51 あれ、私ってご主人様だよね?
フェイビアンにお任せコースを頼んだのは良かったのだけど、まず私が引きずられるようにしてやってきたのは……外観だけでわかる、見るからに高級な服飾店だった。
「こ、こんな高級店に入るのぉ? お金なんてないよぉ……」
「それは貴女が稼いだお金の話でしょう? お金っていうのはこういう時に使うものなのよ。ここで出し渋っていたら田舎娘が中途半端に着飾ったみっともない姿を晒すことになるだけよ」
「言葉の刃ぁ」
容赦がない。アレクサンダーより鋭利な言葉の刃だ。その通りだけどさぁ!!
そうは言ってもやっぱり尻込みしちゃうよ。実際に私はただの田舎娘みたいなもんだし。
おかしいな、日本では比較的都会と呼ばれるような場所にずっと住んでいたはずなのに。
日本でだってブランド品には縁のない生活をしてきたんだから、高級店で泣きそうになるのは仕方ないと思うの。ひぃん。
そんな私を見てフェイビアンは盛大にため息をついた。それ! それもやめてよぉ、メンタルに響くっ!
「いいこと? 資金は必要な時に必要なだけ使う。これは無駄遣いではないの。貧乏性なのはわかるけれど、今は黙ってあたくしに従いなさい」
「ハイ」
「店内では余裕を見せて。貴族がお忍び来店しているように見せるのよ。どんな目で見られようとも優雅に微笑みかければ勝手に訳ありだと察してきちんと接客してくれるわ」
「ハイ」
「あとは全てあたくしに任せていればいいの。絶対に余計な口を挟まないで。こういう場で貴女の意見なんて不要よ」
「……ハイ」
もはや機械的に返事をすることしか出来ない。本当に大丈夫なの? と訝しげに顔を覗いてくるけど、私が一番そう思っているんだよ、フェイビアン。
あっ、睨まれた! これは授業の一環ということですね、承知!
すぐさま背筋を伸ばした私は、口角を上げてわずかに微笑んで見せた。これまで授業をしてもらった甲斐あって、すぐに出来たのは大きい。
でも鏡があるわけじゃないから、ちゃんと出来ているのかどうかは不安。
「ど、どうでしょう……?」
「そうね、悪くないわ。一つ言うとしたら」
「え? あ、痛ぁっ!?」
「もっと胸を張りなさい。いいこと? 良い服を着た時は常に自分が最高の女だと信じるのよ」
「へ、最高の……?」
縁のない言葉すぎて変な声が出た。あっ、あっ、だから睨まないで!
「胸を張って、自信を持つ。服に着られたくなければ堂々とするのよ。内心なんて全て隠してしまえば誰にも見られないわ」
「は、はいっ」
そう、だよね。いわばはったりも大事って話だ。
いつまでも怖気づいていたら、教えてくれるフェイビアンにも申し訳ない。
いい加減、腹を括って自分じゃない自分になってやらぁ!
開き直った私はフェイビアンの言う通りに振舞い、言葉はほとんど発さず、どうにかこうにか高級店で「訳ありお嬢様」風を演じきった。たぶん怪しまれてはいないと思う。
とんでもなく丁寧な接客だったしね。まぁ、おそらくフェイビアンのあまりの美しさに只者じゃないと思ったのだろうけど。
彼の機嫌を損なわないためだけに私を褒めちぎり、あらゆる服を見立ててくれた。微妙な心境にはなった。
ええい、結果オーライ!!
「……まぁまぁ、ってところかしら。ぼんやりした顔立ちだから、どうしてもほんわかしてしまうわね」
ぼんやりした顔立ちってなにさ。素朴? 田舎っぽい? うるさいやい!
ぷくっと頬を膨らませていると、フェイビアンは耳に髪をかけながらフッと笑った。絵になるなぁ、もう。
「あら。誉め言葉よ?」
「ぼけっとしてる、って言われた気がするよ……」
「平和な世界で生きてきたのでしょ? 貴女はそれでいいのよ。きっとね」
平和ボケしてるって言われてる? それは、まぁ、事実だなぁ。
続けてどこか遠い目で「それでいい」と言われちゃったら、なんだかそれ以上なにも言えなくなってしまう。
何か、思うことがあるのかな? 平和ではない世界を知っているかのような反応だ。
「きっと、って……本当に大丈夫かなぁ」
「度胸を見せなさい。怯んだら負けよ!」
「はいぃ」
気にはなるけど、それよりも今はヒンギス家への訪問を乗り切ることが大事だね。
あの時渡してくれた魔石を返して、改めてお礼を言って、そのまま帰る!
私がその予定を伝えると、フェイビアンは顎に手を当てて何か考えるように口を開いた。
「たしかヒンギス家の当主……いえ、長男だったかしら? そいつがあんたに色目を使っているんだったわね」
「ねぇ、執事界ではどんなふうに話が広がっているわけ?」
怖い、とんでもない誤解が広がっている。間違いなく発信源はエミルだ。
んもー! でも可愛いから許す!
「何度でも言うけど、それは誤解だから。ミハイルさんにも失礼だよ。こんな平民の女を相手にするわけないじゃん。そりゃあ、危機感くらいは持つけどさぁ」
「いいえ、あんたには危機感がないわ」
「言い切るじゃん……」
こ、これは説教が始まるヤツ! こうなったフェイビアンは止まらない。覚悟を決めて聞くしかない。
言葉の刃が本当に鋭いから泣かないように頑張ろう。ひぃん。
「たしかに公爵家の長男が平民の、それも田舎娘を本気で相手にはしないでしょうね」
「やっぱり世間的に見て私って田舎娘なんだ……」
「言葉の綾よ。それを抜きにしても、どこの誰ともわからない女を相手にするにはリスクが高いわ。けどね」
フェイビアンがズイッと私に顔を近付けた。ひっ、至近距離の美人怖い!
「世の中には、本気じゃない火遊びも存在する。特に貴族なんて『少し面白い』ってだけで手を出す人間が山のようにいるのよ」
「ひ、火遊び……」
「別にコトリ様がそういう楽しみがしたいというのなら止めないけれど」
「したくないです!!!!」
「でしょうね。見ればわかるわ」
くっ、フェイビアンに全てを見透かされている。
でも、そうか。貴族ってそういう面もあるのか。
ミハイルさんはそんなふうに見えなかったけど……そんなこと言おうものならすごい勢いで反論されそうだ。エミルもすごかったし。
見せかけの外面だけを見て判断するんじゃないって。はい、気をつけます。
「とにかく、外見を取り繕ったおかげで、今のあんたはそれなりに見えるわ。そうなると余計にただの執事ではあんたを助けられない」
フェイビアンはそこで言葉を切ると、ぱちんと指を鳴らす。
するとあら不思議。あっという間にフェイビアンの装いが変わってしまった。
さっきまでの執事服ではなく、どこかの貴族のご子息のような……ふ、ふおぉぉぉぉ!! かっこいいーーーーーっ!!




