームをプレイしている。
経験者の私から見ても筋が良く、アドバイスすればすぐに出来るようになるので本人も楽しくて仕方がないのだろう。
「新堂さん、ちょっとこれ見てよ」
「な、なんですか……?」
椅子にちょこんと座っている琴崎先輩が見せてきたのは、昨日行ったゲームの分析データだ。
私たちは前日の結果を元に反省点などを洗い出してから、今日の練習に活かすのをルーティーンとしていた。
何か反省点が見つかったのだろうか。
「宮本さんのヘッショ率70%……。昨日の相手ってプラチナからハンターだったよね?」
「な、70%ですか⁉」
琴崎先輩のモニターを覗き込むと、そこには間違いなく70%と表示されていた。
世界のトッププロでも高くて30%、上振れて40%台に落ち着く数字である。
宮本さんは元々ヘッドショット率が異様に高かったものの、対戦相手が宮本さんと同レベルの初心者だったので、レベルの高い相手と対峙したらガクッと数字が下がると思っていた。
しかし昨日の対戦相手は私たち五人と同じレベルだったはずだ。
「何かの間違いかと思って宮本さんのプレイ動画を見てたんだけど、まじでエグイよ」
琴崎先輩は興奮した様子で昨日の宮本さんのプレイ動画を流す。
そこには見つけた敵の頭を瞬間的に撃ちぬくプレイがいくつもあった。
初心者のわりに……とかいう次元ではない。
実力者の中でも突き抜けたエイム力を持っているように見える。
これが才能というものなのだろうか。
運動神経がよほど優れているのかもしれない。
「どうしたんですかー? あ、私の画面だ!」
「宮本さんって中学で何かスポーツとかやってた?」
「え⁉ い、いや、やってないですけど……」
琴崎先輩は宮本さんにスポーツ経験の有無を確認するが、宮本さんはひどく困惑したように否定する。
特にそのようなことはないらしい。
――プロゲーマーで活躍してる人って、フィジカルエリートの人が多いんだよね。
ゲーマーというとオタクなイメージが先行して細身な人を想像する人もいる。
しかし、現代のeスポーツプロシーンで活躍する選手は、甲子園に出場していたり、サッカーやテニスでインターハイに出たことのある人など、運動神経の良い人ばかりだ。
それは熱中し続けられる体力や精密なゲーム操作にも直結しているのだろう。
――宮本さんは明らかにフィジカルエリート側の人間だからかな。
宮本さんは高校一年生の時点で身長170センチ近くあるかなり発育の良い人間だ。
過去に何かしらのスポーツをやっていたのではないかという琴崎先輩の予想にも頷ける。
正直、ゲームの同好会ではなく、バスケ、陸上、バレーボールなどの部活に入ったほうが充実した高校生活が送れるのではないかと思うほどである。
「そっか。昨日のプレイ動画見返してて、宮本さんのエイムがすごいって話してたとこなんだよ。エイム速すぎて相手が撃つ前に倒してるから被ダメもめっちゃ少ないし」
数字を詳しく見ると、宮本さんは1ラウンドあたりの被ダメージが極端に少ない。
これもずば抜けたエイム力による副産物だろう。
仮に撃ち勝ったとしても、普通だったら敵も同時に銃を撃っているので一~二発は被弾している。
しかし宮本さんは敵の頭に照準を合わせるのがとてつもなく早いようで、敵が銃を撃つ前に頭を撃ち抜いているようだ。
「エイムはもう言うことないぐらい良いから、あとはスキルを合わせた戦闘や連携に慣れていけばもっともっと強くなれるよ」
「はい、頑張ります!」
宮本さんは日々の成果が認められて嬉しいのか、とてもご機嫌な様子だ。
「ごめーん、ちょっと遅くなった」
扉を開けて最後に入ってきたのは、豊かなお胸に綺麗な茶髪でザ・レディーという私とは対極の生物である南先輩だ。
今日も一段とお美しい。それでいていつも優しく接してくれるので尊敬できる先輩である。
「ギャル先輩、お疲れ様です!」
「お、お疲れ様です……」
『真知子ちゃんお疲れ~』
しかし、一方で雰囲気の変化に苦しんでいるのも南先輩だった。
当初は明るく楽しくゲームをプレイしていた南先輩だったが、琴崎先輩が来てから口数がめっきりと減ってしまった。
南先輩がゲームを楽しむことにも重点を置きながら宮本さんにレクチャーする様子が好きだったので、私はその変化をすごく残念に思っている。
「遅れるなら事前にBiscordでチャット入れといてよ」
「ごめん」
相変わらず琴崎先輩の南先輩に対する態度はつんけんしている。
二人は視線を合わせることなく席についてしまった。
この狭い空間で上級生二人の雰囲気が悪いのはしんどい。
――まぁ暗くて陰気で辛気臭い私が空気の悪さに一番貢献してるんだけどね。ははは……。
「それじゃあ昨日のゲームの振り返りから始めましょう」
それでもスパっと練習の進行に切り替えられるのが琴崎先輩の良いところだ。
私たちは前日の課題や修正点を話し合ってから、今日の練習に取り掛かるという練習方法を採用していた。
何を話し合うかについては、例えば、ゲーム中の失敗を振り返って、そのとき何を考えてプレイしていたのか言語化したり、ゲーム中に意見が食い違うなど連携面でミスがあった場合は、どちらの考えを優先させるべきだったのかなどを議論する。
そしてミスの原因を洗い出して、原因がチームの方針に関係するものであれば方針をより明確にしていき、原因が個人の練度や技量によるものであれば、個人個人に合わせた目標を設定していく。
「さっきも話したけど、宮本さんの反省点は集団戦闘中の報告量かな。自分で考えられるようになるのもそうだけど、報告量を増やせればこっちでカバーできる場面も増えるからね」
「はい!」
琴崎先輩の課題は味方に要求するコールの正確さ、ココ助先輩はエリア突入時にクリアリングするポジションの優先順位など、それぞれの課題を前日の練習を振り返って明確にしていく。
ちなみに私は特に課題がなかったようで、もっと仲間の練度や性格を理解して積極的に試合を動かす声掛けをしていけるようにするというものに落ち着いた。
ただ、南先輩の課題はスモークスキルの残数管理と報告頻度という話になり、琴崎先輩は定点の話を出すことはしなかった。
――昨日は定点の知識不足がネックになったような……。
私は琴崎先輩の進行に引っ掛かりを覚えたが、それを口にするほどの勇気はない。
「それじゃあ今日もランクを回していきましょうか」
「戦闘中の報告をもっと増やせるように頑張ります!」
昨日の反省会も終わってさっそく練習に取り掛かる。
宮本さんは今日もやる気満々だ。
しかし、今日の対戦相手は昨日とは段違いの強さだった。
「開幕ラッシュきてる!」
『ごめん耐えれない!』
悲鳴のような報告とともに、Aエリアを守っていた琴崎先輩とココ助先輩がラウンド開始して即座に蹂躙される。
相手はゲーム開始と同時にAエリアへ突撃するラッシュ戦術を採用していて、Bエリアを守る私たちは対応することができない。
開幕から人数差をつくられ、設置エリアも制圧された私たちは、簡単にラウンドを落としてしまう。
そして、その後もラッシュ戦術にすることができず、連続してラウンドを落とすこととなる。
「ごめん、二人じゃラッシュ止められない。Aに人数寄せよ」
琴崎先輩は連続して攻め込まれているAエリアに人数を寄せて守り切ろうとオーダーする。
宮本さん一人にBエリアを任せて、他の四人でAエリアを守る作戦だ。
「B来てます! 五人います!」
しかし、無情にも敵はBエリアへと矛先を変えていた。
圧倒的人数差で撃破される宮本さん。
早々にBエリアの要所も抑えられ、設置された爆弾を解除しに行くこともままならない。
このラウンドも敗北し、気づけば0-6とボロボロだ。
「ちょっと相手のセットアップの練度やばいかも……」
琴崎先輩が頭を抱えるように呟く。
セットアップとは、あらかじめ決めておいた戦術で攻めることで、先日、私たちが多用したフラッシュエントリーもその一つだ。攻め側は事前に作戦が決まっているので迷いなく攻めることができ、守り側は連携の取れた組織的な動きに対応しなければならなくなる。
『セットも毎回変えてきてるから対応難しいね……』
「スリーフロントで攻撃的な構成なのもめっちゃキツイ……」
同じセットばかりを使うと対策されるが、この敵チームはすべてのラウンドでセットを変えてきていた。
そして、多様な攻め手を実現させているのが敵のキャラ構成だ。
フラッシュで目を眩ますゴッドチキン。
ダッシュスキルで弾を避けながら戦えるスパイラビット。
検知無効で罠を掻い潜るアサシンキャット。
そこに白い霧や雨を降らすシスターエレファントと、毒ガスや毒液カプセルを扱うドクターベアーの二体が戦場の視界情報を造り変える超攻撃的な構成だ。
敵を検知するエージェントホークのような、守備に重きを置いたロールである『トラッパー』を採用せず、前へ進軍する能力に長けた『フロント』キャラを三体も採用する構成に、私たちは対応できずにいた。
「中央からAに来てる!」
「すみませんやられました!」
『いや、仕方ないよこれは……』
気づけばラウンド差は0-8。
守りのラウンドも次が最後だ。
敵チームの優れたセットアップに対してアクションを起こそうとするものの、すべてが後手後手に回ってしまっている。
みんなはすっかり意気消沈の諦めムードで、このゲームをここから挽回するのは難しいだろう。
――毒液カプセルがAエリアに届いてる……?
そこで私はあることに気づく。
Bエリアを守る南先輩のキャラ、ドクターベアーの毒液カプセルはAエリア入口に届いていた。
昨日はこれができなくて、琴崎先輩からきつく当たられていたはずだ。
――たった一日で、できるようにしてきたんだ……。
数日前、南先輩と一緒に下校していた時の言葉がふと脳裏に蘇る。
<人に諦められたときの悲しさったらないよ>
きっと昨日のうちに努力してきたのだろう。
ただ、敵チームの行動経路が噛み合わなくて、それが活きた場面はなかった。
琴崎先輩も南先輩に定点スキルを要求することはない。
――琴崎先輩は、もう諦めちゃったのかな……。
さっきの反省会でも、琴崎先輩は南先輩の定点について言及することはなかった。
『言われるうちが華』という言葉があるように、琴崎先輩は南先輩への期待、信頼、望みを失ってしまったのだろうか。
だとしたら、それはとても悲しいことだ。
――ああ……。もう、嫌だ……。
チームの雰囲気は重苦しく、ゲーム内の連携以前に人間関係の問題を感じる。
どうせもう何をやったってだめだ。
私の中にじりじりと胸の奥が焼けるような黒い感情が湧き出てくる。
「スキルで確認したけどAエリア前は検知ない! 他は⁉」
『中央通路もまだきてないよ!』
「Bサイト前も小鷹の反応ありません!」
みんなが敵の情報を懸命に報告し合っている。
ここまで開幕ラッシュでスピーディに攻めてきていたので、おそらく敵はスロー進行で緩急をつけた揺さぶりを狙っているのだろう。
相手の狙い通り、一向に攻めてこない状況にこちらは浮き足立っていた。
そして、ラウンドの残り時間が残り二十秒を切ろうかという頃、突如として銃声が鳴り響く。
『ごめん! 中央A通路に四人いる!』
やられたのはココ助先輩だ。
敵が一切動きを見せてこない状況に痺れを切らして、通路の様子を見に行ってしまったのだろう。
そこを待っていた敵に狩り取られてしまったようだ。
敵のアクションを待っていればいいだけなのに……。
「相手時間ない! 設置止めたら勝てるよ!」
琴崎先輩は大きな声でコールする。
ラウンド開始から九〇秒以内に爆弾を設置できなければ守り側……つまりは私たちの勝ちだ。
爆弾の設置には五秒必要で、もう残り時間は一五秒を切っている。
設置さえ止めればこのラウンドは私たちの勝利となる。
――まぁ、ラウンド一つ取ったところで焼け石に水だけど……。
琴崎先輩はAエリアに押し寄せてくる四人の敵を必死に止めようとするが、一人で守りきるのは流石に厳しい。
集中砲火に遭って即座に倒される。
「あっ!」
私と宮本さんも爆弾の設置を阻止しようと急いでAエリアに駆け付けるが、通路の角に隠れていた敵のアサシンキャットがそれを待っていたかのように、私たちを背中から撃ち抜いてしまう。
――あー、やっぱりいるよね。
これで南先輩一人と敵が五人。
敵は既に爆弾の設置に取り掛かっていて、設置の制限時間にも間に合ってしまう。
このラウンドも絶望的だ。もう勝つのは無理だろう。
――……あれ?
敵に倒された私のゲーム画面は、唯一生き残っている南先輩の視点に切り替わる。
すると、南先輩は空を仰いでいた。
ベチャ! という毒液カプセルの着弾音が遠くから聞こえてくる。
それと同時に、右上のキルログで南先輩が敵を倒したことが表示された。
爆弾設置完了の表示が出ることはなく、すぐにラウンドの制限時間がきて、このラウンドは私たちの勝利となった。
『真知子ちゃんやば!』
「爆弾設置してる敵を毒液カプセルで倒したってことですか⁉ ギャル先輩すごいです!」
チームからの賞賛が狭い部屋に響く。
私は耳にイヤホンを付けてプレイしているが、宮本さんの生の声がイヤホンの外から聞こえてくるほどの盛り上がりっぷりだ。
――そんな定点、あったんだ。
私はAエリアの入口に毒液カプセルが届く定点しか知らなかった。
というか、それ以外はあまり覚える意味がない。
相手がどこに時限爆弾を設置するのか分からないのに、設置を阻止するための定点を覚えても有効に使える機会が多くないからだ。
一日二日で得られる知識ではないからこそ、たった一日でこの定点を覚えてきた南先輩の覚悟が伺えた。
「……昨日は、不甲斐なくてごめん」
大ファインプレーを決めた南先輩は、いつものように宮本さんやココ助先輩と一緒になってはしゃぎまわるようなことはしなかった。
突然出てきた謝罪の言葉に、宮本さんとココ助先輩はすっと静まり返る。
「瑠依……、私も少しは勉強してきたからさ。もう少し頼ってよ」
ゆっくりと口にした言葉には、南先輩が溜め込んでいた感情がこもっているように感じられた。
そして、少しだけ静かな時間が流れる。
みんなが琴崎先輩の返事を待っているからだ。
「……分かった。信じるからね」




