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「ん……っ」
唇だけ重なり合うキス。角度も変わらず、ただわたしの存在を確かめるようにして唇が合わさった。
突然の行動に驚いて彼の胸を押して離れようとしても、背中に廻された二本の腕がそれを許さない。
むしろ抵抗すればするほどにきつく抱き締められる。
(なんでこんなことに……)
今までで一番意味の分からない行動。
あれだけ冷たかった彼がどうしてこんなことをするのか。
「カレン」
キスが終わったところで彼はわたしを離さなかった。
熱の籠った視線にたじろぐと、彼は困ったように眉尻を下げた。
「そんなに怯えないでください」
「……本当にキース様ですよね?」
旅に出るまで冷たかった彼の態度とあまりに違う。
これではなりすましだと言われた方がまだ納得できる。
「さっき確かめたでしょう」
「それは……」
「それともまた先程のように確かめてみたいんですか?」
わたしの手を取って自分の頬に導く。
「ほら、カレンから触れて」
「や……」
引き抜こうとしても力強く掴まれた。びくともしない力に震えそうになる。
「ちゃんと触ってください」
わたしを追い詰める声はどこか楽しそうだ。
――ああ、そういえば……キースはドSキャラだった。
久しぶりにそのことを思い出す。
ゲームでも彼はヒロインを追い詰めて喜んでいた。
けれどそれはヒロインに対してだけだ。
当て馬キャラの、まして嫌っている女に対してとる行動じゃない。
手のひらを握って彼に触れないようにする。わたしがワタワタと慌てるだけだと思ったら大間違いだ。
きつく唇を噛んで、キースを睨む。
その強い視線を彼は興味深そうに眺めた。
「キース様、急にどうしたんです?」
「どう、とは?」
「あまりに態度がいつもと違います」
「ああ、すみません。私もついはしゃいで……」
にこりと笑った彼の顔に嫌な予感を覚える。
だってその表情はゲームでよく見たヒロインを甚振る時の顔そのもの。
今にも舌なめずりをしそうな彼の様子に、ゴクリと唾を呑み込む。
「ねぇ、カレン。魔王を討伐して帰ってきましたよ」
掴まれていた手を艶やかに撫でられる。意味ありげな仕草で円を描くように親指の腹で触れらると、ゾクリと戦慄きそうになる。
「ああ、どうしてそんなに怯えているんですか?」
肉食獣を前にした草食獣の気持ちが今ならよく分かる。
息を詰めて彼の行動を見守ると、かぷりと耳を噛まれた。
「ひっ……な、にを?」
動揺から声が掠れる。
そのまま耳朶に息を吹きかけられ、ビクリと背筋を震わせた。
「ああ、可愛い」
ぼそりと低く呟かれた声にどこか危うさを感じる。
「――やっと結婚できるようになりましたね」
「婚約は延期って……」
「ええ、魔王を討伐するまでの間は延期でした。だけど、もうそれも終わりましたから早く式を挙げてしまいましょう」
左手を持ち上げられて、薬指を口付けられる。
「あなたと結婚するために頑張ってきたんですよ?」
そんなの知らない。
彼はいつだってわたしに冷たかった。
嫌いと宣言されてからは人前以外で会話らしい会話もなく、聖女が召喚されてからはこれ幸いにわたしのことを徹底的に避けていたじゃないか。
それなのに今さら甘い言葉を囁かれても信じられるわけがなかった。
(わたしがどんな思いで……!)
生きているか死んでいるかさえ分からない彼の情報。
連絡もなく、たまに彼のことを知れるのは信ぴょう性のない風の噂だけ。その情報に縋ってキースの無事を祈ってきたのだ。
「離して」
悔しさからひときわ強く彼の胸を押す。わたしの抵抗に驚いたのか、一瞬だけ力が緩んだ。その隙に彼から離れて、逃げ出そうと藻搔く。
「カレン」
逃がさないとでも言うように強い力で抱き締められる。藻搔いたわたしを抑え込み、ほんのわずかな逃げ道さえ奪おうとしていた。




