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「キース様、神様が見ていますから……」
離してほしい、と言外に訴える。
だが彼はちっとも離そうとしてくれなかった。
それどころかこめかみにキスまで贈られる。
「べつに私達は婚約者なんですから、神に見られたところで問題ありません」
問題あるだろう。
婚約者といえど、まだ結婚していない身だ。
もし他の誰かに見られたらどうするつもりなのか。
「触れられるのも耐えられないくらいに私が嫌いですか?」
その言葉にぴたりと抵抗をとめる。
嫌いじゃない。嫌いになれるわけがない。
それを口にできれば良かったのに、色んな思いが入り混じっているせいで喉につっかえる。
しかし、キースはホッとしたように息を吐き出した。
「嫌いじゃないならこの結婚を進めても構いませんよね?」
「……本当にわたしと結婚するつもりなんですか?」
「質問しているのは私ですよ。なんなら神の前でもう一度口付けでも交わして約束しましょうか? 私はあなたと結婚する意思があるのだとカレンが分かるまで教えてさしあげます」
「い、いいですっ! キースの気持ちは分かりましたから!」
すっと顎を持ち上げられかけて、慌てて止める。
今のキースなら実行に移しかねない。
(なんでこんな急に……)
今まで散々わたしに冷たくしておいて戻ってきた途端迫られても、混乱するばかりだ。
グルグルと色んなことを考えて、ちっとも落ち着かない。
「ね、なにが分かったんです?」
耳を擽るようにして撫でられる。くすぐったさからビクリと反応してしまった自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。下唇を噛んで耐えていると、キースがクスクスと笑った。
「なにがおかしいんですか?」
つい声が低くなったのは仕方ない。わたしばかり余裕がないことが悔しい。
「だって久しぶりに会ったカレンが可愛くて……」
こつりと額が合わされる。近過ぎてお互いの表情も確認できない距離。その距離で彼が想いを打ち明ける。
「ずっと会いたかった」
頬をくすぐる吐息が熱い。心の底からそう思ってくれていたのだろうか。
信じたい気持ちと今までの態度との矛盾。二つの感情に揺れて、身体が強張る。
「私が旅に出てからカレンは毎日のようにこの教会に通っていた、とこの教会の神父から聞きましたが本当ですか」
「……ええ、そうです」
本人の前で肯定するのは気恥ずかしい。近過ぎて表情が分からないのに強い視線を感じるのはわたしの気のせいだろうか。強張る背をキースが撫でる。
「なにを願っていたんですか?」
「それは……」
わたしが祈ってた内容くらい神父から聞いているはずなのに、なぜ改めて直接尋ねるんだろう。
「……魔王討伐の旅に出た皆様が無事に帰ってこられるように、と」
「それだけですか?」
彼の声が弾んでいる。人を問い詰めて楽しそうにしている姿はゲームでも散々見てきた。
そのたびにドキドキしてきたのに、自分が体験するとより一層心臓に悪い。
甘えるような声で名前を呼ばれる。
「カレン、私の無事を願いにきてくれたんでしょう?」
真実だからこそたちが悪い。
「ね、あなたの口から聞かせてください」
「なにを……?」
動揺から馬鹿な質問をしてしまった。
彼はそれに気を悪くすることなく、嬉しそうに言葉を重ねる。
「私の無事を願うたびに教会に通っていたと。そして毎日通っていた理由も」
どうしよう。馬鹿な質問をしたせいでより追い詰められた。
逃げようにも腰を掴まれているせいで、抜け出すこともできない。
「キース様……」
顔が熱い。きっと今、顔どころか耳まで赤くなっているだろう。
近い距離で良かった。彼の表情が窺えない代わりにわたしの顔も見られなくて済む。
(……耳はキースから見えているかもしれないけど)
気付いたとしても――どうかその話題を出さないでほしい。
きゅうっと目を閉じて祈る。
心臓が痛いくらいにバクバクと言っている。ぎゅうぎゅうに密着されて、それこそこの音がキースに聞こえているのではないか。
けれど、離れてしまえばわたしのうろたえた顔を見せることになる。そのどちらも恥ずかしくて、結局大人しく彼の腕に収まった。
「……お願いですから、どうかカレンの口から聞かせてもらえませんか?」
「なんで」
キースからの懇願に動揺して声が掠れる。
つむっていた瞼に触れるだけの口付けを落とされ、耳元で囁かれる。
「好きな女性に労わってほしいと思うからです」
「す、すきって……!」
突然の告白に驚いて目を見開く。嘘か本当か見極める余裕もない。
キースにそんなこと言われるなんて予想もしてこなかった。
「わたしに冷たくしていたじゃないですか」
ああ、とうとう言ってしまった。
長年抱いていた胸のつっかえ。それを当の本人にぶつけたことにわたし自身が一番動揺している。




