もう一つの主従
剣刃の魔女だって?
混迷を極める式典会場に現れた少女――ミルトレットの名乗りに、私は記憶の片隅から一致する単語を探り当てる。
「そういえば、前に聞いたことがある。依頼を受けたわけでもないのに、街に現れる悪魔を斬り殺す魔女がいる……その魔女のあまりにも凄惨な戦い方から、付けられた二つ名が『剣刃の魔女』……」
「あの女が魔女だと? 『本当か』?」
私の言葉にクロウはなぜか疑問を口にした。
けどそれに答えるより早く、ミルトレットは血の海の中で優雅に一礼。
そして驚く私たちの目の前で、いきなり『増えた』。
百人くらいに。
「「「「 寝坊したぶん、いっぱい殺すね……ふふ 」」」」
その光景は、不気味を通り越して悪夢だった。
全く同じ顔、全く同じ声、全く同じ姿のミルトレットが、その場にいた悪魔に次々と襲いかかる。
彼女の剣捌きは見事の一言で、咲き誇る血の花の中を舞い踊りながらサーベルを振るい、軽々と悪魔を両断していく。
なるほどね、どうやら彼女は『魔力を肉体強化に全振り』してる。
だからサーベル一本で悪魔ともやりあえるんだ。
でもそれじゃあ、どうやってあんな大量の分身を……?
あれだけ高度な幻影魔術は、肉体強化をしながらなんて使えるはずがないんだけど。
「えい、えい」
「死ね、死んじゃえ」
「あはは」
「うふふ」
誰もが見とれるような可愛らしい横顔を血に染めて、ミルトレットの数の暴力による虐殺は現れた悪魔をまたたく間に殲滅。
初めよりさらに数を増し、集まった来賓の数よりも多くなった剣刃の魔女は、最後に残った三つ目の門に狙いを定め、四方八方から一斉に飛びかかった。
「ばいばい」
「また、遊ぼうね」
出来上がったのは、地獄門の串刺し。
突き立てられた百を超えるサーベルで針山みたいになった地獄門は、断末魔の悲鳴を上げながら爆発、消滅した。
結局、ミルトレットは私や他の護衛には何もさせないまま来賓を守り切り、地獄門を破壊。
最後にその光景を見守っていた人たちに向かい、スカートの裾を持ち上げて頭を下げる。
そして返り血も拭わないままに、うっとりとした笑みで私を見つめた――
――――――
――――
――
「ごきげんよう、真鍮の魔女。来てくれてうれしい」
依頼は終わった。
奇跡的なことに、三つもの地獄門が出現したのに死者はゼロ。
うち二つの門は魔女が食い止めたわけだけど……まあ、明日のロンドンタイムズには、教会と騎士団の活躍しか書かれていないだろう。
そして今。
式典会場のホテルからほど近い噴水公園の広場で、私とクロウは純白のゴシックドレスを着た人形のような少女、ミルトレットの歓迎を受けていた。
「こちらこそ、今回は助かったよ。私はアリス・ベル。こっちは助手のクロウ」
「クロウだ。アリスのつが――ぐむっ!?」
「残念、言うと思ったよ!」
「……?」
『いつもの自己紹介』をしようとするクロウの口を塞ぎ、こっちを不思議そうに見上げるミルトレットに私は精一杯の愛想笑いを浮かべた。
まったく、この私がいつまでも同じパターンで振り回されると思ったら大間違いだよ。
「それで、普段は私設魔女をやっているんだ。事務所はブラスゲート13番地に――」
「知ってる……『ファン』だから」
ファン?
それって、私の?
ミルトレットはそう言って、その白い頬をほんのりと赤く染めた。
「うふふ……やっぱり、思ったとおり。近くで見てもかっこいい……バン! バン!」
そのまま彼女は、指を銃の形にして撃つ真似をしてみせる。
もしかして、さっきの私になりきっているのかな?
「えーっと、つまり?」
「わたしのお家、もうずーーっと前に魔女じゃなくなって、今は貴族……けどわたしはアリスを見て、かっこいいって思ったから……ひとりで勉強して魔女になった。アリスと、『まじょとも』になりたかったから……」
そう言って、ミルトレットは恥ずかしそうに私の前に近付いてきた。
「いつか、アリスに会えればいいなって……ずっと思ってた。そうしたら、あのパーティーで見つけたの……。もし悪魔が来なくても、ごあいさつするつもりだった」
「そうだったんだ……。でも別に、私なんて大層なものじゃないと思うけど」
「そんなことない……パパもママも、アリスのこと褒めてた。この国で魔女として生きて、みんなのためにがんばってるアリスはすごいって……わたしたちのご先祖様は無理だったって……」
「…………」
話を聞くと、ミルトレットの家系は魔女として生きることを止め、マーサ姉さんのように医学や薬学の専門家に転身して成功した新興貴族らしい。
けどそのために魔女としての風習や痕跡も全て消して、自分たちの過去を必死に隠しながら生きてきた。
実はこのロンドンに住む『隠れ魔女』は意外と多い。
マーサ姉さんもそうだし、私も母さんが死ぬまでは、そうして生きるつもりだったんだから……。
「なってくれる……? まじょとも……」
どこか不安そうに、心細そうにそう尋ねる彼女は、会場で悪魔相手に盛大な殺戮劇場を演じた少女と同一人物とは思えない。
この子が自分の意志で魔女として生きることを選び、その理由が私だっていうのなら……私に彼女の手を取らないという選択肢はなかった。
「こちらこそ。よろしく、ミルトレット」
「あ……ありが、とう……っ」
私の返事に、ミルトレットはその透き通った瞳を見開いて笑った。
私としても、彼女みたいな頼れる魔女と親交を持てるのは心強い。
かくいう私も、他の魔女で関わりがあるのはマーサ姉さんくらいだし。
正直、魔女は昔から『横の繋がり』が壊滅的らしいからね……。
「な、なら……ミルトって、呼んでほしい。ともだち、だから……」
「わかったよ。ミルト」
「ふふ……うふふ……うれしい……とってもうれしい、うふふ……」
それに正直、好かれるのは悪い気はしない。
少し変わった子だけど、もし私に妹がいたら、こんな気持ちだったのかもしれない。
無邪気に喜ぶミルトを見て、久しぶりに感傷的な気持ちになってしまったよ。
「ふむ。ならば俺からもいいか?」
「どうしたの?」
けどその時だった。
私とミルトのやりとりを黙って見ていたクロウが、突然前に出た。
「ミルトよ、さっきから『そこに隠れている悪魔』はなんだ?」
「悪魔だって?」
「……どうして? なんで、わかったの?」
「俺は鼻が利くからな。特に、『悪魔の臭い』はすぐにわかる」
私をかばうように前に出たクロウが、夜の闇に沈む噴水の影を睨む。
悪魔が隠れてるなんて、まさかそんな――
「――さすがね。擬態には自信があったのだけれど」
けど次の瞬間、噴水の影がぐにゃりと歪み、目の前で人の形に変わる。
しかも現れた人影は、『ミルトと完全に同じ』姿だった。
「ナイア、出てきてよかったの……?」
「ずっと警戒してたけど……これではっきりしたわ。ミルトは下がって! この男は、あまりにも危険すぎるッ!」
そうか……クロウはあの式典で、ミルトに悪魔の気配があることに気付いていたんだ。だけど、ミルトとこの悪魔の魔術の流れは――
それまで私の前にいたミルトが、後から現れたもう一人のミルトに心配そうに駆け寄る。
二人はお互いを安心させるように手を繋ぎ合うと、全く同じ動き、全く同じ姿で私とクロウに向き直った。
「答えなさい、『暴凶の悪魔王』クロウゼル・エルドブレイズ! なぜ貴方が地上にいるの!?」




