52 細かいことは考えないこととする
どうやら、これはフェイビアンの魔法のようだ。
一瞬で好きな服装に着替えられるなんて、楽でいいなぁ……。
たぶん、求められるのはそういう感想じゃないと思うけど。
怠惰な私はつい思ってしまうのだ。着替えるの面倒な時に便利そうだな、って……。
そんな私のどうでもいい感想なんて置いておいて、今のフェイビアンの素晴らしさをどう伝えればいいだろう。
まず、執事服の時はどこかオネエ様感が強く、とにかく美しかったフェイビアンが、今はどこからどうみても貴公子。
美しいのに男らしく、とにかくカッコいいのだ。
ああ、私にもっと語彙力があれば言葉の限りをつくして褒めたたえるのに!
「って、なんでその恰好に……?」
「言ったでしょう。執事では貴女を守れない、と」
あ、あれ? どことなく言葉使いも男性っぽくなってない? いつもより声も低めだし。
不思議に思って首を傾げていると、そっと手を取られてうっかり赤面してしまう。
「今から僕は貴女の婚約者。身分を隠し、誰にも内緒で貴女は僕に会いにこの町まで来た」
「こ、こここ、こんやくしゃ」
「僕は仕事の関係でこの町に初めて来たところ。婚約者としてお礼を伝えるため同行した。……わかったわね?」
「あ、はい……じゃない! え、演技をしろってことぉ!? 無理があるんじゃ……」
「あら」
フェイビアンはすっと上半身を起こすと、くすっとわらって流し目を向けてきた。
やめなさい、それは。死人が出る色っぽさですよ。
「あんただってドムにさせたじゃない。演技」
「そ、それは……」
「期待しているわよ、演技力。あたくしよりうまく演じられるかしら?」
「無理です!!」
「これも授業よ。貴族のやり取りは腹の探り合い。演技も出来るようにならなきゃ」
なかなかの無理難題をおっしゃる!
そう考えると私ってばなんてことをドムに頼んでしまったのだろうか。
くっ、自分は人に頼んでおいて嫌がるってのはダメだよね。
うまく出来るかどうかは別にして、やらないという選択肢はなさそうだ。
実際、フェイビアンの案は結構いい気がするし。
婚約者がいるのなら、これ以上私に深入りしてこないだろうという点で。
別に異性として狙われているなんて自惚れちゃいないけど、距離を取りたいのは私も同じ。
これで執事たちが安心してくれるなら一石二鳥だと思うだけ!
……本物の婚約者に見えるかは考えないこととする。
「が、頑張り、ます……」
「それでこそご主人様。いえ、便宜上コトリさんと呼ばせてもらう。いいね?」
「ハイ」
まずは背筋を伸ばして、と背中をバシッと叩かれたせいで情けない声が出た。
こ、これ、私……バレずにいけるのか!?
◇
「コトリ・アサウミ様と、その……婚約者様、でいらっしゃいますか……? か、確認してまいります!」
やってきました、ヒンギス家。
大きな鉄門の前に立っていた兵士さんらしき人に声をかけると、最初は訝しげな様子を見せつつフェイビアンを見た瞬間背筋が伸びたのを私は見逃さなかった。
これ、私だけだったら門前払いの可能性あったな……。
それならそれで、魔道具を返してさようなら~、が出来たのでは? と思いつつ、すでにドレスで武装して訪問までしちゃったので後戻りは出来ない。
それに、後になってヒンギス家の人たちから突撃されても厄介だしね。心の準備が出来ていない時にこられたらボロしか出ない自信があるもん。
今はフェイビアンがいてくれるので気持ち的には無敵だよ。
立ってるだけで貴族っぽいオーラが漂っているからね。本当は執事なんですけどね。
明らかにド平民顔な私と釣り合ってないことはわかってる。
……何度も言うけど考えないこととする。
しばらく待っていると、お屋敷のほうから老執事さんらしき人が駆け寄ってきた。
ほ、本物の執事だ……!
いや、うちの執事たちも本物以上に本物だけどさ、ほら、人間の執事は初めて見たから感動しちゃったよね。
「ようこそいらっしゃいました。コトリ様のことは聞いております。ですが、弟様はいらっしゃらないのですか? それと、その。婚約者様、とは……?」
「突然押しかけてしまって申し訳ありません。僕はフェイビアン・リッシュと申します。コトリさんから話を聞きましてね。お世話になったようですので、婚約者として直接お礼を、と」
ちなみに「リッシュ」というファミリーネームは私が考えた。スタイリッシュのリッシュである。
安易だけど忘れないからいいでしょ、とごり押したよ。
フェイビアンには呆れた目を向けられたけど、悪くはないとのお墨付き。そうでしょう、そうでしょう!
なお、今の私は緩やかに微笑んでいる状態をキープ中です。喋ったらボロが出そうなので。顔、攣りそう。
「……そうでしたか。承知いたしました。わざわざお越しいただきありがとうございました。ミハイル様がお待ちです。ご案内いたします」
「よろしく頼みます」
そこはかとなく漂うピリピリとした雰囲気。
老執事さんから放たれている気がする……? 主に、フェイビアンに向かって。
一方、思いっきり圧を向けられているフェイビアンは涼しげな様子で微笑んでいる。
何か文句でも? と言わんばかりの圧がフェイビアンからも放たれており、お互い微笑み合っているのに一触即発の雰囲気に見える不思議。
怖い。帰りたい。なんで敵対してんの、この二人?
今日は私がお礼を言いに来ただけなんだから、揉め事はやめてよね!?
数秒ほど微笑みの睨み合いをした後、老執事さんは私に向けて心から優しい笑みを向けると、改めて屋敷の中へと案内してくれた。
私に向ける笑みとのギャップがすごいな。さすがに鈍い私でも気付くほどだよ。
「上等じゃない……」
前を歩く老執事さんを射抜くように見つめながら、小声で囁くフェイビアンの呟きに背筋が震える。
な、何事もなく終わるといいなぁ……?




