布から馬⑩私の役目
石造りの大きな正門の横に立ち、馬車が見えなくなるまで手を振る。
「行っちゃったなぁ」
ミアお姉様は、二日かけて学園にお戻りになるらしい。近いと言えば近い、でも頻繁には会えない距離。賑やかであたたかなお姉様にしばらく会えないと思うと、胸にぽっかりと穴が空いたように寂しい。
「シュトリア様。門を閉めますので敷地の中へお入り下さい」
「分かりましたわ……」
職務に忠実な門番たちは、名残惜しそうなノギの様子を気に留める事なく、大きな鉄格子の門扉を動かし始めた。豪奢な金細工で飾られた優美な扉は重く、門番二人がかりでないと動かせない。キィィィ……と、レールと車輪が擦れ合う甲高い音が響き、最後にガツン、と重い鉄の噛み合う音が鳴る。門番たちは警備を再開し、正門の前には静寂が戻った。もう、ノギに話しかける者は誰もいない。
(また静かになっちゃったなぁ……)
◇
ミアお姉様を見送った日の夜、もらった小箱にさっそく手紙が入っていて、ちょっとびっくりした。自然と顔がニヤけてくる。
「ええと……お部屋から見える夜景が素晴らしく、次に学園に戻る時はノギも一緒に——」
本日の宿泊先の感想と、次回の道中の希望について書いてある。
それから、今回の帰省で妹が出来た事への喜びに、離れる事への不満、学園のすばらしさに、自分が不在の間のレッスン内容の候補に……。
ニヤけながら手紙を読んでいたノギの顔が、だんだんと引きつっていく。
(えっ、この量を宿についてから書いたの!?)
夜と言っても、まだ寝るには早い時間だ。ノギだって、夕飯を食べ終えてなんとなく小箱を手に取ったところだ。公爵令嬢ともなると、手紙を書くのもノギの何倍も速いのかもしれない。
それにしても。
「ほんとに、手紙を入れるだけで届くんだぁ……」
この魔道具、きっと高い。絶対に高い。
とんでもない物をもらってしまったと思うと、どうしようもない焦りが出てくる。
それと、手紙をもらうのは、てっきりミアお姉様が学園に到着してからだと思っていた。
「えぇっと。お返事、何を書こう?」
小箱をもらった時の、ミアお姉様の嬉しそうな笑顔がよぎる。こんなにたくさん書いてくれたのだ。
「便箋十枚……」
絶対、早く返事を出した方が良い。箱を見つめて待っているかもしれない。
「うーん。今夜のご飯のメニュー?」
違う気がする。あっ、お花の事を書けば令嬢らしいかもしれない。
◇
「まぁっ! ノギからお返事が届きましたわ!」
ハーブティーを飲みながら、小箱を何度も開け閉めしていたミアベルは思わず声を上げた。
手紙に書かれたたどたどしい字に、頬が緩む。
ミアお姉様、お会いできて嬉しかったです。
お見送りの時に、足元でネモフィラが咲いていました。
アブラムシが大量発生していなくて良かったです。
トム爺がモクサク酢を作って、吹き付けていたからだそうです。
「……モクサク酢??」
ミアベルは何とも言えない気持ちになったが、最後まで読んだ。思っていた手紙とは……多少違ったが。きっと人生で初めて書いてくれた手紙だろう。大事にたたみ直して、封筒へ戻した。
翌日も、学園へ到着した日も。
ミアベルは欠かさず手紙を書き、小箱へ入れた。
手紙が返ってくるのはいつも遅い時間だったけれど、ノギが一生懸命に書いたと思うと胸が暖かくなった。就寝前にノギからの手紙を読むことは、ここ数日間のミアベルの密かな楽しみとなった。
三通とも、花模様の透かし彫りが施された木箱に、大切に保管してある。
到着した翌日も、いつものように手紙を送ろうと思ったミアベルだが。
「あら?」
そこには、すでに手紙が届いていた。
「いつも夜遅くに届いていましたのに。珍しいですわね」
◇
その日の昼、ノギはいつものように裏庭へ続く勝手口から庭へ出て、トム爺にくっついて花の手入れをしていた。
「今日も藤が綺麗だ……ですわね」
「そうじゃなぁ。ミアベルお嬢様がいらっしゃる間に、見ごろを迎えることが出来て良かったわい」
『藤きれーい!』
『トンネル、トンネル♪』
今日も妖精はきゃっきゃと飛び回っている。
妖精が見えないはずのトム爺も、キラキラと粒子が舞うあたりの花々を目を細めて眺めていた。
「お姉様、とっても素敵な人だったなぁ」
「公爵家自慢のお嬢様じゃからなぁ」
「次はいつお戻りになるの?」
「そうさな、例年だと王都で夏の夜会を終えた後じゃな」
「ふぅん」
夜会用のドレスで着飾ったお姉様。きっと、輝くばかりに美しいのだろう。見られないのが残念だ。
お姉様のドレス姿を夢想していると、藤のトンネルの向こうから女性の使用人が駆けてくるのが見えた。
「シュトリア様。侍女長が探しております」
◇
「じ、侍女長。わたくしは、この恰好でよろしいの?」
お屋敷に向かって園路をすたすたと歩く侍女長の背中を、必死について行く。珍しい事に、公爵様が私を呼んでいるらしい。
だけど、この服で公爵様に会って大丈夫?
庭仕事用の動きやすいドレスと革靴に履き替えたままだ。そのまま連れてこられたから、スカートのあたりには水染みがあるし、靴にも土がついたまま。手には木桶についていたコケなのか、緑色の汚れまでついている。
ちらっと見てくる侍女長に、全身を見せる。
「おそらく問題ないかと」
おそらくって~!
えっ、本当に? とてもお見せできません。の状態じゃない?
緊張しながら、ほとんど通った事のない、きらびやかなシャンデリアが吊るされた玄関ホールを抜ける。華やかな彫刻がほどこされた大階段の前も通り過ぎる。青い高級絨毯を土のついたままの革靴で踏みつけ、花びらが幾重にも重なったシャクヤクが飾られた花瓶を横目に見つつ、公爵様の執務室へ着いてしまった。
侍女長が扉を叩く。
「シュトリア様をお連れいたしました」
「入れ」
侍女長に促され、戸惑いながらも足を踏み入れる。部屋の中には、公爵様の他に、紫紺のローブを羽織った上背のある男が立っていた。
「師団長。紹介しよう、末娘のシュトリアだ。今回の魔術師団の派遣に同行させろ」
師団長と呼ばれた黒髪の男が、こちらをじろりと見て一礼した。
「シュトリアお嬢様、お初にお目にかかります」
「シュトリアと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
何度も練習させられたおかげで、無意識に挨拶の口上がスルッと出てきた。
(えっと……)
それで、師団長が何だって?
「侍女長。シュトリアには、ヴァルクレール家の者として、陳情があがっている土地に赴いて水魔法を行使してもらう」
「かしこまりました、旦那様。準備を手配いたします」
(え……?)
突然、何? 陳情があがっている土地……?
「恐れながら、公爵様」
公爵様と侍女長の間で進む話に、師団長が待ったをかける。
「ご息女の能力は、生活魔法程度と聞いておりますが」
「構わん。使えるだけ使え。そのために迎えた人間だ」
「承知しました」
(あぁ、なんだ)
ノギを無視して進む会話を聞いて、逆にストンと腑に落ちた。
(公爵家の肩書を持った、いろいろ押し付ける人間が必要で。水魔法を使える方が都合が良くて。それで、私を引き取ったってこと?)
そう考えると、これまでの謎な教育方針にも納得できた。目的が分からなくて、ずっと警戒していたけれど。
(良かった、ようやく理由が分かった)
そんな事なら、警戒するほどでもなかった。
私が魔術師団について行って、何をするのかよく分からない。でも、きっとしばらく手紙が書けないから、出発する前に、ミアお姉様に手紙を書いておこう。
ここまでお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
この後、ノギは領地の水が不足している場所へ向かうのですが、暑かったり水が足りなかったりといったシーンが出てきます。今の状況で投稿するのは不謹慎かと思いますので、ノギはしばらく休止致します。
気にするほど読んでる人いないよ! と思われるかもしれないのですが。自意識過剰なのかもしれませんが(^_^;)でも、やっぱり気になるので。
いくつか頂いている小説へのアドバイスを参考に、ここまでの話を見直す時間にしたいと思います。
1日でも早く避難所の環境が整う事、心より願っております。




