表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

12.開会式

 横浜市みなとみらい駅から歩いて数分のところに位置するホール会場。

 そこには全神奈川県中のeスポーツ部及び同好会に所属する女子高生たちが続々と集まっていた。


「新堂さんお待たせ!」


 待ち合わせの会場前で待っていると、聞き慣れた声が私の名前を呼ぶ。

 振り向くと明るい茶髪サイドに分けた南先輩と、ショートボブのインナーにネイビーカラーを入れている琴崎先輩が一緒に歩いてきていた。

 二人が一緒に外で歩いているとオシャレ偏差値が高いような気がして、オカッパ陰キャチンパンジーの私が合流するのが申し訳なく感じてしまう。


「早いねー。あかちゃんはこっから家近いんだっけ?」

「は、はい。えっと、電車で10分ちょっとでした……。家が武蔵小杉なので……」

「近くて良かったじゃん。普段はもっと時間かけて通学してるんでしょ?」

「は、はいぃ……」


 今日は全国高校eスポーツ選手権の県予選の開会式だ。

 先輩方は高校のある鎌倉近辺に住んでいるので二人で一緒に会場へやってきたらしい。

 私はいつもの通学経路に会場があるため、普段と比べて随分と楽をさせてもらっている。


「宮本さんはまだ来てない?」

「ま、まだ来てないはずです……」

「そっか。そろそろ着くって連絡はあったんだけどね」


 私が宮本さんと会ってないことを伝えると、先輩たちはきょろきょろと会場近辺を見渡すように宮本さんの姿を探し始めた。

 「あれ宮本さんじゃない?」と琴崎先輩がある方向を指差す。

 そこには車のハンドルを握る年配の女性と話す宮本さんの姿があった。

 お祖母ちゃんだろうか。


「宮本さんは車で来たんですね」


 ゆっくりとした足取りで合流した宮本さんに声を掛けると、なんだかとても驚いたような顔になった。


「う、うん。お祖母ちゃんがこっちに用事あるからって送ってくれて……」


 そんな話をしていると周囲がにわかにざわめきだす。

 注目されているほうを見ると、大型バスから黒い長袖のユニフォームを着た団体が続々と降りてきていた。

 南先輩が宮本さんに囁くように語りかける。


「あれが前年度県大会優勝の横浜女子だよ。ほら、黒いキャップを被った人があの神原選手」

「うおおおぉぉぉ! 初めて生で見ました! かっこいいですね!」


 横浜女子の神原白乃選手。

 すらっとした長身に腰まで届くきれいな黒髪。

 キリっとした顔立ちとトレードマークの黒いキャップがどこか中性的に感じられ、同性からの人気もすこぶる高い。

 それでいて現役のプロゲーマーとしてプロリーグにも参加している実力者である。宮本さんが憧れるのも無理はない。


 黒いユニフォームを着た軍団がホール会場の入り口へと歩みを進めるたびに、会場前の人だかりが道を開けていく。

 そこには横浜随一の強豪校に対する畏怖。

 そして敵ながらもリスペクトを感じさせる羨望の眼差しがあった。


「今日は開会式と一回戦の第一試合だったよね。宮本よかったじゃん。生で横浜の試合見られるよ」

「めっちゃ嬉しいです!」

「けど当たった相手はご愁傷様よね。私たちはリアルで見れるから嬉しいけど」


 会場入り口の脇で駄弁っていると、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 神原どこに行く!」


 私たちは一斉に声のする方を振り返る。横浜女子の神原さんが黒髪を揺らしながらツカツカと早歩きでこちらに迫ってきていた。私は反射的に背の高い宮本さんの後ろに隠れる。


「ん? あかちゃん?」


 近づいてくる神原さん。

 そして背後霊のようにぴとっと背中に張り付いた私。

 宮本さんは交互に視線を送る。

 先輩たちも一体何が起こっているのかと目を丸くしているが、私は口を開くこともできずに宮本さんの背中の裏で縮こまる。


「あかり!」


 その声に私はびくっと体を震わせる。恐る恐る視線を上げると、そこには獲物を捉えたように目を光らせる神原先輩の姿があった。そして、宮本さんの後ろに隠れている私の腕を掴んで引き寄せ、私を優しく抱きしめた。

 

「戻ってきたんだね。嬉しいよ」

 

 その柔らかな抱擁に周囲の誰しもが息を飲んだのが、神原先輩の腕の中にいる私にも分かった。





 ホール内の開会式会場。高校別に指定された席に私たちは座っていた。


「神原さんしこたま怒られてましたね!」


 あの後、神原先輩は横浜女子の面々に鬼の形相で引き剥がされて、私たちはものすごい勢いで謝られた。

 神原先輩は三年生と思われる人にスパーンっと頭をしばかれいて、その様子を見ていた他校の生徒がどよめいていたのが印象深い。


「ていうかあかちゃんあんな凄い人と知り合いなんてすごいね! どこで知り合ったの⁉」


 先ほどの一件から、神原選手のファンである宮本さんは興奮したように質問してくる。

 私はのらりくらりと質問をかわしては、ずっとその答えにきゅうしていた。


「ほら、人のことをあれこれ詮索しない! 自分がされたら嫌でしょ? それにもう開会式始まるんだから静かにしなさい」

「あっ……。すみませんでした!」


 琴崎先輩がそう言うと宮本さんは口を閉ざす。私はほっと胸を撫でおろしながら息をついた。


――琴崎先輩はもしかしたら私のこと知ってるのかな……?


 これまでもゲーム内で私の意見を尊重してくれたり、今回も神原先輩との繋がりについて触れないようにしてくれたりと、すべて知ったうえで配慮してくれている感じがする。

 そう思うと、知られていることへの恐怖、そして気を遣ってくれていることへの温かな気持ちが同時に押し寄せてきた。


 バンッとホールの照明が落ちて暗くなる。

 ざわざわしていた話し声もすぐに静まり、今から開会式が行われる雰囲気が漂う。

 暗がりのホールの中で唯一照らされた壇上には「全国高等学校eスポーツ選手権大会 神奈川県大会開会式」と書かれた横断幕が掲げられていた。


 開会式は大会運営からの長いお話に始まり、前年度優勝校である横浜女子三年生による選手宣誓が終わると、壇上の上部から大きなモニターが降りてくる。


「なんか大きいのが出てきました!」

「これに観戦画面を映すんだよ。家のパソコンで配信見るのと変わらない気もするけど……」


 開会式の様子は公式放送として各種配信サイトで中継されていて、この大型モニターにも同じ映像が流れていた。

 これから一回戦第一試合の横浜女子と平塚女子の対戦が開始されるようだ。


「解説はヨーコさんで、実況は安藤さん! どっちも公式の大会でよく見る人じゃん。めっちゃ豪華だね」

「有名な人なんですか?」

「うん。ゲーム界隈で有名なストリーマーだよ」


 琴崎先輩の説明によると、ヨーコ・マクドナルドさんは北米出身の帰国子女で、世界大会のウォッチパーティーでの流暢な英語を織り交ぜたハイテンション解説が有名らしい。


 そして実況の安藤一美あんどうかずみさんは日本のプロリーグの公式放送でも見かける人だ。

 そんな有名人を高校生の大会に呼んでいるとは私も驚きである。

 ココ助先輩のような大手Vtuberをアンバサダーに起用していることからも、今年の大会はプロモーションに力を入れていることがよく分かった。


『Hello,high school girls! 今年も最高にクレイジーでファンタスティックな季節がやってきました! この開会式に集まった中で全国の切符を手にできるのはたったの一校! 儚くも美しい一ヶ月が幕を開けます。その栄えある第一試合は昨年全国ベスト8まで上り詰めた王者横浜女子 vs 平塚女子の対戦です。Let's fucking go girls!』


『高校生大会の案件でFワード出すのやめてもらってもいいですか?』


 ヨーコ・マクドナルドさんの解説はFワードを盛んに使うことで有名だが、この仕事でも尖ったスタイルは変わらないようだ。


 映像には別室でパソコンの前に座る両校の選手たちが映し出されていて、画面右上に表示されている試合開始までのタイマーは残り二分を切っていた。そろそろ試合が始まる。


『私からこのスタイルを取り上げたら何も残りませんよ? それよりもこの対戦のポイントを挙げていきましょう。注目すべきは昨年度の世界大会で日本を第三位へと押し上げた立役者、神原白乃選手! アグレッシブにスナイパーを使いこなすプレイスタイルで世界の強豪をばったばったとなぎ倒し、ついた異名はJapanese(ジャパニーズ) Juggernaut(ジャガーノート)!安藤さんも日本の公式配信で実況されていましたよねぇ?』


『連盟に注意されても知りませんからね? ……そうですね、去年の世界大会での活躍は素晴らしいものがありました。それに加えてプロゲーミングチームHoney(ハニー)Bee(ビー)Gaming(ゲーミング)への正式加入やプロリーグでの活躍と、昨年は神原選手にとって飛躍の年だったように思います。ヨーコさんはこの対戦のどこに注目していますか?』


『一番は横浜女子のチーム構成ですね! 神原白乃というFuckin' star playerが所属するとはいえ、アニマルBOMB!は五人が戦略的に動くチームゲームですから。横浜女子がそのギャップをどう活かしてくるのかが見どころです。対する平塚女子はJapanese Juggernautをいかにして封じ込めるかがポイントになってくるでしょう』


 画面には各選手がピックしたキャラクターと武器が表示され、実況の安藤さんがそれを読み上げていく。


『そろそろ試合が開始されるようです。ファーストマップはトロピカルジャングル。アタッカーサイドは平塚女子、ディフェンダーサイドは横浜女子です。神原選手はプロリーグと同じくスパイラビットでスナイパーを手にしていますね。他の選手はフロントのゴッドチキン、クリエイトのシスターエレファント、トラッパーからはウィッチアナコンダとハンタークロコダイルという二体のキャラが選ばれています』


『横浜女子はかなりディフェンシブな構成ですね。二体のトラッパーで罠による敵の検知や足止めができますから。対する平塚女子はスリーフロント、そしてクリエイトとトラッパーが一体ずつというシンプルな構成のようです』


『それでは横浜女子 vs 平塚女子。第一ゲームスタートです!』


 ゲーム開始後、アタッカーサイドの平塚女子は爆弾を設置するために四人でAエリアへと向かった。オーソドックスな動きだ。


『平塚女子はミリタリードッグを採用しているので、スキルでエリア内の情報を安全に得ることができます。そこからゲームが動いていくものと思われますが……』


 ダァアアアンッ‼ というスナイパー特有の轟音が突然に鳴り響き、平塚女子の一匹の脳天が撃ち抜かれた。

 あまりに突然の出来事に会場は騒然となる。


『何故そんなところにいる神原白乃⁉ ファーストキルは横浜女子だ!』


 ありえない動きだった。

 四人で向かってくる平塚女子に対して、たった一人で、スナイパー一丁だけを携えて、単身で特攻を仕掛けてきていた。


 腕に絶対の自信がなければできないギャンブルプレイ。

 しかも、第一ゲームのファーストラウンド。

 予測できるはずがない。


『平塚女子は一人を失ったとはいえ三対一の状況! しかし、神原選手は横へステップするスキル『エスケープダッシュ』で壁の裏へと上手く身を隠しますが……』


 スナイパーの轟音がまたもや鳴り響き、平塚女子の一匹の頭に銃弾が突き刺さる。

 しかし、神原白乃が操るスパイラビットの姿はない。


『壁抜きだぁぁぁあああ‼ スキルで華麗に壁裏へ隠れつつも、そこから壁を貫通させるように弾丸を放ち、見事ヘッドショットを決めてみせた!流れるようなダブルキルです!』

『What's the fuck⁉ 何が起きてんのこれぇ⁉』


 どよめき混じりの歓声が会場全体をさらに大きく震わせる。

 悲鳴のような歓声をあげる者。

 口元に手を当てて思わず息を呑む者。

 目を大きく瞬かせながら拍手を送る者などさまざまだが、皆が一様に神原白乃選手を注視していた。


『平塚女子も単身突撃して孤立している神原選手を倒そうと詰め寄りますが、ここで深い霧がカーテンのように立ち塞がる! シスターエレファントのホワイトミストだ! 二発しか装填できないスナイパーを持つ神原選手を上手く逃がしました!』


 平塚女子が深い霧へ入るのを一瞬だけ躊躇した瞬間、その頭をスナイパーの銃弾が貫いた。

 スパイラビットの位置は霧のはるか上空。

 スキル『パニックジャンプ』で空中へと大きく跳躍したスパイラビットがスナイパーを構えていた。


『味方のスキルでリロード時間を稼いだ神原選手がまたもや敵を貫いたぁ!』

『空中でスナイパー当てるとかそんなんありぃ⁉』


 残された平塚女子の選手も慌てて上空に向けて銃を構えるが、もう遅い。

 スパイラビットへ照準を合わせきる前に撃ち抜かれてしまう。

 そして残り一人も急いで駆け付けようとしていたところを別の選手から撃ち倒された。

 

『まさに電光石火の一撃! 神原選手のスーパープレイで横浜女子が第一ラウンドを取得しました!』


『Holy shit! 狂ってる! あの至近距離をスナイパーで正面から四人と撃ち合って皆殺しにするとか、高校生の大会でやっていいことじゃないでしょ! 運営さーん! このFuckin' carrie monsterどうにかして! 大会ぶっ壊しちゃうよ!』


 ゲームが上手いとか、そういう次元ではない。

 世界レベルの圧倒的な超人プレーだ。

 思わず目を疑いたくなるような光景に、隣に座っていた宮本さんらが口を開く。

 

「スナイパーはあまり使ってこなかったんですけど、こんなに強い武器でしたっけ?」

「いや、このゲームのスナイパーはかなり弱く設定されてるよ」


 宮本さんの疑問に答えたのは琴崎先輩だ。

 驚きのあまり前に垂れてしまった前髪を右耳に掛け直しながら、少し興奮した様子で説明する。


「まず、スナイパーは弾を二発しか装填できないからリロードの隙がめっちゃ大きい。それとスコープを覗かないと弾が真っすぐ飛ばなくて、スコープもかなり見づらいから至近距離で撃ち合える武器じゃない。だから設置エリアに入ってくる敵を遠くから狙い撃ちするのに使われたりするんだけど、攻め側は設置エリアにエントリーするときに何をするか、宮本さんは覚えてる?」


「……あっ、スモークやフラッシュスキルを使いながら入ってます!」


「そうそう正解。霧や毒ガスでスナイパーが待ち構えるような場所をあらかじめ潰したり、エリアに入る時にフラッシュで相手の視界を奪いつつエントリーするよね。そういう状況で戦闘が発生するゲームだから、取り回しの悪いスナイパーはあまり使われることはないんだけど……」


 しかし、画面に映るのは単身スナイパーで突撃して敵を蹂躙する異様な光景だ。

 それはラウンド2もラウンド3も続いていき、ゲームは一方的な様相を見せてきた。


『一体何をしたら止まるんだ⁉ 平塚女子も多種多様な作戦で攻略しようとしていますが、誰も神原白乃を止めることができない! ラッシュ、スロー、詰め待ち、フェイク。あらゆる戦略をたった一人がぶち壊していく! これが世界に恐れられた圧倒的破壊力! ついた異名はJapanese Juggernaut! その意味は止めることのできない強大な力! 日本を世界三位へと押し上げた実力をまざまざと見せつけています!』


 圧倒的な実力差が勝利への可能性を閉ざしていく。

 一体何をすれば勝てるのか分からない。

 それが次第に平塚女子の選手の動きを鈍らせていった。


 横浜女子は勢いそのままに平塚女子を圧倒し続け、1ラウンドも落とすことなく二マップを先取して一回戦を勝ち抜いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ