13.一回戦へ向けて
開会式の翌日の月曜日、私たちは週末に迫った一回戦の作戦会議を行っていた。
みんなで琴崎先輩のディスプレイに集まってまとめられたデータを見ていて、画面の右上にはココ助先輩のVのアバターが映っている。
「一回戦の相手は相模原女子。十数年前の第一回大会で全国に進出した古豪だけど今の戦力は普通ぐらいかな。登録メンバーのランクもハンターが二人だけであとはダイヤとプラチナだから、むしろうちのほうが戦力的には上回ってると思う」
「うちには最高ランクアニマルズのあかちゃんがいますからね!」
「うん。ざっと県大会出場メンバーをチェックした感じ、ゲーム内でアニマルズの称号を持ってるのは横浜女子の神原さんとうちの新堂さんだけ。新堂さんがいる時点でうちは他の強豪と肩を並べられるぐらい強いんだよね」
そう褒められるとなんだかむず痒い感じがして、なんて反応すればいいか分からず黙り込んでしまう。
「ただ、その新堂さんのゲーム観に私たちが合わせられないなら宝の持ち腐れになるから、作戦とかはもっともっと詰めていかないといけないかな。新堂さんもみんなにもっとこうしてほしいとか要求していかないとチーム全体が強くならないから、遠慮はなしでね」
「は、はいぃ……」
「あかちゃん大丈夫だよ! 自信持って!」
『あかちゃんのIGLが一番だよ!』
震える私のことをみんなは励ましてくれるが、どうも人に何かを言うのは苦手だ。
「それで相模原女子の対策だけど――」
それから私たちは一回戦で対戦する相模原女子の選手構成や戦略などをベースに、自分たちがどのようなプランでゲームを進めていくのか話し合っていった。
◆
「ふぅ……。あっ、琴崎先輩?」
「おっす」
休憩時間にお手洗いを済ませた私が廊下に出ると、何故か琴崎先輩が私のことを待ち構えていた。
――もしかしてシメられる⁉
最近はIGLだの司令塔だのチヤホヤされて調子に乗っていたのかもしれない。
私がガクブルしながら震えていると、「いや、怒ったりしに来たわけじゃないから」と琴崎先輩は私の心を見透かしたようにツッコミを入れた。
「あー、なんていうかさ。いや、先に自分のこと話そうかな。私、中学時代はプロゲーマー目指してたんだよ」
琴崎先輩の口から出てきたプロゲーマーという単語に、私はびくりと体を震わせる。
「いろんなプロチームのアカデミー生募集とかに応募したりしてさ。まぁ結局受かんなかったからアカデミー生にすらなれなかったんだけど……」
大規模なeスポーツの大会には一六歳以上という年齢制限があるため、eスポーツチームを運営する企業が一五歳以下の有望な選手をアカデミー生として囲っているのがこの業界では一般的だ。
――プロアカデミー……。
HoneyBeeGamingアカデミー部門。
かつて私が在籍していたころの記憶が脳裏に蘇ってくる。
今は横浜女子にいる神原先輩、そしてかつてのチームメイト。
eスポーツに対して私が一番競技的に取り組んでいた時期だ。
――そういえば琴崎先輩は私のことに気づいているような……。
だんだんと目の前が暗くなってくるような感覚に襲われる。
恐怖。不安。何か恐ろしいことが起きているような気がして、琴崎先輩の言葉がどんどん遠くなっていく。
「だから少し前の有名なプロチームのアカデミー生とかは結構知ってて……って、ちょっと大丈夫⁉」
琴崎先輩は慌てたように私の手を握った。
手がざわざわして握られた感覚が希薄だ。
なんだか目がちかちかして頭もぼーっとする。
心臓がばくばく鳴って落ち着かない。
耳の中ではキーンという耳鳴りが響いている。
「違うの! 大丈夫だから、落ち着いて、ゆっくり息を吸って……」
私は先輩の言う通り頑張って息を吸い込んで、吐き出す。
気づけば私は琴崎先輩にもたれかかっていたようで、そのまま優しく抱きとめるように背中をさすられていた。
「……私にとっての新堂さんは、この学校での新堂さんだから。ここでの振る舞いを私は知っているし、思いやりがあって、優しい子なんだってことは分かってる。伝えたかったのは本当にそれだけだから」
子供を寝かしつけるようにぽんぽんと背中をたたきながら、琴崎先輩は優しく語り掛けてくれた。
その親身な言葉に頷きながら、私は絞り出すように「すみません……」と口にする。
「なんで新堂さんが謝るのさ。私こそごめんね。びっくりさせちゃって」
「い、いえ……。なんとなく知られてるのは感じてたので。でも、言ってくれて良かったです……」
「うん。みんなの前で話したこともないし、たぶん他の人は知らないと思う。けど、もし自分が話したいなと思ったら話せばいいからね。みんな新堂さんは良い子だって分かってるから大丈夫だよ」
「……ありがとうございます」
私が落ち着きを取り戻したのを見て、琴崎先輩は私の手を引いた。
「あんまり遅くなるとみんな心配するから戻ろっか」
『みんな』という言葉に、ざわついていた私の心が少しだけ凪いだ感じがした。
優しい先輩たちに元気で明るい同級生。
競技的な苦しさだけではない、ゲームを楽しもうとするみんなの雰囲気が私は大好きだ。
――いい加減、前を向かないと……!
昔のことはトラウマだ。
けれど、今の私は私立由比ヶ浜女子高等学校のeスポーツ同好会の一員なのである。
この気持ちをあの部室に持ち込みたいとは一切思わない。
歩く足に力が入る。
私は少しだけ目線を上げて部室に戻ることができた。
◆
「勝てますよ! 頑張れば絶対!」
「まぁまぁまぁまぁ。悪かったって」
部屋に戻ると宮本さんが珍しく何かを主張していて、南先輩と画面の中のココ助先輩がなんとも微妙な顔でそれをなだめていた。
南先輩から話を聞いてみると
「昨日の試合で横浜女子の神原さんが本当に凄かった」
という話から始まり、
宮本さんが
「頑張れば私たちでも勝てるよね」
という無邪気な発言に先輩らが言葉を詰まらせたところ、
宮本さんには珍しく
「なんだいその弱気な態度はよぉ! ぷりぷり!」
と軽い言い合いになったらしい。
「ぷりぷりなんて言ってないですよ!」
ぷりぷりと怒る宮本さんが可愛くて思わず笑ってしまいそうになるが、どちらの気持ちも分かるだけになんとも言えない。
王者横浜女子にも勝つんだという気持ちで活動するのは勝利を貪欲に目指すeスポーツにおいて大切な心構えだし、一方で、勢いだけで無謀な目標を設定するのではなく、自分たちの技量を客観的に理解して現実的な目標を設定するのも、本気で上を目指すなら大切な素養だ。
『私も最初で最後の挑戦だし、いけるとこまでいきたいとは思ってるけど……。まずは部に昇格するためにベスト4が目標なのかなって』
ココ助先輩はこのコミュニティに何かを残したいのだろう。
そのためにいち選手として大会に出ると言っていた。
横浜女子を意識しすぎて他が疎かになるのを恐れているのかもしれない。
「うーん、私は勝負できると思ってるけどね」
ずばっと言い放ったのは琴崎先輩だ。
「さっきも言ったけど、本来の実力を発揮できたらうちは全国レベルで強いと思うよ?」と語りながら椅子に座る。
南先輩は不毛な言い争いから逃れたかったのか、琴崎先輩の意見に同調するように話題を転換させる。
「あかちゃんのIGLが冴えわたればって感じかな?」
「それもだけど、一番の鍵は宮本さんだよ」
「え? 私ですか?」
宮本さんは目をぱちくりさせながら驚いている。
確かに初心者枠の宮本さんがもっともっと上手くなれば無限の可能性があるだろう。
しかし、琴崎先輩がそんな不確かなことを根拠にここまで強気な発言をするだろうか。
「データや録画見てて気づいたんだけど、とりあえず一旦これみんなやってみてよ」
琴崎先輩が画面に映したのは「反射神経test」という私も知っているサイトだった。
黒い画面が黄色に変化した瞬間にクリックすることで、色が変わってからクリックするまでの時間を計測してくれる。
五回連続で計測して平均値も記録してくれる便利機能付きのサイトだ。
南先輩は懐かしそうに声を上げた。
「あー、昔やったことあるわこれ。みんなで計測すればいいの?」
「うん。宮本さんは最後でね」
まずは先輩たちから反射神経testを行っていく。
一般的なゲーマーの平均は0.2から0.23ほどで、反射神経が良い人になると平均0.17の数字を出す人もいる。
プロゲーマークラスになると0.15という数字を叩き出し、ごく一部の超人は0.12台という凄まじい数字を出すこともある。
「あー! だんだん数字が落ちてきた! やっぱ最初のほうが良かったかな」
『途中から集中力切れてくよね』
南先輩とココ助先輩は平均0.2程度で、調子が良いと0.18台の数字を出していた。
次に計測した琴崎先輩が0.18台の数字を連発していくと「「おぉー!」」という歓声が部室に響き渡る。
「次は新堂さんね」
「は、はいぃ……」
琴崎先輩と交代して椅子に座り、姿勢を正してディスプレイに向き合う。
計測スタートを押してしばらく待つと画面の色が黄色に変わる。
私は反射的にマウスをクリックした。
「お! 0.166!」
『すごーい! プロゲーマー並みじゃん!』
私の平均は0.16台で、調子が良いと0.15台の数字も出すことができた。
昔やったときからあまり変わっていなくて少しほっとした気持ちになる。
「次は私ですね! 初めてなので緊張します!」
そして問題の宮本さんだ。
琴崎先輩がここまでの前振りをするぐらいだ。
かなり反射神経が良いことが伺える。
ドキドキしながら画面の色が変わるのを待つと、少しだけ部室がしんとなった。
そして、カチッというマウスのクリック音が耳に届く。
「0.113……」
その数字に私たちは言葉を失う。
この数字はプロでも滅多にお目に掛かれない数字だ。
「0.121……、0.114……、0.117……」
その後も連続する数字がまぐれでないことを証明していく。
「0.107⁉」
『 0.11割ってるの初めて見たかも……』
宮本さんの出した数値は平均0.1144。
プロプレイヤーが0.12台を出したスクショをSNSで挙げて「凄すぎる!」と賞賛されているのを見たことがあるが、それを上回る化け物じみた数字が画面に表示されていた。
「イカレた反射神経してるとは思ってたけど、正直ここまでとは思ってなかったわ……」
反射神経のテストを持ち出した琴崎先輩も息を飲むように驚いている。
――もしかしたら神原先輩クラスかも……?
横浜女子の神原先輩を思い出す。
あの人のプレイスタイルであるスナイパーでの至近距離戦もずば抜けた反応速度があってこそ実現する戦い方だ。
「でも勝てないんですよぉ……」
しかし、宮本さんはちんまりとした顔で嘆く。
確かにここまでの反射神経を持っていながら、圧倒的な撃ち合い技術を持っているわけではない。
いくら反応速度を褒められようと、自分の実力に疑問を持っているのであれば素直に喜べないだろう。
琴崎先輩はその言葉を待っていたとばかりにしたり顔で口を開く。
「それは間違いなくプリエイムできていないからだね」
「プリエイムですか?」
琴崎先輩はプリエイムについて説明する。
プリエイムとは、敵が銃を構えて待っていることを想定して体を出す技術のことだ。当たり前の話だが、敵を探しながら前に進むよりも、敵が来るのを待っていたほうが先に反応できるので撃ち勝ちやすい。
けれど敵が待っていることを予測してプリエイムすれば、待ち構えている敵を先に撃ち倒すことができる。
つまりは予測と準備の技術だ。
「けどプリエイムはマップ知識と撃ち合いの経験が必要だから、とにかくゲームの数をこなしていかないと身に付かないかな」
マップの構造を理解していないと敵が待ち構えている場所へ事前に照準を合わせることができないし、目まぐるしく変わる戦況の中で敵が待っていそうな場所を予測できなければプリエイムは難しい。
「むしろ敵の位置を予測できてないのにまともに撃ち合えてる宮本さんの反射神経が異常なんだけどね」
琴崎先輩は宮本さんのプレイ動画を見ながら改善点を探していたところ、その射撃内容に違和感を持ったらしい。
敵がいることにいちいち驚いて、敵に撃たれ始めてから反撃するものの、何故か撃ち勝っている宮本さんが映っていたそうだ。
普通は先に撃ち始めたほうが勝つ。
そこで反射神経が優れているのでは?という仮説が生まれたのだと言う。
「……あれ? つまりこうすれば上手くなるとかはないってことですか⁉」
話を聞いていた宮本さんは、改善案が「経験を積むしかない」という事実に気づいたようだ。
これまでは「~~すると良くなるよ」と教えられることが多かったが、ここにきて初めて経験という壁にぶち当たった。
「そうそう。横浜女子に勝ちたいなら練習練習」
『いっぱい練習して経験値積まないとね』
ココ助先輩と南先輩は話は終わったと言わんばかりにアニマルBOMB!を対戦準備画面へと切り替える。
明確な解決策がないからだろうか。宮本さんの横顔が少し不安そうに見えた私は、勇気を出して声を掛けた。
「わ、私も気づいたことがあったらなるべく伝えますから……」
宮本さんにとって少しでも気休めになればと思った。
しかし、食い入るように反応したのは先輩たちで、南先輩と琴崎先輩はにやにやしながら近づいてくる。
「偉いねえ~。良い子だねえ~」
『あかちゃんいいよ~。その調子だよ~』
私はまるでペットが可愛がられるかのように先輩たちからわしゃわしゃと撫でまわされる。
いきなりのことだったので、頭の中は?マークと恥ずかしさでいっぱいだ。
けれど、それに抗うことなどできるはずもなく、私はされるがままに撫でまわされた。
「少しずつでいいから、新堂さんからもっともっとアドバイスしていけるといいね。一歩踏み出せて偉い!」
琴崎先輩も本当に嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。
この日、私はちょっとだけeスポーツに対して前向きになれた気がした。




