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千貌の華 forbidden blood  作者: 猫文字 隼人
第四章 千貌の華
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 呆然とPCの画面を見つめていた。黒木を、アマデウスを生きながらえさせる最後の可能性。

 アンブロシア。それは確かにあった。

 神の食物と呼ばれたそれは、人間の血液だった。そこまでは良い。それならば俺の血液を使えばいい。量が必要ならば輸血用の血液を入手したって良い。問題はそこではないのだ。

 人間を襲い、吸血する事で必死に生きながらえようとした雫。

 彼はどうして妹である黒木を襲った直後に失踪したのか。

 妹を襲い吸血するという行為、それに絶望した。勿論そういう可能性もあるだろう。

 だが、恐らくそうではなかった。人を襲い吸血することで生き延びていた雫はその時に気付いたのだ。


 妹の血液こそが、自らを癒やす本物のアンブロシアなのだと。


 アンブロシアとは、正確にはアマデウスの血液だった。

 アマデウスの血液とはRhNullと呼ばれる稀血を指す。数百万分の一の確率でこの世に生れ落ちる奇跡の血。その中でも黒木の持つO型RhNullは一切の抗原を持たないが故に、すべての血液に適合する究極のピュアブラッドだ。全ての他者を救うかわりに、自らは救われない孤高の血液。

 それこそが黒木の持つO型RhNull(アンブロシア)

 恐らくこの時点でまだ幼体(人間)であった黒木の血液はまだ完全では無かった。だがそれでも雫はそれこそが自らの追い求めたアンブロシアだったのだと気付いてしまったのだ。

 確かに黒木と同じ血液を持った存在はゼロではない。この地球上の人間の血液を一人ひとり調べれば何人かはいるかもしれない。だがそんなものは存在しないのと同じだ。

 知りうる限りで唯一同じ血液を持っている可能性があるとすればそんなものは黒木の双子の兄、雫の血液しかありえない。だが、雫は失踪して数年が経過している。恐らくもう生きてはいないだろう。雫は妹の血液が自らを癒すたった一つの存在である事を理解し、絶望の中失踪したのだから。

 自らが生きながらえるために、妹にもアマデウスとしての過酷な運命を強いる事。

 皮肉なことに雫がそれを実行出来ていたならば、二人は生きていくことが出来た。だが、愛する妹を、自分と同じアマデウスへと変貌させることを雫は良しとしなかった。恐らくは自らの苦しみは自分自身で終わらせると覚悟して、絶望の中一人で消えていった。そうすることが妹が幸せに生きる唯一の道だと信じて。だが結果的に雫の優しさが黒木を孤立させ、黒木の兄を思う気持ちが、黒木自身をもアマデウスへと変貌させた。

 

 黒木にとって、アンブロシア(救済)は初めから存在していなかった。

 アマデウスは、一人では絶対に生きていけない。この世に存在しない自らに適合する血液を追い求め、代替血液としてヒトやケモノの血を啜り、延命し、けれど最終的には破滅していく生物。

 それは御伽噺の悲しい吸血鬼そのものだった。

……黒木は、知っていたのだ。自らが助かる最後の可能性は、始まった時には既に失われていた事を。それがもうどこにも存在しない事を理解していた。だからこそ、俺に言わなかった。

 そんなものは探しても仕方がないのだと、自分の命はもう燃え尽きる事を待つ蝋燭のようにその先が無いのだと知っていたのだ。


 その上で黒木は自らに残されたわずかな時間すら捧げ、アニムスを引き出した。

 俺を救うために。そうして黒木は暴走し、その意識は絶たれた。


「俺には何も出来ないってのかよ! 何か、何かあるはずだろ!」

 机を殴りつける。じわりと鈍く染みいる痛みを感じながら、今はそんなことをしている時間すら惜しい。冷静に今までに得た情報の中から黒木を救い出すための何かを探す。

 アンブロシアを得て、それを黒木に投与する方法。そして雫が行っていた破壊衝動の解決策。……そこに小さな可能性は、あった。だがそれは細く、あまりにも儚い。俺が都合良く解釈し、俺の願望に沿った、ただそれだけの可能性。実行したとして恐らく意味は無い。それでは黒木を救うことは出来ない。

 けれどそれでも俺はそれにすがりたかった。たとえ自己満足であろうと、無駄に終わるのだとしても俺は何かしたかった。このまま何もせず震えて時間が経つのを待ち、黒木を失い、後悔しながら生きていくなんて事だけは耐えられなかった。

 俺は黒木に三度命を救われている。そもそも黒木がいなければ俺は今生きてはいないのだ。ならば、俺の残りの命は、黒木のために使ったってまだお釣りが来る。 

 覚悟を決める。例えどんなに小さな可能性であろうと、それがゼロでないならば構わない。命をかけること、それは黒木が当たり前のように今までやってきたことだった。

 今度は、俺が、黒木を救う。

 その方法は未だ見えない。けれどたとえどんな犠牲を払う事になろうと。

 それでも、俺は。


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