仮面の社長と、裏アカの素顔
お読みいただきありがとうございます。
第2話では、主人公の心に少しずつ
入り込んでいく裏アカの存在と、
その言葉に揺れる気持ちを描きました。
そして──街頭ビジョンに映る社長の言葉。
彼の正体に、思わず読者の方も「え?」と重ねてしまう場面だと思います。
今回も共感と不安を織り交ぜながら進みます。
どうぞ最後までお楽しみください。
通勤電車の窓に映る、自分の顔。
誰よりもキラキラ感がなくて、
疲れきった“人生つんだ女”がそこにいた。
その視線の先。
吊り広告には、婚活企業「キューピッド・リンク」の最新CM。
大型モニターに映るのは、スーツ姿の若き社長。
完璧な笑顔。
眩しいライトを浴びて、世界の中心にいるように微笑んでいる。
(……テレビでもネットでも見たことある、有名人だよね)
私なんかとは、まるで別の世界。
胸の奥にチクリと痛みが走る。
だって、つい数日前─
─
「……なんか、写真と違うね」
婚活アプリで初めて会った男性に、
そう吐き捨てられたばかりだったから。
その記憶がよみがえるほど、
目の前の“完璧な社長”は私とは真逆で。
「婚活企業の社長……ね。
こっちは恋愛も婚活も失敗だらけの女だよ。……笑っちゃうね」
小さく吐いたため息は、
電車の騒音にかき消されていった。
会社帰りの夜。
改札を抜けると、コンビニの明かりがやけに眩しく感じた。
ついフラッと寄ってしまう。
新作スイーツのポスター。
「期間限定」って言葉に、なぜか弱いんだよね。
新作スイーツをひとつ手に取って、
配布されていたアプリの無料クーポンでコーヒーに交換。
(たぶん、自分も同じだ……って思ってる人、いると思う)
心の中でそうつぶやきながら、レジを抜けた。
コーヒーを手に歩き出す。
足取りは、昨日とも一昨日とも変わらない。
……ただ、同じ道をなぞっているだけ。
信号も、街のざわめきも、
心に何ひとつ響かない。
自宅に着くと、靴を脱ぎ散らかすように放り出す。
バッグからコンビニのスイーツを取り出し、
歩きながらなんとなくコーヒーをテーブルに置く。
「……今日も変わらない一日だったな」
呟きはため息に溶けた。
退屈なルーティン。
ただ過ぎていくだけの日々。
スマホを取り出し、テーブルに置く。
ふと、画面に光った通知に気づいた。
──裏アカからのDM。
指が止まる。
「素焼きの器、素敵でした。
ああいう飾らない美しさに惹かれます」
息が詰まった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ありがとうございます」
気づけば、短く返信してしまっていた。
(……なにやってるの、私)
警戒はしている。
怪しいのはわかってる。
それでも。
“私自身”を見てくれる言葉が、
久しく忘れていた心の居場所みたいに感じられた。
画面に新しいDMが届いていた。
──「婚活って、数字や条件で測るものじゃないと思いませんか」
目を細めて、しばらく読み返す。
「……何、それ」
思わず口から漏れた。
条件じゃなくて?
年収や学歴や見た目じゃなくて?
……じゃあ、何で人を測るの。
胸の奥に、あの日の言葉が刺さる。
──「思ってた人と全然違うわ」
平気な顔で切り捨てられた、あの冷たい声。
恋愛も婚活も、結局は外見ばかりを見て、
中身なんて誰も気にしない。
……そういう世界なんだって、思い知らされたばかりだった。
私はスマホを握りしめ、
打ち込む。
「でも……条件がすべてですよね。
私みたいなのは、弾かれるだけで」
指先が震えていた。
本当は言いたくなかった言葉。
でも、それが現実だから。
数秒後、返信が返ってきた。
──「だからこそ、君に興味がある」
「……え?」
目を疑った。
飾らない私に?
偽装も加工もしていない、この何の取り柄もない私に?
(この人……いったい何者なの……?)
心臓が早鐘を打つ。
怖さと戸惑いの中に、
ほんのわずかな温かさが混じっていた。
その夜は、不思議と眠れなかった。
画面を閉じても、胸のざわめきは消えないまま。
翌日。
いつもと変わらない朝。
人混みに押されながら駅へ向かう。
今日も、昨日と同じ一日の始まり……のはずだった。
ふと目に入った街中の大型ビジョン。
そこに映し出されたのは、
電車の中で見たのと同じ婚活企業「キューピッド・リンク」のCMだった。
若き社長が、爽やかな笑みを浮かべて語る。
──「美しいものって、無垢なもの。
飾られていないものじゃないかな」
息が止まった。
だってそれは──
あの日、私が裏アカで呟いた言葉と同じだったから。
高校生のころ、社会見学で作った歪んだ陶器。
拙くて、不格好で。
だけど、それを見て思わず口にした言葉を、
あの“怪しい人”が拾ってくれた。
「……なんで……?」
胸がざわつく。
偶然?
それとも──
スマホを開くと、通知が光っていた。
裏アカからの新しいDM。
「君の言葉に救われる人間もいるんだよ」
指先が震える。
怖い、でも温かい。
拒絶と安堵が同時に胸に押し寄せて、息が乱れる。
画面の中の社長は、相変わらず完璧な笑みを浮かべていた。
だけど──彼がもし本当に裏アカの“あの人”だとしたら。
その笑みの裏側は、どれだけ虚しいんだろう。
──そして気づく。
彼もまた「誰かに気づかれたい」と願っているのではないか、と。
DMの最後の一文が、視界に焼き付いた。
「……君は、選ばれなかったからこそ、美しい」
心臓が跳ねた。
共感とも、執着ともつかないその言葉に、
私は逃げ場を失った。
そして、通知がもう一度……
──「もしよければ、メールでやり取りしませんか」
画面に浮かぶ文字を見て、息が止まった。
(……メール?
名前も知らない、顔もわからない、怪しい裏アカの人と?)
怖い。
けれど、胸の奥で小さな灯が揺れる。
だって──
以前、私が呟いた言葉を、
今日、街頭ビジョンで“あの人”が口にしていたから。
本当に同じ人だとしたら……?
「……まさか、あの完璧に笑う社長が?」
震える指でスマホを閉じた。
でも、脳裏にはあの笑顔とDMの文字が重なり続ける。
知りたい。
本当のことが。
──もし彼が、あの人だとしたら。
心臓が痛いほどに跳ねた。
そして気づいてしまった。
私はもう、逃げられなくなっていることに──
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
裏アカの言葉に救われながらも、
「怪しい」「怖い」と感じてしまう主人公。
けれど同時に、「本当のことを知りたい」という好奇心も芽生え始めました。
そして彼から届いたのは「メールでのやり取り」という提案。
この先、二人の距離はどう変わっていくのでしょうか。
──本当に彼が、あの“仮面の社長”だとしたら。
次回もぜひ楽しみにしていてください。
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