21話:王太子妃になる姫②
テオドルは、絵画、抱き枕、飾り棚ごと品々いたるまで、すべてを別室に移動した。すべての品がなくなった寝室はすっきりする。
これで、晴れて王太子になり、シーラを迎え入れられると思ったら、今度はシーラ側に問題が出た。
やはり、彼女はエラリオの風習や慣例、歴史に疎く、所作や作法を身につけるのに苦心していたのだ。
知識とは、本に書かれている知識だけでなく、イオラやアリエルであれば自然に身についている公での振る舞い方まで多岐に及ぶ。暗黙の了解を説明し身につけるよう促すのは教える側も大変だ。
王太子になったのに、すぐにシーラを婚約者として、ひいては王太子妃としてむかえられず、テオドルはやきもきした。
王太子妃として迎えていない以上、寝所を共にすることもできなく、テオドルは簡素になってしまった寝室で一人寂しく寝るより他なかった。
この背景には王妃の策略もあったのかもしれない。
イオラような貴族令嬢を集め、シーラの周囲をかためれば、表に出ても問題はなかっただろうに、あえてそれをしなかったのだ。
分かっていることは、未来の王妃たる王太子妃の教育は王妃が握っているということだけ。事の真相は闇のなかである。
ある程度、宮殿で教育を受けたシーラは、イオラやアリエルとともに学園に通うことになった。
ここまできて、やっとテオドルはシーラとの婚約を発表できた。
王太子妃の婚約者とお披露目されたシーラは、異国の舞姫として知れ渡り、国内はしばらくその話題で持ちきりとなる。
婚約発表とともに、貴族の子弟が多く通う学園に通うのも、未来の王太子妃として認知させ、貴族との交友関係を広げておく意図があった。
その際、テオドルに、学園の臨時講師の話も舞い込んできた。最初は断ろうと思ったものの、ヘルマンからの「恋人関係にある教師と生徒ってなんか背徳的でいいよね」という誘い文句にそそのかされて、週に一回の講師役を引き受けてしまった。
制服姿のシーラも新鮮で、テオドルは断らなくて良かったと心底思った。
学園内では、シーラも気を使ってか、「先生」と呼んでくれることもあり、なんとも言えずくすぐったかった。
さらには、美術講師に袖の下を渡し、制服姿のシーラを描かせ、絵画に仕上げさせた。傍にいても、今のシーラは今しかいないのだと思うと、どんなシーラも記録せずにはいられなかった。
シーラが在園中、ジュノアからリャン王太子が訪問する機会があった。
彼もまた島国ムーナから王太子妃を迎えたというのに、未だ正式なお披露目はしていなかった。
事情を聞けば、王太子妃として教育途上のためらしい。他国の状況でありながら、テオドルは自身を重ね見てしまう。容貌は正反対でも、同じ境遇を抱えるリャンにテオドルは親近感を覚えた。
ところが、リャンが連れてきた隻腕の美丈夫こそ、島国ムーナの姫ラーナであると発覚し、表立って言えないのですが、と、彼は彼女を恥じらいながら紹介してくれた。
男装のラーナはエラリオでも女性達に人気を博し、シーラと並べば異国の男女が寄り添うようであった。
まるでお似合いの二人に、テオドルの胸は病んだ。
リャンは涼しい顔で、「いつものことです」と苦笑する。異国の王太子が器の大きさを示すなら、テオドルも同等であろうとするものの、それが余計に胸苦しさを増長させた。
(あれは妹だ。決して男女の仲ではなく、こんなことでやきもちを焼ているようでは、未来の夫としてどうなのだ)
シーラはラーナと会えて、嬉しそうであっただけに、シーラに喜ばせるために寛大な未来の夫を演じるしかなく。ラーナがいる間、嫉妬心に喘ぎながら、夜な夜なテオドルが懊悩したのは言うまでもない。
結局、学園を卒業するまで、シーラとの結婚はお預けを食らい、寝室も離れ離れなまま過ごす。
学園を卒業し、やっと、正式な婚礼の日取りが決まり、シーラが王太子妃になる見込みがたった。
そこでやっとテオドルはシーラとともに念願の離宮に移り住んだ。
何年も待たされたテオドルはやっとシーラと二人きりの生活を手に入れ、その日の夜、抱き枕ではない、シーラ本人をやっと抱きしめることができたのだった。
※
婚礼の日がやってきた。
その日、シーラは純白のドレスを纏った。
裾の長いプリンセスラインのドレスは、腰に花の飾りをつけ、幾重もの透ける薄布のドレープをアンシンメトリーに重ねたデザインであり、細やかなビジューが散りばめられる。
空色の髪をまとめ上げ、ドレスと同じビジューで飾られたボンネをつけ、花柄の刺繍を縁にあしらったベールを重ねた。
空色の髪がベールから透ける。
そんな髪色と同じ真っ青な空の下で、テオドルはシーラにひっそりと愛を告げた。
「シーラ、島国ムーナから俺の元へ嫁いできてくれてありがとう。
さらには、俺の思い出の品々を捨てずに受け入れてくれたことは今でも感謝している。
憧れの舞姫を、生涯の伴侶として迎えられるなんて、俺は世界で一番幸せな男にしか思えない。
まぎれもなく、俺を幸せにしてくれたのは、シーラ。君自身だ。
心から感謝しているし、愛している。俺は、生涯変わらぬ愛をここに誓う」
胸に拳を添えて誓う不器用な男の真摯さにシーラは、ほんのりと嬉しくなる。
華やいだ気持ちを抱き、神殿での式に臨んだ。
式を終えて後、オープンな馬車に乗って、神殿から城までの大通りをパレードする。沿道にはたくさんの人が出ており、テオドルの隣で、シーラはにこやかに手を振った。
到着した城はこれから始まる披露宴の準備で大忙しだった。その喧騒を抜けて、城のバルコニーにテオドルとシーラは手を繋いで駆け上がる。
城のバルコニーに出た。
青空の下に、王太子と新たな王太子妃を見ようと、多くの人々が集まっている。
シーラはテオドルに寄り添って、迎えてくれたエラリオの人々に手を振った。
艶やかな笑みを浮かべ、寄り添うシーラがそっとテオドルの袖を引いた。
身を屈めたテオドルの耳もとに、シーラが顔を寄せる。集まった人々には、その姿は、新たな王太子妃が王太子の頬に口づけたように見え、歓声はより一層高まり、その声は天に届く勢いだった。
テオドルの耳もとに口を寄せたシーラはこう囁いた。
「女の許しという柔らかな真綿には、細い針金が仕込まれております。
知らず、ゆっくり絞められる、その甘やかな痛み。
それこそが、愛なのですわ」
最後までお読みいただきありがとうございます。
明日から、異世界恋愛物はお休みです。数か月先に投稿予定です。
それまでは
『真正賢者の深淵なる成功』
https://ncode.syosetu.com/n1185hy/
年に1作前後純文学を投稿しています。
『勇者と名付けられ人間の国から追放された魔寄せ体質の第一王子は、魔物の国でも「一般人に被害が出る!」と問題視され、曰くつきの護衛三人と共に、問答無用で異世界へ飛ばされたのだった』
https://ncode.syosetu.com/n6609hj/
を投稿します。
これが終わったら、5月17日~
『公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す王太子の非常識をぶった切った男爵令嬢の顛末』
https://ncode.syosetu.com/n6459hd/
第10回ネット小説大賞の一次通過作の長編化を投稿します。
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