20話:王太子妃になる姫①
ばんと窓が開かれた。
それは舞台終了を告げる合図になる。
我に返ったシーラは、両目を瞬かせ、眼前にあるテオドルの呆けた顔を見つめ、急に恥ずかしくなった。
テオドルからぱっと手を離す。
彼の肩越しにシーラはイオラとアリエルの姿を見た。二人は、満足げに笑っている。
音を耳にしたテオドルは、反射的に尻目で窓際に二人の少女を目撃した。
(見られた!)
気づいた途端、名状しがたい汗が吹き出してきた。
同時にクローゼットもばんと開かれる。秘密の通路を引き返せばいいのに、ヘルマンとニコラスは、わざわざ姿を現したのだ。
体に付着したほこりをはらう弟二人に、テオドルは血の気が引いた。
「テオドル様」
目の前のシーラの呼びかけにも、テオドルの体と心は硬直したままだった。
「あなたに好かれていて、嬉しかったです」
そう言ったシーラは明るい満面の笑みを浮かべた。月の女神のようなあでやかさは消え、年相応の明るい笑い顔だった。
テオドルは思考は真っ白に染まる。
笑みを浮かべたシーラがテオドルの横をすり抜けた。
「ああ、すごかったわ。舞台の終幕を見ているようだった」
「テオドル様が陥落される様は胸が透きましたわ。シーラ様」
「アリエル、イオラ。やっぱり、テオドル様は舞台で見ていたとおりだったわ」
きゃっきゃっと喜び合い、アリエルとイオラと合流するシーラ。三人は笑いながら部屋を去っていく。
残されたテオドルはいまだ微動だにできない。
ぽんと肩に手を置かれた。
「兄さん、王太子も、シーラ姫も手に入ったね。おめでとう、そして、ご愁傷様」
「テオドル兄さん。初恋が叶ったね。ここにある品々、捨てなくていいってお許しも出て、ハッピーだね」
肩に置いた手を放し、冷静なヘルマンが去っていく。
朗らかなニコラスも、きらきらと目を輝かせ、テオドルの横を通り過ぎて行った。
一気に室内が静まり返る。
無音となった室内で、やっと動けるようになったテオドルは、ベッドに倒れ込んだ。
「なんだったんだ。あれは……、あれは……」
シーラを描いた枕を抱き寄せ、テオドルは右に左に身悶えした。
妹弟に見られていたという恥ずかしさより、シーラが品々を受け入れ、保有することを許してくれた。その事実がじわじわと胸に沁み渡り、悦びへと変化する。
女神のようなシーラの足先に口づけ、さらには、彼女に誘われるまま『好き』と口走った。
テオドルは、走り出したい衝動にかられた。
宮殿の庭を走り回り、叫びたかった。
そんなことをすれば、近衛に不審者として捕まるかもしれない。辛うじて理性で欲求を封じ込める。
テオドルは、何度もベッドの上でのたうちまわり、疲れ切ったところで、やっと眠りについた。
翌日、目覚めたテオドルは、昨夜のことが夢か現実か分からないまま、ぼんやりと服を着替え、王妃との約束のため部屋を出た。
廊下で数人のメイドとすれ違っても、彼女たちはいつもと変わりない。メイドたちは昨夜の出来事を知らないのかもしれないとテオドルは思った。
約束通り王妃の部屋を訪ねると、そこには、王妃だけでなく、シーラもいた。
二人が同席する姿に、昨夜の出来事は幻ではないと自覚したテオドルは、急に品々を捨てることを言い出せなくなる。シーラが捨てなくていいと言ってくれたのなら、捨てたくない。
本心は、何一つ捨てたくないのだから。
応接セットに三人が座る。
心ここにあらずな挨拶後、無言になるテオドルに王妃は告げた。
「品々は捨てなくても良いとシーラ様より寛大で寛容な計らいを受けました。
これによって、エラリオ側の問題はなくなり、テオドル、時期を見てあなたは王太子に、シーラ様は王太子妃になられる道がひらかれました」
「……はい」
テオドルは、なんとも言えない表情を浮かべる。
シーラは穏やかな笑みを浮かべ、王妃は厳格な表情を崩さない。
「しかし、シーラ様は、品々に囲まれて寝るのははばかられると言われます。それは分かりますね」
「はい」
「別室を用意しますので、品々を早急に別室へ移動なさい。わかりましたね。今後のことは、それからです。
以上、なにか質問は?」
「いいえ、なにも……」
あまりの展開にテオドルはついていけなくなっていた。
ただ、品々を捨てなくてもいい、王太子になりシーラとも結婚できると分かり、怒涛のように好転した現実が、まるで夢のようだった。
「テオドル様」
シーラの声にはっとテオドルは顔をあげた。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
唇が震えた。
緊張した体に、汗が噴き出す。
「……こっ、こちら、こそ」
たどたどしい返答にも、シーラは嬉しそうに笑った。
※
テオドルが去った室内で、王妃はシーラと向き合った。
「シーラ様。よろしいのですか、あれらを残しても」
「はい。あれは、テオドル様が、ずっと私を見てきてくださった証ですから」
「感情表現がとても下手な息子ですけど、根は真面目です。今さらですが、とても優しい子でもあります。
不器用ではありますが、心広く受け止めてもらえて、母として嬉しく思っています」
「いいえ。こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします」
シーラは深く頭を垂れた。
王妃も目を細めて、花嫁を受け入れる。
「これからは、この地の義理母となります。次期王太子妃、ひいては、王妃として、少々厳しくなる場面もあるかもしれません」
頭をあげたシーラは姿勢を正した。
「はい、お義理母様。
ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します」
「賢い娘を迎え入れることができ、私も嬉しく思っております。シーラ」
こうして、シーラは宮殿の主たる王妃にも、認められ、受け入れられたのだった。
前回、2日と4日間違えてましたメンテナンス日。
なので、明日は19時に予約投稿してます。




