5.一日目終了
「よし、みんな揃ったな」
空はすっかり茜色に染まっていて、都心にあるオフィス街は祝日だからか小綺麗な服を着た大人たちが闊歩している。
U-18日本代表選考会の一日目が終了し、私たち選考会メンバーはオフィスビルの一階にあるお高そうな中華料理屋さんの前に集合していた。
ちなみに助っ人で参加してもらった由比ヶ浜女子の琴崎先輩、南先輩、宮本さんの三人はもともと観光目的で違うお店を予約していたので別行動だ。
――今日はすごい一日だった……。
結果としては散々だった。特に兎之山さんがAチームに移ってからは一度もゲームで勝利することはできなかった。
ただ、Bチーム側は私+由比ヶ浜女子の助っ人3人に加えて、Aチームの誰かが入れ替わりで入る形でゲームを進行していたので個人的な収穫はたくさんあった。
「すごーい! 私、こういうとこは来たことありません!」
「兎之山って地元じゃないの?」
「東京生まれ東京育ちですけど、住んでるのは23区外なので」
兎之山さんはツインテールを揺らしながら、上質で高級感のあるお店の雰囲気に浮足立っている。
兎之山咲さん。
超人的なフィジカルを持つ同世代の選手だった。
同じチーム一緒にゲームできたのは最初の一試合だけだったけど、それ以降も敵チームとして非凡な才能を見せつけられた。
特筆すべきは敵を倒すタイミングを逃さない嗅覚。そして、そのチャンスをものにする圧倒的なフィジカル。次世代最強フロントと言われるのも頷ける実力で、既にプロ級の実力だと思う。
「てか去年もここだったやん! まあ、美味しいからええけど」
レジーナさんは薄い金髪と青い瞳に似合わない関西弁で微笑む。
山田レジーナさん。
とにかく味方に合わせるのが上手な人だった。
琴崎先輩も私の意図を汲んで動いてくれるけど、レジーナさんは私のIGLの数歩先を汲み取って、他のメンバーに助言や指示まで出していた。
昨年は日本代表をサブメンバーとして支えていたが、当時一年生ながらサブメンバーに選ばれた理由がよく分かった。
「けどこの大所帯で一緒に食べれるお店ってこういうとこしかないよ」
この場で唯一の三年生である雪城未菜さん。
内巻きのボブカットに刺さった花のヘアピンが夕焼けできらめいている。
結局、雪城さんが守っているエリアを突破されたのは、兎之山さんが突破した最初の一回だけだった。敵の時は罠の位置や自分の立ち位置を読ませてくれない、常にプレッシャーを与え続ける守りの圧力がすごかった。
味方になってからは周りの味方を使う声掛けが特に優れていて、守ったあとにどう敵を狩るのかまでを常にプラン立てしていた。
――やっぱり個人技だけじゃなくて、みんな味方を使う動きが上手だったな。
私は手元にあるノートとにらめっこする。
足利監督に言われた通り他の選手について気づいたことを書きこんでいた。
世代の代表レベルにもなると、個々の力が飛び抜けているのはもちろん、周りを使うのも、コミュニケーションも段違いで上手い。
「あかり、みんな入ってるよ」
「あ、はい……」
神原先輩が私に声をかける。
私がノートに夢中になっている間に、みんなはいつの間にか中華料理屋に入っていたようだ。
店の中に入ると、案内されたのは大人数で卓を囲める個室だった。
席が三つ空いている。もう一人は誰だろうか……と考えたところで、学校を抜け出して選考会に駆け付けた花道香さんを思い出した。
「あれ、そういえば花道さんは……」
「学校の課題が終わってないみたいですよ」
私がそうつぶやくと、隣に座っている兎之山さんが教えてくれた。
花道さんの通う灘田女子は学力が高いことで有名だったと記憶している。
もしかしたら結構な課題を課されているのかもしれない。
「紹興酒もお願いしまーす」
「何お酒頼んでるの?」
「え、ダメなん?」
「言われなきゃ分からないの?」
「えー。でもせっかく中華に来たんだし……」
監督コーチの二人は店員にあれやこれやと追加で注文していたり、他のメンバーも自由におしゃべりしていたりで完全なリラックスムードだ。
「こちらコースのお料理です」
春巻きやエビチリ酢豚といった定番の料理がたくさん運ばれてきた。私がたくさんの料理を目の前にぼけーっとしていると、雪城さんが料理を取り分けてくれている。
それにすぐ反応したのは兎之山さんだ。
「あっ、すみません! 私が一番下なのに」
「いいのいいの。私たちはみんな去年も一緒だったし、二人は初めてなんだからお客様みたいなものよ」
唯一の三年生である雪城さんはそう言って私たちの分の料理を笑顔で取り分ける。
もちろんコミュ障陰キャチンパンジーの私は反応すらできていない。
大変恐縮でございます。
そんなことをしていると、唐突に私の後ろの扉がガチャリと開いた。
「ごめん、遅れた」
「遅れたってレベルじゃないでしょ!」
「ゆうひさん何してんのほんまに」
雪城さんとレジーナさんは嬉しそうに声を上げ、足利監督やコーチも顔を綻ばせる。神原先輩も少し姿勢を正すように椅子に座り直し、兎之山さんの表情はぱぁっと明るくなった。
――この人が鏑木夕陽さん……。
愛知県 豊橋サポート学園 三年 鏑木夕陽。
オーソドックスなセミロングの黒髪と黒縁メガネ。
一見すると、真面目委員長のような雰囲気の地味めな印象を受ける。
しかし、この界隈では超が付くほどの有名人だ。
昨年の世界大会でも天才と表現するしかない華のあるプレーで日本の数多くのピンチを救ってきたクラッチクイーン。
そして、日本代表なのはU-18だけない。
正真正銘の日本代表として日の丸を背負って立つトップオブトップ。
今年から北米の強豪プロチームRockstar Gamingと契約し、世界のeスポーツシーン最前線で活躍している傑物だ。
「新幹線で寝て起きたら広島だった。流石の私も白目剥いたよ」
「広島って……本州のほぼ端じゃん! そもそも乗る新幹線間違ってない!?」
「鏑木お前アホすぎるだろ……」
私にとっては雲の上のような存在だ。
なんかもう、会話が全然頭に入ってこない。
「あの、鏑木さん初めまして! 兎之山咲っていいます! もし良ければこのユニフォームにサインとかいただいても……」
「いいよ。兎之山咲さんね。選考会はA組とB組どっちでやってるの?」
「今日はA組でやらせてもらいました!」
「へぇー有望。代表になったら一緒に頑張ろうね。はい、サイン」
「ありがとうございます!」
兎之山さんは鏑木さんのファンだったようで、サインをもらうために代表のレプリカユニフォームまで用意していたようだ。サインを貰った兎之山さんはうきうきご満悦の様子で席に着く。
「ってことは、そっちの子が去年白乃ちゃんが言ってた新堂あかり?」
神原先輩はこくりと頷いて肯定するが、私はそれどころではなかった。
――神原先輩、去年なにを言ったの!??
まさか名前を呼ばれると思っていなかった私の心臓はバクバクだ。
隣に座っている兎之山さんも私の顔をまじまじと見ていて、「鏑木さんに認知されてるの!?」という表情をしている。私も初対面だよ!
「今年はあかりがいるので優勝できます」
――ほんとになにを言ってるの!???
私は泡を吹いて倒れ込みそうになるのを我慢しながら、か細い声で「じょ、冗談はやめてくださいょ……」と鳴き声を漏らすことしかできない。
みんなの反応すらも目に入れたくない私は、春巻きを自分の口に突っ込んで逃避するために料理に向き合うことにした。もぐもぐ春巻き美味しい。
「代表に入れるか判断するのは私だ。兎之山もA組だからって気を抜くなよ」
「はい!」
私が一心不乱に春巻きを口に詰め込んでいる間に鏑木さんも席に着いたようで、各々が別の話題で盛り上がる。
すると、足利監督が席を立って私と兎之山さんのほうへと向かってきた。
「明日からは他の代表候補正も合流する。花道も含めて全員一年生だ。」
「花道さんって途中で駆け付けてきた方ですよね。どんな選手なんですか?」
兎之山さんが監督相手にも物おじせず簡単に会話を返す。
私の口には春巻きが詰まっているのでありがたい。
「花道は私が独断で選考会に呼んだ。あいつは……私の理想に近いマインドを持つ選手だ」
「へぇ~! 一緒にやるのが楽しみです!」
足利監督はすっと私のほうへと視線を送る。
「新堂、お前には花道からたくさんのことを学んでほしい」
切実に訴えかけるような、落ち着いたトーンで発せられた言葉だった。
「コーチの瀧本と神原がずっとお前のことを推していた。実際に素晴らしいものを持っていると思う。ただ、明確に足りていないものがあると私は感じた。花道はそれをお前に教えてくれるはずだ」
私はこくりと頷く。
返事は口に詰まった春巻きのせいで出来なかった。




