43 仕事をしないで、運A!
「あのっ、どうかされましたか!?」
小走りで馬車のもとに駆け寄りつつ声をかける。
うわ、遠目からじゃ気付かなかったけど、結構酷い有様かも……。
馬車は二つあって、一つは全壊、もう一つは修理が必要そうだ。
争った形跡が生々しく残っていて、今更だけどぶるりと身体が震える。
ちらっと周囲に目を向けると、チャズが倒したであろう大型のミミズのような魔物が大量の血を流して横たわっているのがさらに怖い。
たぶん、今回は人が近くにいるから燃やすのをやめたのだろう。判断力もすごい。チャズ有能。
私たちが駆け寄るのを見て、馬車を護衛していたらしき騎士っぽい人がっ振り返って答えてくれる。
一瞬だけ警戒した様子を見せたけど、駆け寄ってきたのが弱そうな女と子どもだからだろう、すぐに警戒を解いたのがわかった。
なかなか立派な鎧を着ているから冒険者じゃないと思うんだよね。うん、やっぱり騎士って感じ。
「旅の者か? 見ての通りさ。この先の森近くで運悪くアースワームと出くわしてしまってね」
「アースワーム……それは災難でしたね」
危うくアースワームってどんな魔物ですかって聞きそうになり、すんでのところで止まる。あとでエミルにこっそり聞いておこうっと。
「君たちは……姉弟かな? この先に向かうのだとしたら少し待ったほうがいい。アースワームが暴れた後は周囲の魔物も動揺して飛び出してくる可能性があるからな」
「ありがとうございます。そうします。あの、何かお手伝いできることはありますか?」
「えっ」
「え?」
何気なく放った一言に、ものすごく驚かれてこっちも驚く。
え、何? 私、何かおかしいこと言ったかな? いやいや、そんなわけないと思う。当たり前のことしか……。
「手伝ってくれる、のか?」
「え? は、はい。どのみちしばらく先には行きませんし、何もせずにいるというのも……」
「……こんな人もいるのだな」
騎士さんはこれまでの切羽詰まったような表情を和らげ、フッと肩の力を抜いて微笑んだ。えっ、たったそれだけで?
どんだけこの世界の人たちはドライなの。それとも、困ったときはお互い様は日本人特有の文化?
そう思って愕然としていたら、エミルがくいくいと服を引っ張ってきた。
耳打ちをしたそうなので少し屈むと、エミルがコソコソと教えてくれる。
「この方々、貴族ですよ。馬車に紋章があります」
「えっ!?」
「しーっ! だから、基本的に平民は委縮しちゃってあまり声をかけないんです。貴族によっては平民に話しかけられて怒る人もいますから……」
そ、そうなの!? 知らない間に私、すごく失礼なことをしてた!?
で、でも、この人たちはそういう「平民のくせに生意気な!」って感じで見下すタイプには見えないよね。よ、よかった、怒られなくて。
いや、立派な鎧を身に着けている時点で私も察せよ! これはドムのことを言えないくらいの鈍感だ。
そんなことより一応謝っておくべきかな? そろりと振り返った私は微笑む騎士さんに向かって頭を下げた。
「あ、あの。余計なことを言ってすみません。いらぬ世話でしたら……」
「いや、そんなことはない。そう言ってもらえて嬉しいよ。今はこんな状態だ、手を貸してもらえるなら助かる」
「それならよかったです」
良い人そう。本当に良かった。
ただちょっと待って。
貴族の馬車で、護衛っぽい騎士の人もいるということは……どこかに主人もいるってことだよね?
……世の中には知らないままでいたほうが幸せなこともある。あえて探す必要なんてない。
というわけで、まずは怪我をしている人たちを助けていこう!
早速エミルと一緒に簡単な手当てをして回ることに。
エミルはカバンから包帯を出すフリをしながら執事界にある物を取り寄せているみたいだ。素晴らしい配慮。
私もエミルから包帯や痛み止めの薬を預かって、手分けして手当てをしていく。
しかし、前にアレクサンダー用にたくさん買った救急セットがこんなところで役に立つとはね……。
軽傷だった人と一緒に手当てをした回ったからか、応急処置はあっという間に終わっちゃった。
二人ほど骨折した人がいたけど、町に戻ってから治療院へ行けば大丈夫とのこと。
すぐにでも治してあげたい気持ちはあるけど、正直……エミルの治療魔法を使うことがなくてホッとした。
手助けはするけど善人ではないのだ、私は。
それでも皆さんものすごく感謝してくれるものだから、ちくちくと良心が痛む。
「本当に助かった。どうか名を教えてもらえないか?」
「あ、えっと。コトリと、エミルです……」
「ありがとう、コトリ、エミル」
騎士さんはそう言うと、ようやく兜を外した。
治療中もずっと被ったままだったから不思議には思ってたんだけど……その理由が少しわかったかも。
とんでもない男前じゃん……。金髪碧眼で、目元がきりっとしていてさ。
ただ私は同じくらい顔の良い執事を見て耐性がついているのか、どうにか動揺せずにすんだ。
まぁ、もともと顔が整っている人を見てもそこまで浮き足立つタイプじゃないからね。
私はエテルナと違って面食いじゃないので。
「我がヒンギス家はこの恩を忘れない」
騎士さんはそう言いながら胸に手を当て、私の前に跪く。そしてハンカチを差し出してきた。
「え、っと……?」
「……受け取ってもらえるとありがたい」
「あ、はい」
気まずい空気が流れたので慌ててハンカチを受け取ると、騎士さんはやっと立ち上がってくれた。よかった。跪かれたままってものすごく気まずかったから。
ただ、周囲の人たちから驚いたような不思議そうな、そしてどこか呆れたような視線を感じるのはなぜだろう。
えぇ……? このハンカチを受け取る流れも、この世界では何か特別な意味を持つのだろうか。
持つのだろうなぁ……。知らんて。庶民だからわかりませんで通らないかな。
わからないなら聞いてしまえ。今なら手助けした恩人的な立場だし、多少の失礼があっても見逃してくれることを祈って。
「これは何ですか?」
「ヒンギス家の紋章だ。困ったことがあればそれを見せれば助けになれる。騎士でも冒険者ギルドでも、好きな場所で使うといい」
「ええっ、あんまり軽率に渡していい物じゃないのでは!?」
「軽率などではないさ。心から感謝している、その気持ちなのだ。どうか受け取ってくれないか」
「ミハイル様。まだ名乗っておられません……!」
「おお、そうだった」
使用人らしき一人が騎士さんに小声で告げたのを私は聞き逃さなかった。
あ、待って。出来れば名乗らないで。
なんて思ってももう遅い。
「申し遅れた。私はヒンギス公爵家長男、ミハイル・J・ヒンギス。コトリとエミルをぜひわが家へ招待したい!」
「ひぇ」
だから聞きたくないっていうのに!!
はぁ……これも運Aの力なのだろうか。なるほどね。
……面倒ごとは! ごめんだよぉ!!




