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千貌の華 forbidden blood  作者: 猫文字 隼人
第四章 千貌の華
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23

 私は最後にきちんと笑えただろうか。

 熊型アマデウスが私を見失っている隙に意識を失った佐倉くんの身体を木陰に隠した。

 フラつきながらも右手を開閉させてみる。大丈夫、まだ動く。もう少しなら、動ける。

 失った左前腕はまだ良い。今はアドレナリンの過剰分泌によりある程度の痛覚は遮断している。問題は視力がほぼなくなっていること。ただし熊型アマデウスの視力も奪っている。

 方向とぼんやりした輪郭が見える分、私の方が有利だ。ならば打開策は、ある。


 暴走したアマデウスの異常な形態は、それぞれ生物として自らの最も優れた部位を先鋭化させたことでもたらされている。猪は脚力を、犬は敏捷性を、熊は恐らく膂力と強靱性を。

 そしてそれはヒトも同じ。

 生物としては脆弱な、ヒトの持つ最も優れたもの。

 ヒトにあって他の生物には無いもの。

 ヒトがヒトたる所以。

 それは心、そして意志。

 それを肉体から切り離し、捧げる事で解放する。

 それこそがヒト型アマデウスに授けられた真の力。

 けれどヒトのヒトたる所以を供物に捧げる事で顕現するそれは、決して万能の力なんかじゃない。

 それは破壊によってのみ願いを遂げる破滅の力。意志に呼応し、それは形状を、性質を変え所有者の願いを破壊に変換することでのみ叶える。


 私は、佐倉くんを守りたい。その一心で私の心を、意志を捧げよう。


 心を身体と切り離し力にするという事はヒトをヒトたらしめたもの、それを手放すと言うこと。つまり恐らく私は真に心を失ったバケモノへと変貌するのだろう。ただ彼を想うことでヒトとしてつなぎ止められていた私が、それすらをも力へと変換するのだから。


 そうして心を切り離された身体は急速に枯れ果てるという。ならばこいつを屠った後、私が誰かを襲う余裕はもうないだろう。

 今この場で私と佐倉くんが殺されるか、それとも私がこいつを始末し寿命を迎えるか。

 どの道既に両手両足が外骨格に蝕まれていたのだ。時間にすれば残り時間はさほど変わらない。

 花火は全て消えるのだ。けれど、その過程こそが重要なのだと彼は言ってくれた。

 ならば、考えるまでも無い。 

 ヒトでありたいと願い続けた私が最後にすがるのは結局、ケモノの力だった。そう考えるとふっと頬が上がった。

 直感に従い自然と残った右腕を厳かに胸に突き立てた。

 まるでそうする事が正しいと知っていたかのように。

「あ、あああ、ああああ!」

 ずぶずぶと私の肉に食い込む指先に感じるのは熱と鼓動。

 その熱の中で、指先に冷たい物が触れた。

 これこそが私の想い。

 彼を愛した私そのもの。

 それを掴み、ゆっくりと引き抜いていく。

 ずるりと。ずるりずるりと。

 引き抜くと同時に自らの身体から魂を引きちぎるかのような激痛が走る。

 構わず私はその冷たい物を最後まで力任せに引き抜いた。

 いびつな形状のそれは冷たい光を放ちながらぴきぴきと音を立てて凝固していく。

 姿を現した物、それは刃。

 七支刀(しちしとう)

 それはまるでグラジオラスの華のような。

 いびつな、ノコギリのような刃。

 佐倉くんを守る、そう願った私の意志。

 たとえ愛する人の記憶を、想いを忘却したとしても勝利し、勝ち取る為の。

 ただそれだけを成す為に引き出された力。

 熊型アマデウスはぼんやりとした視界の中で暴れている。

 私はゆっくりと近づいていく。

 乱雑に振り回される腕を避けて、そっとその胸にグラジオラスの華を差し入れた。

 何の抵抗も無くつぷりと入っていく。

 手首をひねる。

 熊型アマデウスは崩れ落ちた。

 私の腕を伝い残っていたわずかな光がグラジオラスの華にゆっくりと取り込まれていく。

 目を瞑る。

 どの道もう、何も見えない。

 まぶたの裏に佐倉くんの顔を思い浮かべながら、私の意識は闇に飲まれた。

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