10.In Game Leader
守りの九ラウンドが終わると次は私たちが攻撃側だ。
先輩たちはさっきのラウンドで気持ちを持ち直したようだが、ラウンド差は1-8と圧倒的に負けている。
一〇ラウンド先取したほうが勝利なので、このマッチは以前として絶望的な状況だ。
――さっきの定点すごかったな……。
けれど、さっきの南先輩のプレイは本当に見事だった。
私はこのゲームをかなりやり込んでるので、定点の知識には結構自信がある。
だからこそ、私の知らない定点で勝利をもぎ取った南先輩のプレーは、私の想像を超えたスーパープレイだ。
「攻めの1ラウンド目、声掛けしっかりやっていこう!」
「はい!」
琴崎先輩はさっきよりも元気よく声を張る。南先輩の言葉に思うところがあったのだろう。
――こういうラウンドが危険なんだけどね。
そして予想通り、ラウンド開始直後から大量の敵のスキルが私たちを襲った。
『うわ! なんも見えない!』
「敵三人……いや、全員突っ込んできてる!」
「ちょっと無理すぎ!」
目の前は霧やら毒ガスやら閃光やらで視界がぐちゃぐちゃだ。
そこに敵がなだれ込んできてAエリアを攻めるつもりだった私たち四人は、Aエリアに入る前に瞬殺されてしまった。
守り側が逆に攻めるギャンブルプレイだ。
しかし、オーソドックスにゲームを進めようと思っていた私たちには、その戦略がぶっ刺さってしまった。
「……」
さっきまで活気に溢れていた私たちは一瞬にして言葉を無くし、完全なるお通夜ムードが漂っていた。
Bエリア寄りに待機していた宮本さんだけが唯一生き残っているが、現状は一対五の人数差である。
それに加えて、南先輩が所持していた時限爆弾もAエリア前に落としてしまった。
このラウンドの負けは確定的だ。
――流石にもう駄目かな……。
誰もが諦めたその時、タタンッという小気味よい銃声が鳴り響く。
敵の二人が宮本さんによって撃ち倒されていた。
残る宮本さんを捜索していたのか、敵はずいぶんと無防備だったようだ。
しかし、これで他の三人は気を引き締めるだろう。Aエリア前に落ちている時限爆弾の取得を全力で阻止しにくるはずだ。
宮本さんは落とした爆弾を拾いに、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。
どこで敵が待ち構えているか分からない。
敵が潜んでいる場所を一つ一つ丁寧に確認しながら、中央広場を抜け、自チームの初期地点を抜け、爆弾が落ちているAエリア前へと近づいていく。
そして、Aエリア前に入る道の角を曲がった瞬間、落ちている爆弾を囲うように守っている三体の敵と遭遇した。
そこで私は、とんでもないものを見てしまった。
ダンッ! ダンッ! ダンッ! という三つの銃声が鳴り響く。
――……は?
放たれた銃弾はたったの三発。
そのすべてが敵の頭を撃ちぬいていた。
敵は宮本さんのほうに銃を向ける間もなく、一方的に撃破されている。
その信じられない光景に、私たちは言葉を失った。
「ここから勝ちましょうよぉ!!!」
大きな、とても大きな声が部屋中に響き渡った。
その叫びにはっとしたように、先輩らが大きな歓声を上げる。
「宮本あんたえぐいってぇ!」
『やっばぁぁぁあああ‼』
「これ勝つのマジ⁉」
誰もが諦めていた中での劣勢を覆すクラッチプレイ。
心が震えないわけがなかった。
そして私は、頭をガツンとハンマーで叩かれたような気持ちになった。
――宮本さんがここまで気を吐いているのに、私は……。
宮本さんの『ここから勝ちましょうよぉ!!!』という叫びに秘められた思いを感じる。
衝突する先輩方はもちろん、無気力でゲームを投げているような態度の私へ向けられた思いなのは明らかだろう。
――勝ちたい。
少し前の自分を振り返る。
eスポーツをガチでやるつもりはなかったと内心言い訳していたにも関わらず、そんな自分のことは棚に上げて、一生懸命頑張ろうとしながらも衝突する先輩たちの姿を批評家気取りで俯瞰して、勝手に不貞腐れていたのは私だ。
人の粗ばかり気にしていた私は、このゲームに本気で向き合っていただろうか。
――勝たなきゃ得られないものがある。
南先輩は私の想像を超えるプレーで自らの姿勢を示した。
琴崎先輩も意固地にならず、それを受け入れた。
ここで負けてしまったら、せっかく築かれようとしている二人の関係が元に戻ってしまうかもしれない。
このゲーム、勝ちたい。
絶対に負けたくない。
私は目を閉じて、深く、深く、深呼吸する。
――想像しろ。……ここから勝つために私はどうするべきか、想像しろ。
敵はこれまでのラウンドでどんな手札を見せていた?
スキルの使い方にどんな傾向があった?
エリアの確保にどれだけのリソースをつぎ込んでいた?
エリア確保後は何を優先していた?
これまでのラウンドで敵がどのような動きをしていたのか、少しずつ思い返す。
冷えていく頭と整理される思考。
構築されていく勝利へのイメージ。
高鳴る鼓動とともに、段々と体の奥から熱い何かが湧きだしてくる。
「……よし、大体わかった」
そして、ゆっくりと目を開いた私は、マウスを握る手を強めた。
「このラウンド、おそらく敵はBエリア前にいる宮本さんを五人で狩りに来ます。そこを潰しましょう」
「新堂さん?」
「琴崎先輩はそのままAエリア前へ進行してスキルで圧をかけてください。宮本さんは最初のラウンドと同じように小鷹を配置して敵が攻めてきたら応戦。他三名で中央エリアに隠れて、宮本さんをおとりにして横から倒します」
「わ、わかったけど……」
直後にラウンドが開始されると、凄まじい量のスキルがBエリア前を襲った。
「な、何も見えません!!」
宮本さんの悲鳴のような報告がヘッドセット内に響く。
きっと宮本さんの画面は霧やら雨やら閃光やらでひっちゃかめっちゃかだろう。
だが、私たちの画面には宮本さんへ襲い掛かる敵の様子がしっかりと映っていた。
「イージーですね」
宮本さんに襲い掛かる五体のアニマルたちに、ダダダダダダッと嵐のような銃弾の雨が降り注ぐ。
敵のキャラクターは薙ぎ払われるように倒れ込みながら撃破されていった。
これでラウンド差は3-8。あと七本とればいい。
『あかちゃんナイスオーダー! けど、どうして分かったの?』
「すみません、時間がないので次のラウンドの話をしたいです。次はスキルを使わずにAエリアへエントリーを試みます。今回は宮本さんも一緒に来てください」
「あかちゃん了解!」
『お、おっけー……』
ラウンド開始後、私たちは足音を立てずに忍び足でAエリアへと侵入する。
予想通り、敵はAエリア内で守っていなかった。
「琴崎先輩、ミリタリードッグのスキルで中央方面の匂いを嗅いで索敵してください」
「うん……。うわ! 五人もいる!」
「ふふっ。やっぱり、さっき中央広場から撃たれて負けた腹いせでリベンジにきてましたね。単純すぎて笑っちゃいます。こっちの位置も割れたので、Aエリアに爆弾は設置せず全員で敵の初期地点を経由してBエリアを目指します。Aエリアに寄ってきた敵を人数有利で押しつぶしながら進みましょう」
私が先陣を切って敵の初期位置方面へ移動していくと、Aエリアへと急いで駆けつけてきた敵のネコさんとクマさんとニワトリさんに出くわした。
しかし、こちらは接敵を警戒しながら銃を構えて五人で行動している。
そんな状況で負けるはずもなく、銃を構える暇すら与えずに私たちは敵を撃破する。
「すごい! あかちゃんの言った通り!」
「Aエリアで爆弾を設置する隙に襲撃しようとしてたのが見え見えでしたね。銃も構えてませんでしたよ」
私たちはそのままBエリアへと侵入し、爆弾の設置も完了。
敵も残り二人で劣勢を覆すことはできず、このラウンドも勝利。
これで4-8だ。
「次は全員初期地点から動かないで、敵の動きを待ってから行動しましょう」
敵は守りのラウンドでもセットプレイを多用して逆に攻めてくる傾向にある。
しかし、守り側が攻めるのは大きなリスクに繋がる。
私たちがラウンド開始の初期位置から動かないでいると、Aエリア方面には霧と雨が降り注ぎ、Bエリア方面には毒ガスやスパイラビットの跳躍音が聞こえてきた。
「A前でもB前でもスキルを使ってくれてるみたいですね。お、中央広場でもフラッシュの音が聞こえました。いい感じにリソース吐いてくれてますよ」
敵は使用回数に限りのある貴重なスキルを使って、私たちがどこにいるのかを確認しつつ勝負を仕掛けてくる。
しかし、私たちは初期位置からまったく動いていない。
何も情報を得ることができなかった敵はスキルを無駄に使った格好となる。
守り側が攻めるギャンブルプレイの代償だ。
「それじゃあスキルをいっぱい使ってくれたBエリアを攻めましょうか」
スキルは何のためにあるのか。
すべては『エリアを取る』ためのリソースだ。
それなのに敵チームはラウンド開始直後から、守り側が攻めるトリッキーなプレイのためだけに、無駄にスキルを消費し尽くした。
ありえない愚行だ。
「どうしてみんな無駄にカッコつけたプレイばかりしたがるんですかねぇ」
敵の位置情報を的確に把握しながら、味方にスキルを一つ一つ指示してBエリアを支配しにいく。
スキルを無駄遣いしていた敵は、たった一つのフラッシュに対抗することもできず、為す術なく設置エリアを明け渡すことしかできない。
私たちは安全に爆弾を設置する。
「スキルもないのにどうやって安全にスモークを通り抜けるのか見ものですねぇ」
そして爆弾設置後は、爆弾を設置したBエリア内へと通じる道を白い霧や毒ガスといったスモークスキルで蓋をする。
これで敵は、通路からエリア内の状況を確認することが出来ない。
「宮本さん。中央A通路をケアしてください。そろそろ来ます」
「え? あっ、ほんとに……っ!」
ダダダッという短い射撃音とともに、Aエリア側から進行してきた敵のゾウさんを宮本さんが撃破する。
Aエリアを守っていた敵が寄ってくるならこのタイミングしかない。
「ココ助先輩。三歩後ろに退いてください」
『う、うん……?』
ココ助先輩のニワトリさんが三歩後ろに下がった瞬間、白い霧で塞がれた通路からダダダダダダダダダッ! とけたたましい数の銃弾が乱射された。
さっきまでココ助先輩が立っていた位置が穴だらけになっている。
『危なぁ! 間一髪だった……』
敵は貴重なスキルを使いきっている。
だからこそ霧の中から聞こえた僅かな足音を頼りに銃を乱射し、ラッキーでもいいから一人でも撃破できればと目論んだ。
だが、それは大いなる悪手だ。
「はい甘え~」
通路口を塞ぐ霧の中から銃を乱射する音が止んだ瞬間、私は勢いよく霧の中に突っ込み、銃弾をリロードしている無防備な敵のウサギさんに鉛球をぶち込んだ。
霧の中から無駄に銃を乱射していては、リロードタイミングを狙われるに決まっている。
「このゲームにスーパープレイも必殺技も必要ないんですよ」
丁寧にエリアの情報を取って、敵と味方のリソースを管理して、統率の取れたシンプルなアクションを仕掛ける。
奇をてらったプレイは必要ない。堅実なプレイが一番有効なのだ。
「敵も味方も支配して、盤面を完全に掌握すれば、必ず勝てるんですよねぇ」
尽きたリソース。
スモークスキルによって塞がれたBエリアへの道。
刻一刻と迫る時限爆弾の起爆時間。
このラウンドの勝敗は決したと言っていいだろう。
私たちはやぶれかぶれでスモークを抜けてきた敵を容赦なく滅多打ちにして、このラウンドも完勝した。
「あーあ、もう出てこなくなっちゃいましたね」
この数ラウンドでメタメタに叩きのめしたのが効いたのか、相手は一切こちら側に顔を出してこなくなった。
敵が守り側なのである意味当然ではあるが、明らかに委縮している。
「さっきは一人の宮本さんを倒そうとクソ甘えた索敵してたくせに、ずいぶんと謙虚な態度になっちゃいましたねぇ」
『……なんかあかちゃん、すっごくやんちゃになってない?』
――すっごくやんちゃ? ……あ、まっずい。
ココ助先輩の声に、私は一瞬で血の気が引いたような感覚を覚える。
ゲームにのめり込みすぎて、ありえないぐらい口が悪くなってしまった気がする。
私なんて言ってたけ? ああああああ!!! 死にたい死にたい死にたい!ぎゃぁああああああああああ!!!
「すすす、すみません……! ちょ、ちょ、調子に乗り過ぎました……」
「あははは! そっちのほうが面白いからそのままでいいよ。次はどうする?」
琴崎先輩は笑って次のオーダーを促してくる。
とはいえ、相手のやりたいことを完全に潰しきったところだ。
ガンガン仕掛けてくるタイプの敵が一切動かなくなっているので、もう自由にゲームを動かすことができるだろう。
「ゲ、ゲームの主導権は奪いきったと思うので、今度はこっちから仕掛けましょう……?」
「おっけー。もうさっきの自信満々な感じじゃなくていいの?」
「ああああああ!!! わ、忘れてください!!」
私たちはまったく仕掛けてこなくなった相手に対して、マップを自由に使って有利にゲームを進めていった。
◆
「勝ったぁあああああああああ!!」
『グッドゲーム!!!』
「ナイスぅううううううううう!!!!」
一〇ラウンド目を取った瞬間、みんなは堰を切ったように声を上げた。
最終的に攻めのラウンドは一本も落とすことなく、私たちは一〇対八で勝利することができたのだった。
「あかちゃんの指示めっちゃ良かったよ!」
宮本さんはいつものように、がばぁっと私に抱きついてくる。
よほどゲームに熱中していたのか、ポカポカに温まった体は少しだけ汗ばんでいた。
私は美少女特有の甘い香りと温かい腕に包まれてほふぅと身を委ねる。
琴崎先輩はそんな私たちの様子を穏やかな笑顔で見つめながら、少しだけ乱れた前髪を右耳にかけつつ私に話しかける。
「新堂さん、IGLやってみない?」
IGLとは|In Game Leaderの略語で、ゲーム中にチームがどのような作戦で動くかなどを判断し、全体に指示を出す司令塔のようなポジションである。IGLの判断で全員が動くため、勝敗に直結するとても責任の重い役職だ。
「あ、で、でも、私は一年生ですし、みんなのことをよくわかってる先輩たちのほうが……」
IGLにはゲームの理解度だけでなく、人としての信頼も必要になる。
世のeスポーツ部では仲間のことを熟知していて部員からの信頼が厚い上級生がIGLを務めるのが一般的だ。
私がみんなの信頼を得られるような存在になれるとは到底思えない。
「そ、それに私がIGLしちゃうと、さっきみたいに失礼な感じになっちゃうっていうか……」
私は昔からそうなのだ。
ゲーム内で指示をする立場になると、なんだか気持ちが強くなって粗暴な態度になってしまう。
さっきのゲームでもそれが出てしまっていたし、思い返すと恥ずかしくて仕方がない。
「え? 私は全然いいと思うけど。みんなは?」
しかし、そんな私の不安とは裏腹に琴崎先輩はなんでもないような顔でみんなに訊ねた。
「私はあれぐらいはっきりオーダーしてもらったほうがやりやすいけどね」
「あかちゃんに任せたらすべて上手くいくって感じでした!」
南先輩も宮本さんも好意的に受け取ってくれていたみたいで良かった。
私がほっと胸を撫でおろしていると、ココ助先輩の底冷えするような声が聞こえてくる。
『瑠依ちゃんの態度に比べれば可愛いものよねぇ』
琴崎先輩はびくぅ!と体を震わせ、その顔はイタズラがバレた子供のように引きつっていた。
『まず真知子ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?』
ココ助先輩の声は完全にお説教モードだ。
いつものきれいで落ち着いた優しい声ではあるものの、有無を言わさないような圧を感じる。
私が言われているわけじゃないのになんだかハラハラしてきた。
「でも、ゲーム中にも言ったわけだし……」
『瑠依ちゃん?』
「……はい」
琴崎先輩は観念したのか、飼い主に叱られることが分かっているペットのようなしゅんとした反省顔になっている。
そして意を決したようにちらちらと視線をさまよわせながら、ぽつりぽつりと反省の言葉を口に出していった。
「えっと……。真知子、気分悪くさせるような態度とって、ごめん。それとみんなも、雰囲気悪くしちゃってごめん。良くなかったって思ってる」
「……いいよ。当時の私が真剣じゃなかったのは事実だし。みんなもそれでいいよね?」
南先輩は少し照れくさそうに、笑顔で私たちに話を振る。
異論などあるはずもないので、私は勢いよく首をブンブンと縦に振った。
宮本さんもこくりと頷いている。
『いやー、二人がバチバチにおっぱじめたときはどうなることかと思ったよ~』
「ご、ごめんて……」
『六人目決まったら抜ける人がごちゃごちゃ言わないでよ……だっけ? あのときは背筋が凍ったよね~』
「ココ助ぇ、悪かったってぇ……」
ココ助先輩が禊のつもりなのか琴崎先輩をいじり倒している。
これで一件落着ということだろうか。
南先輩もその輪に入ってわちゃわちゃと楽しそうな様子だ。
「あかちゃん、良かったね」
宮本さんはすすっと私のほうに寄って声を掛けてきた。
先輩たちが仲直りできて本当に良かったと思う。
「そ、そうですね。無事仲直りできたみたいで……」
「いや、そっちもだけど、あかちゃんもだよ?」
思いもよらない言葉に私は目を瞬く。
琴崎先輩からIGLに指名されたことを言っているのだろうか。
私が思考を巡らせていると、宮本さんは私のほっぺをむにっと摘まんで顔を覗き込んできた。
「あかちゃんがゲーム中に笑ってるの初めて見たもん。ずっとこーんな仏頂面だったし」
宮本さんは私のほっぺをみょーんと伸ばして、おどけた笑顔を見せる。
「ふぇ? ほんほれふはぁ?」
自分が陰気な顔をしているのは自覚しているが、笑っているのを初めて見たと言われるのは驚きだ。
そんな私たちの様子に気づいた南先輩らが寄ってきた。
「けど不敵な笑みって感じじゃなかった?」
『あれじゃない? ハンドル握ると性格が変わるこ〇亀の白バイの人みたいな』
先輩らは茶化すように笑ってくれるが、だとしたらこれまでの私はかなり失礼な態度でゲームをしていたことになる。
大丈夫だろうかと顔を強張らせていると、私の緊張を察したのか南先輩は「だからあかちゃんが楽しめるゲームが出来て良かったよ」と優しくフォローしてくれた。
「今日はみんなで楽しくゲーム出来て、本当に楽しかった!」
宮本さんの純粋な言葉にみんなが満足そうに頷いた。
そして私の胸の中がじわじわと温かな気持ちで満たされていく。
さっきの試合に勝てて本当に良かった。
その頑張りが報われたような、みんなの心が一つになった気がした。
「あ、そうだ!」
宮本さんはスカートを翻しながら思い出したように自分の席に戻って、Biscordに動画のURLを全体チャットに送信する。
「これを見てほしいんです!」
宮本さんが共有したのは「eSports Women's World Cup U-18 -ANIMAL BOMB!-」のドキュメンタリー動画だった。
18歳未満を対象にしたeスポーツの世界大会で、昨年は日本が世界第三位に輝いて界隈の注目を浴びたのは記憶に新しい。
『あーこれすごかったよね!』
「えぇ⁉ 見たことあるんですか⁉」
『めっちゃ有名だよ~。たしかラスベガスで開催されたんだっけ』
「そうなんですか⁉」
流れているのは選手入場の様子だ。
広々とした会場の中心にはトロフィーが展示されており、それを隔てて五つのパソコンデスクが向かい合っている。
ゲーミングパソコン特有の色彩豊かなネオン色の光が暗がりに包まれた会場を鮮やかに照らし、入場ゲートから姿を現した各国の代表選手が中央のパソコンデスクへと集まっていく。
「ほら、この選手は同じ神奈川県の横浜女子の人だよ。二年生の神原白乃さん」
「えぇ……私が見せたかった動画なのにみんなのほうが詳しいの悔しいです!」
「まぁ宮本がゲームを始めたの最近からだから仕方ないんじゃない? それで、この動画がどうしたの?」
南先輩は、なぜこの動画を見せようとしたのかを宮本さんに問う。
「ほら、私、発起人じゃないですか」
「……うん?」
発起人とは、おそらく先日琴崎先輩に言われたことを指しているのだろう。
eスポーツ同好会を部へ戻そうと言い出したのは宮本さんだからだ。
「私、これを見てeスポーツをやってみたいって思ったんです。みんなで本気で協力して、勝ったら顔が崩れるほど嬉しくて、負けたら涙が出るほど悲しい。真剣にeスポーツに向き合っている姿がすごくかっこいいなって」
画面に流れているドキュメンタリー動画には、日本代表チームがラスベガスで和気あいあいと過ごす風景や、真剣に作戦会議をしている様子、強豪国を撃破して飛び上がるほど喜びを分かち合うシーン、そして準決勝で破れて涙する姿などが映し出されていた。
「だから発起人の私がeスポーツのどんなところが好きなのかみんなに知ってもらいたかったんですけど……、この人同じ県の選手なんですか⁉ なんかそっちにびっくりなんですけど!」
『神原さんはここらじゃ有名人だよね~。プロチームにも所属してる選手だし』
「プロ選手なんですか⁉」
「中学時代からプロアカデミーに入ってて有名だったからね。まさか一年生で日本代表に選抜されるとは思わなかったけど、日本を世界三位まで押し上げた立役者って言われるほど活躍して海外からは『Japanese Juggernaut』って二つ名まで付けられてたし」
「二つ名⁉ なんかかっこいい!」
楽しそうに盛り上がるみんなを眺めながら、私は昔のことを思い出していた。
――横浜女子二年、神原白乃……。
中学時代の記憶が私の頭の中にフラッシュバックしてくる。
重苦しく、暗く、苦い記憶が。
――昔のことは昔のこと。先輩たちも仲直りできたんだし切り替えないと……。
今日はみんなにとって最高の一日になった。
せっかくゲームにも勝利して、仲直りもして、雰囲気も良くなってきた。
心から楽しそうにゲームについて談義している。
私が過去を引きずって空気を悪くするわけにはいかない。
私は心のつっかえが取れないまま、今日という日が過ぎていった。
【閑話休題 ~作者の小話~】
「Japanese Juggernaut」という異名を持ったプロゲーマーを出してみました。
ですが、現実にはもっとすごいプロゲーマーの異名が存在するのです。
今回はそれを1つだけ紹介させていただきます。
『League of Legends』というゲームで「Faker」という名の韓国人プロゲーマーがいます。
彼はその圧倒的な実力から中国チームから年間11億でのオファー、北米チームから白紙の小切手で勧誘されるほどの選手です。
異名は『Unkillable Demon King』。
その意味は不死身の魔王。
敵の攻撃を異常なほどに避け続ける様子からそう呼ばれるようになりました。
韓国ではイチローや大谷翔平のような存在で、超絶圧倒的な人気を博している生きる伝説です。
現在も第一線で活躍していて、今でもその雄姿を世界大会などの競技シーンで見ることができます。
大谷翔平も数々の野球漫画を超える活躍を見せていますが、「Faker」も同じように創作を超える傑物なのです。
事実は小説より奇なりですね。
以上、ゲーマー小話でした。




