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ヤバい。絶対聞いてるよ。
そう直感したのは彼がわざとらしくゆったりとした足取りでユイナの元に近付いて、肩を叩いたからだ。
「それでなんの話をしていた?」
「ええと、その……」
言いにくそうに彼女が口籠っていると、楽し気に唇を吊り上げる。
その顔はまさしく『黒キース』そのもの。彼女が蒼褪めておたおたしている姿に愉悦を感じているのだ。
(わたしには『白キース』で接しているのに)
それはキースがわたしに遠慮している証拠じゃないのだろうか?
現に今だって聖女相手に茶々を入れている。答えを急かしてユイナを慌てさせていた。
「俺には言えない話?」
ユイナにも『俺』って使うんだ。
基本キースの一人称は『私』だ。ある程度の好感度がなければ、『俺』とは言わない。
わたしにだって旅から戻ってきてから使い始めたのに……。
親し気な態度を取っているキースにチクリと胸が痛む。
ついさっきユイナからキースがわたしと結婚するために取った行動を聞いていたのに、どうして自信がないのだろう。
「キース様、いじめないでください」
なるべく暗い表情にならないように気を付けて、笑みを作る。
「そんなつもりは……」
わたしが声を掛けると途端に苦い顔をされた。
さっきまで楽しそうにしていたのに、と思う自分が嫌になる。
その気持ちを押し隠そうとした。
「そんなつもりは、あるでしょ! 毎回私をからかって追い詰めてくるんだから」
「毎回……」
わたしが復唱するとキースが慌てた。
「違う。ユイナが勝手に追い詰められているだけだろう」
「違いまーす。キースが意地悪いからです。いっつもそうだし」
弁明しようとするキースをユイナがケラケラと笑う。
くるくると変わる表情は同性のわたしから見ても魅力的だった。
それはきっとキースにとってもそうなんだろう。
打てば響くようなリアクションが返ってくるから、つい構いたくなるのも分かる。
「……それでわざわざ俺がいない時間に屋敷へ来た理由は?」
わたしの横にどかりと座ったキースはどこか不機嫌な声音で尋ねた。
先程、彼女が言いにくそうにしていたから、わたしがキースに言おうかと目配せする。
彼女がそれにうなずいたのを見て、口を開いた。
「わたしからもキース様にお願いがありまして」
「カレンが?」
意外そうに彼が器用に片方の眉を上げる。
「できれば明日の夜会、カレン様に付き添ってもらえませんか?」
わたしの願いを聞いたキースは眉間に皺を寄せた。
「なんとなく見当はついていたが、それは断っただろう?」
ユイナの方を見てキースが呟く。
ばっさりと切り捨てたキースにユイナは口をとがらせる。
それを見ると、前もって断られた手前、ユイナは屋敷を訪れた目的を言い出しにくかったのだと分かった。
「だってキースしか頼れないし。お願い。一日だけで良いの!」
両手を合わせて頼み込むユイナをキースはやんわりと首を横に振って断ろうとする。
「キース様、わたしからもお願いします」
「カレンまで……」
苦々しく唸るキースにわたしはもう後押しだと感じた。
「ユイナ様は違う世界であるわたし達のために頑張ってくださいました。それなのにわたし達は彼女のささやかなお願いの一つも聞いてあげることはできないのでしょうか?」
もっともその願いを叶えてあげられるのはキースだけだ。
彼がユイナの傍にいるだけで、やましい思いを持った男達の牽制になる。
剣技に優れたキースを、それも魔王の軍勢を倒した実力者だ。その彼と力比べをしようとする者はそうそう現れないだろう。
「……どんな手を使ってカレンを口説いたんだ?」
「私はべつに……。カレン様が優しいだけよ」
きつく睨むキースにユイナは少しも怯まずに答える。
どこか勝ち誇った表情にますますキースはしかめっ面になっていく。
「明日の夜会はカレンを伴う予定だ」
「……え」
そんなこと聞いていない。
驚いてつい声をあげてしまった。
キースは低い声音で続ける。
「カレンの顔が見たい、という国王からの命令だ」
よりにもよってこんな時に。
――いや、こんな時だからこそ国王が命令してきたのかもしれない。
わたしが夜会に行くのなら、おそらくキースがそのパートナーとなる。その場合、ユイナのパートナーは必然的にキースではなくなる。
それくらいの計算をしてきたのだろう。
三人そろって黙り込む。先に口を開いたのはわたしだ。
「わたしの顔が見たいとだけ願われたんですよね?」
「ああ」
「それならわたしは自分の家族にパートナーをお願いして、夜会に臨むのは駄目でしょうか?」
家族にとっては急な話になるけれど、王の主催する夜会には家族のだれかは参加するはずだ。だとしたら、そのだれかと一緒に参加すれば面目は保てる。
しかしキースは苦い顔をした。
「旅から戻ってきた最初の夜会くらいはできれば俺がカレンを伴いたい」
真面目な顔で子供のような我儘を言うものだから、ついおかしくて笑ってしまう。
クスクスと笑うと彼の頬がほんのりと赤くなる。
「それでしたらキース様は今までわたしではなくユイナ様を伴っていたんですから、最後までお願いしますね」
うっ、と呻いたキースにユイナは「つよっ」と呟いた。
「キース様?」
「……分かった」
追い打ちを掛けるように名前を呼ぶと、彼は仕方なさそうに了承する。
ユイナはそれを見て、目を輝かせた。
「ありがとう! 本当に助かる!」
わたしに向かってお礼を言った彼女にやんわりと首を横に振った。
「実行するのはキース様だから」
わたしはただ口添えしただけだ。
それなのに彼女は「いいえ」と反論した。
「私がどれだけ頼んでもキースは嫌だの一点張りだったもの。あなたのお願いじゃなかったらキースは動かなかった」
鮮やかな笑みを見せる彼女に目を奪われる。
それとは反対にキースは眉間に皺を寄せていた。
正反対の二人の姿がおかしくて笑っていると、キースが食い入るようにわたしを見つめた。
彼の視線が気になって笑うのを止めるとガッカリとした様子になる。
それを見たユイナが「うわぁ」と引いていた。




