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なんてことを言ってしまったのだろう。
動揺から逃げ出そうと彼の胸を押すと、油断していたのかほんの一瞬腕の力が緩んだ。その隙に抜け出そうとしたのに、彼はそれすらも許してはくれなかった。再び正面から強く抱き締められる。
「逃げないでください」
息苦しさを感じるほどの強い力で自由を阻まれた。
「私はあなたに拒絶されるとどうしていいのか分からなくなる」
苦痛を堪えた呟きに思わず動きをとめる。
キースはホッとしたように息を吐き出した。
「まずはあなたに謝罪を――今まで冷たい態度を取ってしまい、申し訳ありません」
謝罪をされたところで反応に困る。
「なんでそんなことをしたんですか?」
「夜会で友人と話していたあなたは私との結婚に乗り気ではない様子を見てしまったので……」
頭上から奥歯を噛みしめる音が聞こえる。
彼にしては珍しいぎこちない口調。すっと息を吸ってキースが続ける。
「――好きな女性に、まして婚約者であるあなたが本心では私との結婚を望んでいなかったことにどうしても耐えられなくて……」
望んでいないわけじゃない。
ただ心のどこかで当て馬キャラであるわたしがキースとは結婚しないだろうと思っていただけで……。
(全部わたしのせいだ)
その事実に愕然とする。
あの時の夜会でわたしは友人にキースとの結婚について濁していた。彼はそれをわたしが結婚に後ろ向きであると捉えたのだ。
申し訳なさが胸に募る。そのせいで彼がわたしを好きだと言ったことに遅れて気付く。
「好き、って」
「ええ、好きです。あなたは私の初恋だ。だからこそ自分の気持ちをうまく制御できなかった」
くっ、と彼が低く呻いた。それだけで彼の葛藤が伝わる。
わたしが浅はかだったせいで傷付けてしまっていたのだ。
「ごめんなさい」
「いいです。謝らなくて。あのままではみっともなく取り乱して、そう遠くない未来でカレンの意思さえ無視して強引に抱いてしまう――その可能性がありました」
思いがけない告白に息を呑む。
「貴族同士の結婚は純潔を尊ぶ。他の男と結婚させないためにはそれが一番手っ取り早く、あなたを縛り付けられる方法なのかもしれないと本気で悩んでしまった」
「キース様……」
「あなたを抱くのは簡単だ。きっと私はたやすくカレンを犯すことができる――分かっています。そんなことを考えるなんて冷静じゃないし、愚かなことであると。だから一度距離を取って頭を冷やそうとしたんです」
抱き締められる力が弱まる。今ならば彼の元から逃げ出せるのだろう。
けれど、軽率なわたしの態度のせいでここまで苦しい思いをさせた彼をそのまま置いていくことはできない。そろりと彼の背に腕を回す。
「逃げないんですか?」
「この状態のキース様を置いていけるほど薄情じゃありません」
そう宣言すると彼は浅く息を吐いて笑った。
「逃げても構わなかったのに」
「キース様……?」
「そうすれば、この場であなたを抱いてしまえた」
「え……」
不穏な話を打ち明けられて、ぎくりと身体が強張る。
「ここ、教会ですよ?」
神が見ている場所でなにを言っているのか。
信じられない気持ちで彼を見上げる。
「私の初恋を奪ったあなたを逃がさないためには手段を問いません」
「なっ……!」
「だいたい最初に私のことを好きだと言ったのはカレンでしょう? 私の初恋を奪ったからには責任を取ってください」
清々しい笑顔で迫られる。
彼の顔はどこかさっぱりとしていて吹っ切れているように見えた。
「……でも聖女様と」
あれだけ一緒にいたのだ。
恋愛関係に発展しなかったのだろうか?
(キース様にその気はなくても、聖女様が恋をしている場合もあるかもしれないし)
なんとなくモヤモヤが晴れない。
しかしキースにとっては意外な発言だったらしい。
「まさか聖女と私との関係を疑っているんですか?」
「だってずっと一緒にいたわけですから」
彼の仕事だと分かっていても、ずいぶんと仲が良い様子だった。誤魔化されないようにじっとキースを見つめれば、そろりとかぶりを振った。
「あなたと早く結婚するためですよ」
「え……」
「魔王を討伐するためには聖女の力が必要不可欠でした。けれど、肝心の聖女は召喚されたことに戸惑って、部屋に引き籠ってしまった」
それはゲームにもあった情報だ。
ヒロインのユイナは自分の意思とは無関係に召喚され、国王から魔王を倒すように命じられていた。
命がけの旅に出たくない彼女は聖女の役割についても消極的な姿勢を見せていた。その時にヒロインを励ましていたのは護衛であるキースだった。
徐々に明るさを取り戻した彼女はこの国のことを知って、魔王を倒す旅に出る決意をする。その間に彼女は他の攻略キャラとも交流を深めていたから、ゲームではだいたい半年くらいの時間が経っていた。
(だけどキースが旅に出たのはヒロインが召喚されて三ヶ月も経っていない頃。ゲームよりもずいぶんと早く旅立っていった)
それも魔王を倒すのに半年もの時間がかかるはずだった。
しかし彼は旅立ってから三ヶ月くらいの早さで戻ってきている。
ゲームでは一年掛かる時間を半分に短縮して、無事に帰ってきたのだ。
「実を言うと、聖女が召喚されてすぐに魔王を倒す旅に同行してほしいと陛下から頼まれていました」
「そうだったんですね」
「正直、面倒だと思いました」
「え……」
ちょっと待って。ゲームとは違うことを話し始めた。




