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こちとら命懸けてねぇんだわ。  作者: もち。
東の国とのつきあい方
99/124

15

というわけで風呂だ風呂。

すっかり日が暮れて暗くなった建物内をタクティカルライト片手に歩いてグラーヴェさまをリネン室まで案内し、即席浴場に続く扉を開いて見せた時の驚きと戸惑いのご面相はなかなか見ものだった。

浴場に結界を展開してから湯舟にお湯を張り、ついでにそこらへんに立てかけてあった盥をクリーンしてそこにも湯を張って準備してから、自分で入れるかと問いかけた時も結構な顔をしていたが。

問題なくお一人で入れるそうです。よかった。

盥のお湯は身体洗ったり頭洗ったりするのに使ってくれと説明し、シャンプーの類の説明も一応しておいたがまるっと綺麗になってくれればいい。

脱いだ服はこちらも拝借した籠に入れて貰い、とりあえずクリーンで纏めて綺麗にしてから畳んでおいた。

湯冷めしてもいけないので、ここでようやくブランケットを出してこれも服と共においておく。


大体するべきことを成したなら、扉を開けて垂れ下がる布越しに声を掛ける。

「服ここ置いときますねー。あとブランケットも置いとくので、身体冷えないようにしてください。で、テントまでの道も結界張っておくので、終わったらそこのランタン使っていいので戻って来てください。ちゃんと肩まで浸かってゆっくり温まって下さいねー」

「……!か、かしこまりました。何から何まで申し訳……」

唐突に声を掛けたからか、些か驚いたような声音が返ってきたが、何かまた勝手に申し訳なさそうにしているのでそこはぶった切っておこうと思う。

「いや、そこは謝らずに居て下さい。なんせクィンスタッドまで旅するにあたって、先ずお互い風邪とかひいてる余裕ないので。冷えは大敵です。そして衛生的であることも健康には欠かせません。つまり、必要なことです」

それっぽいこと言ってはいるが、結局のところ私が耐えられないだけだ。スメルレスプラスが無くても大丈夫な程度には清潔であれ。あ、靴もクリーンしとこ。

「てなわけで私はテントも整備しなおしますので戻ってますねー」

「あ、はい」

そうして、結界を張りながら来た道を戻ってテントの中の布団を先ずはクリーンする。これ海のお布団なんだよなぁ……と思いながらも、暫くはグラーヴェさまに貸してあげてねと胸中で願うだけ願う。まぁきっと、奴は奴で私が私のお布団を貸すなんてことをしないのはよくわかっているだろうからきっと大丈夫だ。

ひとまずきれいにしたならば、今度は湯たんぽを仕込む。いやほんと、ウォーターサーバーめちゃ便利。あっつあつの熱湯も即座に生み出せるとかお時間掛からず手間いらず。カバーを掛けてお布団に仕込めば寝る時はこれでぬっくぬくだ。グラーヴェさまの湯たんぽカバーはうさちゃんにしておいた。つぶらな瞳がかわいい一品だ。


テントから出るとテーブルに置いた電気ランタンが照らす室内は仄暗い。場所が場所だけに雰囲気が凄い。正直森の中も夜は怖いが、いつも海と一緒だったから平気だった。なんだろうなぁ……やっぱり賑やかしって大切だと思うんだよな。

普段から結界の中で揃って馬鹿な会話をして、馬鹿なことをしているわけだが、それは信頼する相手がいるからこそなのだ。

チラとマップを見て、グラーヴェさまを確認したならまぁ普通に緑なんだが……海の仮説が正しいならば、こちらが相手を絶対的な味方だと思わない限りは青にはならない。心底から、相手を信用しなければこれ以上は望めない。

が、きっとそんなことは無理なのだろう。

どこまでも他人なのだ。

そして、ある種の信仰対象とされてしまっている以上、こちらから全幅の信頼を寄せることはできない。

溜息ひとつ吐き出して、出しっぱなしの椅子に座れば柔らかな布張りの座面が迎えてくれる。軋みは上げない。

……此度の旅路は、きっと大変だ。

地道にコツコツ進むのならば、人里に関わらないわけにもいかないのだから。見たくない現実を多く目にすることになるだろう。

この地の不幸は別に私達のせいじゃない。けれど……精神的にダメージ不可避なのは間違いない。軽口でも叩かないとやってられない。

ーーお酒飲むかなぁ。

インベントリに何本か気に入りのお酒の瓶を入れてきているのを思い出し、けれど首を振ってその思考を打ち消す。

明日からも体力勝負だ。寝つきが良くなっても熟睡するにはアルコールは良くないのだから、今飲んでる場合ではない。

こんなことなら海くん特性ブレンド煙草何本か貰っておけばよかった。あまりにも何もなさすぎる空間では気を紛らわせるものなど何もない。気が滅入る一方だ。実によろしくない。


無能な上司の尻拭い状態なぞ全くもってやってらんねぇわ。

しかし龍を信じ、奉じている人達を否定するつもりもない。理解はできないが。でも確かに、龍はこの世界の礎なのだろうから、この世界に住む人達からすればまぁそりゃカミサマなんだろう。

「……カミサマ、ねぇ」

幸福を糧に生きる存在。

糧を得る為に施す加護。

加護を得てまた幸福を生み出す人々。

元はウィンウィンの関係だったのだろう。この均衡が崩れた時、なす術もなく世界は深淵への道を辿ったわけだ。

東の地には幸福の気配すらない。何故それでも、龍を信じられるのだろう。どうして、祈りを捧げることができるのだろう。

そこが、理解できない。

まぁ元々が無宗教の私に理解できることではないのだろうが。無神論者という訳ではないが。八百万の神宜しく気儘なカミサマはどこにでもいるのだと思っているだけで。付喪神とかもう想像するだけでかわいいし。

でもそんな生優しい感じじゃないんだよなぁ、この世界の人達って。ガチ勢って感じよな。

たいして私達のことを知らないくせにマップアイコン緑なくらいだもんなぁ。雨はまぁなんとかなるだろうけどさぁ。そこからどうすんのさって話でさぁ。

気鬱である。もんのすごく気鬱である。

一人で居ると無駄に色々考えてしまうのもよくない。私の精神的な癒しである海と引き離すなぞ、私にストレス過多で発熱しろとでも言うのかって話だ。空さんはストレスに弱い生き物なんだぞ。取り扱い気を付けろって話だ。


悶々と思考をぐるぐるさせていたなら、コツリと靴音が耳朶を打つ。

ふとそちらに視線をやれば、風呂上がりのグラーヴェさまがちゃんとブランケット羽織ってランタン片手に立っていた。

「おかえりなさい。湯冷めしないうちにお布団入っちゃって下さいね。湯たんぽ入れてるので温かい筈なんで」

「……あの、ソラ様。少しだけよろしいでしょうか」

さっさと就寝を促せば、少し躊躇ったように視線を泳がせてからこちらに近づいて来る。大変フローラルな湯上がりの香りがしてよろしい。

「……何?」

「その、ですね……このような事を申し上げるのは差し出がましいことであるのかもしれませんが」

ワンクッション入れてきたな。何を言おうというのか。視線だけで先を促せば、意を決したように一度唇を引き結び、

「お言葉使いを、カイ様に対する時のように砕けて頂くことはできませんか」

「……は?」

きょとん、である。大層な事を願い出るのかと思えば、なんだそれは。

「私は、御使い様にお仕えする為にクィンスタッドから参りました。いえ、現在ひたすらにご面倒をおかけしているのではございますが……とにかく、私は従者であり下僕であり手足となる為にここにおります。その私に、ソラ様がお気を遣われる事などあるべきではないのです」

「うーん?ちょっと待ってくださいね?情報処理する時間を下さい」

つまりなんだ?ええと?

砕けた口調を望んでいる、と言うよりは、丁寧語が嫌なのだろうか。上下関係はっきりしようぜってことか?

俺下でお前上な!と言われたのか?

それは……中々の無茶振りではなかろうか。ああ、でも殿下相手にしている時の感じで良いのだろうか……いやでも、海に対するように、とのご要望だ。

……そうか。解った。

「つまり、弟ポジションご希望である、と?」

「お待ち下さい、何故そうなりました?」

「え?だって海みたいにって言うから……でもほら、海ってばあんなだけど私にとっては世界一可愛い弟で、流石に海ほどグラーヴェさまをかわいがれないかなぁと思うんですよね。申し訳ない」

「違います。そうではありません」

苦悩と言う字を顔面で表現したならこんな顔になるのだろうか。そんな苦虫を数百匹まとめて噛み潰したような顔をしなくても良いのでは?

「私なぞに御使い様がお気遣い下さることを心苦しく思っている、とお伝えしたく……」

「あー、つまり、言葉遣い気にすんなよ、と言いたい……?」

ざくっと意訳したならば、少し躊躇いがちに頷きが返る。

「お、おおむね、その通りかと」

概ねて。

もっと丁寧な心地だわって事だろうか。いや、しかし大体合ってると言う事で構わんな?

「なるほど。ではノクト殿下くらいの感じで接して構わない、と?」

「如何様にも。ソラ様の自然体で構いません」

「後で不敬罪とか言わない?」

「とんでもございません」

「そか。じゃあお言葉に甘えて……とりあえず、身体冷えないうちにお布団入って?湯冷めして風邪引いたら困るから。あと私もお風呂入って来るので先寝ててね。あ、喉乾いてない?大丈夫?水飲む?」

つまりタメ口でいいとしっかりと言質を取ったわけだ。ならばもう遠慮なくガンガンいこうと思う。どのみち二人旅となるなら、ボロが出るのは火を見るより明らかなのだ。ならば開き直ることも必要だろう。

「……いえ、あの。あのですね、主人を差し置いて就寝する従僕はおりませんが……」

「だって従僕とか必要ないもの。私は世話をされたいとも思ってないし。それに、多分現状私の方ができる事多いよね?備えも多いと思う。適材適所ってことで良くないかな。これから二人で旅路につくにあたって、できればノクト殿下くらいのフランクさを求めたいくらいなんだけど」

「……?ノクト殿下が、フランク……?」

「あれ?フランクってスラング?そんなことないよね。え、殿下滅茶苦茶懐っこいよね?」

「……え?」

「……え?」

誰の話ですか?とばかりにぱちぱちと目を瞬かせて小首を傾げるグラーヴェさまに、私もきょとんとしてしまう。

「……殿下懐っこく、ない?」

「騎士らしい、厳しく清廉な方であると思っておりますが……?」

「きび、し、い……?せいれん……?天然ボケのうっかり犬系男子ではなく……?」

「天然ボケ……」

同じ人を指している筈なのに、何故こうも噛み合わないのだ……?

思わずおもむろにインベントリから鳥の魔道具を取り出し、魔力を込める。

「殿下の外面ってもしかして結構マトモな王族してんの!?聞いてないんだけど!!?フォルテさんフォルテさーん!殿下ちゃんとできる人なの!?言っておいてよびっくりするよ!って言うかびっくりしたよ!厳しいとか清廉とか見たコトない殿下だよ!フォルテさんを形容してるのかと思ったよ!別にお返事いらないけどどうしても言いたかった!夜分にごめんね!!」

一気に思いの丈を吐き出して鳥へと変えれば思った以上に力んだせいで結構デカい怪鳥がぶわりと形を成して吹っ飛んでいった。あれなら直ぐにでも届くだろう。この熱い思いが伝わることを祈る。

ふぅ……やれやれ。

鳥を飛ばして一息吐き出してから、一仕事終えた満足感で笑みを浮かべる。

「ごめんね。動揺した」

突然の奇行に驚いたのか固まっているグラーヴェさまにそう語り掛ければ、それはそれはドン引きした様子でぎこちなく頷きが返る。

「……いえ、はい」

「多分グラーヴェさまの知る殿下は私の知らない殿下だわ。お仕事モードの殿下あんまり見た事ないのよ」

「そう、ですか……」

「なんか一段落したところで私もお風呂行って来るね。冷える前にお布団入るようにね」

「あ……はい」

一段落というかもはや勢いで纏めた感じはあるが、まぁよかろ。きっと湯船の湯もぬるくなっているだろうから湯の張り直しからだなこれ。やれやれだ。


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