前編
クリスマスだって? 刑事さん。
ふん、そんなもん街ぐるみ国ぐるみの盛大なたわごとさ。
街はキラキラしてにぎやかだけど、俺にはそんなもん関係ないね。
いや、あんのかな? いつもよりみんなが浮かれまくっていて無防備だ。酔っ払いも多い。
カモの懐の中にはお宝がいっぱいあって、しかも仕事がしやすくなる。サイコーじゃん!
ノルマが達成できなけりゃボスにぶん殴られるけど、クリスマスには少しは楽になる。それが俺にとってのクリスマスって奴さ。
そもそも、イエスだかなんだかが生まれた日、なんだろ?
なんで俺が祝う必要があんの? 俺の望みなんかいっこもかなえてくれない神様なんか、いないも一緒じゃん。
神様は金持ちの頼みごとから聴くんだぜ、知らなかったかい?
仕事?
ま、ピックポケット――PickPocket――って奴さ。そう、スリ。
死語じゃないかだって?
馬鹿いうなよ。今だって充分稼ぎはあるし、やってる奴もかなり多い。
今は財布や現金だけじゃないぜ?
カードもあるし、スマホやお高いハイエンドワイヤレスイヤホンやタブレット、なんやかんやお宝がたくさんあんだよ。
ま、間抜けな奴はどっかで落っことしただけ、と思ってる奴も多いだろうけどな。
今日のカモ?
あー、その話だったよな。何人かからはイヤホンとかスマホとかカードケースとか貰った。いい日だった。
そうそう、現金も一人いた。珍しいんだぜ、ホント。
あの兄ちゃん、カモってくれっていわんばかりにぼーっと歩いてたぜ? なんかこう街に全然慣れてないカンジでさ。
着てるものなんかは普通なんだけど、どっかこう、う~ん。
なんとなーく時代遅れってのかな、田舎くさいってのかな。いまいちイケてなかった。
金持ってないんかなと思ったけど、せっかくのカモだしさ。試してみて悪いことはないよな。
で、スマホは手に持ってたから無理だったけどさ。ポケットの財布! すごかった! 開けてみてびっくりさ。なんなんだ、あの金。
あんまり多すぎて、思わず声が出そうになったぜ。やっぱ、田舎もんだろ、あいつ。
街の人間ならキャッシュはあんなに持ち歩かない。カードにするよな、普通。
ま、俺的には極上のカモだったぜ?
何? 俺の歳? 聞いてどうするんだよ。
この州じゃ16歳以下は準更生施設行きじゃん。17歳だって施設なのはおんなしだし。
どっちにしたって俺は鉄格子のはまった部屋へ行くんだろ? 一緒だよ。
ああ、うるさいな、あんた。歳は15だって、これでいいか? 俺は15年もこのあたりでおんなしような生活してるんだよ。
今まで捕まらなかったのはラッキーだった。
あんたらみたいなこうるさい刑事にいろいろ訊かれなくてすんでたもんな。
あ~はいはい、わかってるよ。
お前が悪い、ってんだろ? 自業自得っていうんだよな、こういうの。捕まる俺が悪いよな。
え? そんで、カモの話か? ボスのジョフリーの話か? 俺達の王様、ジョフリー様ってか?
けっ! ジョフリーは、ほんっとうにやな野郎だぜ?
乱暴だし、金に汚ねぇし、女にゃ手が早ぇし。最悪な野郎だよ。
弱いものには強く強いものにはヘコヘコと、ってやつさ。ほんとにクソ野郎だよ、わかるだろ? 刑事さん。
ヤクチュウかって?
売るほうに忙しかったはずだけど、まぁ自分でもやってたとは思う。俺たちにも時々打ってたしな。
俺は稼ぎが悪いからあんまし打ってはもらえなかったけどさ。
え? そのほうがいい? そうか?
まぁ、そうか、そのほうが俺の罪は軽くなるよな。ヤクチュウってのは悲惨なもんさ。
俺さ、行きたいとこがあんだよ。
ディズニーランド? なんだそりゃ?
誰がそんなナンパなところへ行きたいなんて言った? ヴェガスのカジノのほうがよっぽどスリリングだろ。
俺が行きたいのは、そんなとこじゃねぇよ。犬のいる少年刑務所さ。知らないって?
犬が飼えるんだよ、施設の中で。随分前にテレビで見ただけだけどさ、いいよな、あそこ。
犬を躾するだけでいいんだぜ。楽でいいじゃん?
それに俺、この街の更生施設には行きたくないんだよな。
あそこにはさ、ろくな奴がいねぇんだよ。なんだよ、お前が言うなって顔してるじゃん。
冗談じゃねぇんだよ。だってさ。
***
「サミュエル、ちょっと待て」
それまで黙ってまくしたてる少年の話を聞いてるだけだった白い方の刑事が、初めて声を出した。
「サミーだよ、俺の名前は。教会の神父さんじゃねぇんだから、サミュエルなんて呼ぶな。なんだよ。俺の話が聞きたいんだろ。一所懸命話してやってるんだよ。だいたいさ」
「だ、ま、れ」
なおも早口で言いつのろうとするサミーを、レニー・クラウンと名乗ったブロンドの刑事が短い言葉でとどめた。
その刑事はロックスター並みに整った顔立ちで、すらっとした身体つきも華奢に見える。まったく強面ではない。それなのに切れそうなほどの眼光の鋭さにサミーは押し黙った。
上目遣いにその美貌を見て小さくつぶやく。
「綺麗な顔してんのにおっかねぇな、あんた」
いや、むしろ美形がすごむと怖いというべきかも知れない。
クラウン刑事は、ふっと表情を崩して苦笑を浮かべた。
「どっかのゴシップ好きなマダムじゃあるまいし、しゃべりすぎだろ、お前。しかも大事な話だけぶっ飛んでるぞ、サミー」
「いいや、むしろわざとぶっ飛ばしてるな」
さっきから、なんとかサミーの話に口を挟もうと苦労していた、黒くて図体のでかい方の刑事がおもむろにうなずく。
サミーは小さくため息をついた。
「なんだよ、俺が何をしたって言うんだよ」
クラウン刑事が首を少し傾け、サミーを値踏みするように目を細めた。
「何をした? それは俺が聞きたいね。サミー、お前はいったい何をした?」
サミーは、一瞬だけ罪悪感と羞恥の入り混じったようななんともいえない表情を浮かべ、それから少し挑戦的な目をあげた。
「俺はなんもしてない。俺はただいつもどおりに仕事して、それから自分のねぐらに戻っただけだ」
「で?」と、クラウン刑事が顎をしゃくり先をうながす。
「で、ってもうそん時は警察が来てたじゃんか。俺が帰ったらそのままここへ連れてこられたんだよ」
サミーが不満そうに口を尖らせた。
「いや、お前は一回ジョフリーのとこへ戻っただろう? わかってるんだぞ」
今度は黒い方、ブリントンとかいう名前の刑事がサミーに太い指を突きつけた。
「冗談だろ。俺は戻ってない。俺は朝、あそこを出て、その後はずっと表にいたよ。寒い日だったってのに馬鹿みてぇに」
ブリントン刑事がふんぞり返り、椅子をきしませた。
「あのな、サミー。ジョフリーは誰かの財布をつかんだまま、部屋の中で血を流し倒れて死んでた。その財布からお前の指紋が出たんだよ」
サミーは目を文字通りまん丸に見開いた。
「財布? 誰の?」
「それは俺が知りたい。だが、ジョフリーの財布じゃないことは確かだ」
と、クラウン刑事。
「お前が掏ってジョフリーのところへ持ってきたんだろう?」
と、ブリントン刑事。
サミーは、ぽかんとした顔で交互にふたりの刑事の顔を眺めた。それからサミーはおもむろに口を閉じ、あきれたように肩をすくめた。
「あんたらさ。刑事のくせに知らないのかよ。財布なんてものは、掏ったら捨てるのが基本なんだ。金には名前がついてないけど、財布はそうはいかないだろ」
そこまで言うと聞こえよがしにため息をつき、眉をあげ小生意気な顔をして見せた。
「だから俺はそんな間抜けなことはやらない、わかったかい?」
クラウン刑事が片頬をゆがめ、にやっと笑った。
彼の茶色の澄んだ目がサミーの心の中まで見通しているようで、背筋がひやりとする。
「そうだろうな。俺もそう思うよ。だが、それだとお前の指紋が何故ジョフリーのつかんでいた財布に付いていたのかの説明はできない。それができるのは、お前だけじゃないのか?」
サミーははぁっと息を吐いた。
「財布財布財布! さっきからあんた達が言ってるのは、いったいどの財布だよ? 俺は財布なんて死ぬほど見てるけど、ジョフリーのところじゃ見たことないぞ! 第一ジョフリーはマネークリップ使ってたよ」
クラウン刑事が指でとんとんと机を叩いた。いらついているのかもしれないが、異様に整った顔には殆ど表情が浮かんでいない。
「だから言ってるだろう。ジョフリーのじゃないだろうって。持ち主のわからない財布に、お前の指紋とジョフリーのと誰かの指紋がついてた」
そこで、クラウン刑事は上着の内ポケットからビニール袋に入った革の長財布を出し、サミーの目の前にぶら下げた。
「お前は財布を掏ったらすぐ捨てると言ったな。だったら、なぜこれがジョフリーの手の中にあったのか説明してくれ」
サミーは、はっとした。端にJCとイニシアルの入ったその財布には、確かに見覚えがある。
「やっぱり見覚えがあるらしいな。さて、話してもらおうか? 」
顔に出したつもりはなかったが、クラウン刑事が今度はにっこりと笑った。
「俺は……。俺……」
サミーが逡巡していると、今度は取調室のドアが叩かれる音がした。
上半分がガラス張りの取調室だが、サミーの位置からは誰がやってきたのか見ることができない。
体をねじってまで見ようという気にはならなかった。
**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..
15歳にしては小柄で幼い顔つきのサミュエル・フォードをしみじみ見ながら、レニー・クラウンは何が起こったのか考えあぐねていた。
赤い髪のはしこそうなサミーは、いかにも下町のこまっしゃくれた悪ガキだが、どこか憎めなかった。
くりっとした緑の目には時々計算高い小ずるい表情も浮かぶが、根はワルではない、とレニーは踏んでいた。
そして、そのサミーのピックポケットとしての言い分はよくわかる。
ピックポケットが財布を盗ったら真っ先にするのは、金を抜き取って財布を捨てることだ。サミーの言った通り、札には名前がついていない。
捕まったときに掏った財布を持っているかいないかで、彼らの命運は大きく変わる。だから、サミーが財布ごとジョフリーに渡したとは考えにくい。
ジョフリーは、子供のピックポケットを十数人飼っている。そう、まさに「飼っている」という表現が一番ぴったりくるだろう。
ジョフリーは、拾った子供をまずピックポケットに育てる。大きくなったら、少し賢い奴を地区の纏め役に仕立て、新しい子供をピックポケットに育てる。麻薬の売人にする場合もある。女の場合は、自分の女にした挙句、道端に立たせたりする。
貧しかったり、親に虐待されていたり、拘束されるのがいやで家出したり、あるいはそのすべての理由で街には行くあてのない子供はいくらでもいる。
その子供たちをジョフリー・ソーンは使い捨ての兵隊、食い物にしているのだ。いや、していた、だ。
サミーは、ジョフリーを「王様」と呼んだ。
だが、レニーにとって、ジョフリー・ソーンはケチな小悪党のクズ野郎でしかないが――いや、サミーにとっても「クソ野郎」だったようだが――飼われている子供にとっては、”どんな奴でも一応は王様”なのだろう。
そもそも、遅かれ早かれ、いつかはこんな日が来たのではないだろうか。思っていなかったとしたなら、ジョフリーは迂闊者だ。あるいは楽観的すぎたのか。
ジョフリーの死体が見つかったのは、裏町の安アパートの一室だった。
家具付きのその部屋の中で、ジョフリーはその手に革の財布を握って仰向けに倒れ、頭から血を流して死んでいた。
今日のあがりを届けに来たサミーと同じピックポケットの子供二人が死体を発見し、迷った末に警察に通報したのだ。
ちっぽけなジョフリーの王国は、クズな王の死によって崩れ去った。
はっきりした死因は、検死官の解剖待ちでまだ不明だ。
警察が到着するのとほぼ同時にアパートに戻ってきたのが、サミーだった。
逃げるまもなく身柄を確保されたサミーの指紋が、ジョフリーがつかんでいた財布についているのが確認された。
しかも、ジョフリーの手から財布を抜き取ろうとしたという位置ではない。
そして、その財布がサミーの物であるという前提は端から除外されている。財布には100ドル札が30枚も入っていたのだ。
レニーには、財布にサミーの指紋がついていた理由がわからない。
そして、サミー自身にもその理由がわかっていないように思えた。
サミーは何か隠しているが、それは「殺人」というような不穏なものではない、とレニーの勘が言っている。
なんだろう?
サミーはいったい何を隠しているのか、あるいは、誰かをかばっている?
――後編に続く――




