21.家出
私はダグラス侯爵家を家出した。
リアムと対峙した後――。
そのまま部屋に戻ると、ダグラス侯爵夫妻と執事やメイド達に謝罪のメモを残して、動きやすい服装で窓から出た。
リアムに騙されたリリーが用意していた、甘いお菓子もちゃっかりと頂いて。
実は、馬車など使わなくとも全く問題ない。私の身体能力は、とっくに人を超越していた。
「……これから、どうしようかしら?」
『主人……あの家、出ちゃってよかったの?』
しょんぼりシッポを下げるダン。
『私達のせいで、ごめんなさい……』
「ダンもユウも謝らないでっ。誰も悪くないし、私の短気は巴時代からでしょ。別にね、好きで養女になった訳でもないんだから」
『でも……』と、ユウは申し訳なさそうにジッと見詰めてくる。
「贅沢な暮らしに未練なんて微塵もないわ。ふふっ、これからは自由ね」
明るく言って笑って見せた。淑女の勉強なんて好きじゃないし、これは本心なのだ。ライアンを想うと、チクリと胸が痛むが……。
「とりあえず! お爺ちゃんの所へ行ってから、次を考えましょう!」
このまま去ってしまうのは、どうかと思った。
せっかくルイとライアンが繋いでくれた、ジルベルトとの約束を反故にしてしまう。
まずは、ジルベルトに相談してからの方が良い気がした。
すっかり通い慣れた、ジルベルトの家の近くまでやって来た。
まだ明かりがついていたので、ホッと胸を撫で下ろす。
――トントン。
「夜分にごめんなさい!」
家のドアをノックして声をかけると、ジルベルトが驚いて出てきた。
「こんな時間に、どうした……」
私の様子を見ると、それ以上何も言わず家に入れてくれた。体が冷えているだろうからと、温かい飲み物も出してくれる。
自分で思っていた以上に、私の顔色は悪かったようだ。
一息つくと持ってきたお菓子を広げ、突然の来訪を謝り家出してきたことを伝えた。
ジルベルトは責めもせず、ただただ黙って話を聞いてくれた。そして、話を聞き終わり……
「それで、アンジェはこれからどうしたい?」とだけジルベルトは尋ねた。
「私は、もっと強くなりたいです。正直、地位も名誉もどうでもいいんですよ。剣が好きだし、ルイもダンもユウも大切だから。みんなを守りたい。ただ、それだけ……それでは、駄目でしょうか?」
「いいや、お前は儂に似ているな!」
ワッハッハと豪快に笑うと、この家に好きなだけ居れば良いと言ってくれた。
「お爺ちゃん、ありがとう……」
「なに、気にするな」
本当の祖父みたいなジルベルトに感謝した。
この日から――。
私はルイの部屋に泊まり、そのままジルベルトの家に居着いた。
この家を知っているのは、ルイとライアンとオスカーだけだ。侯爵家の人間には見つけられない。
ただ、心配だったのはお金を持ち合わせていなかったこと。
そんな私を、ジルベルトは一緒に森へ連れて行き、狩りをしたり魔物の討伐のやり方を教えてくれた。その素材を売ってお金を稼ぐと、必要な物は大抵手に入る。
そうやってジルベルトは私に、この世界でも一人で生きて行ける術を教えてくれたのだ。
もちろん、山岳での特訓が日々の基本で、徹底的に鍛えられた。
連日の訓練は、当初予定していたより、かなりのスピードで私に力をつけてくれた。
ジルベルトは、ダンとユウも鍛えてくれ、二匹は人の姿の状態でも魔力を使えるようになった。
更には、自分たちの身を守れるくらいの剣術まで。
ジルベルトには感謝してもしきれない。
◇
――数ヶ月後。
私はついに、剣術も魔法も魔術さえも見事にマスターした。
山岳にできた平地は、ルイが作った広さの軽く三倍になっていた。
だいぶ経ったけど……ルイもライアンお兄様も、無事に調査は進んでいるのかな?
怪我とかしてないだろうか――。
だんだん余裕が出来てくると、つい余計なことを考えてしまう。
そんな雑念を抱きながらも、魔力をためては山の目標地に向け、ピンポイントに当てる練習をする。
ドゴ――ンッ!! と、また一つ平地を増やした時だった。爆風で私のローズブロンドの髪は激しく靡く。
すると……
「アンジェ!!」
「姉さん!」
背後から、懐かしい声が聞こえた気がした。
今のは幻聴?
爆音で耳がおかしくなったのかと思ったが。一応、確かめようと後ろを振り向けば……。
――そこには、ライアンとルイが。
私の瞳は、大切な人たちの姿をとらえていた。




