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つらつらと海が語る内容として、天秤の傾きはこの世界に存在する生物の幸福度とか満足度とかそう言ったものに直結するらしい。
で、現状そりゃまぁ加護がほぼ行き渡っていないので戦争するわ天災あるわで大荒れなので当然満足度は底辺を這っていることだろう。そして、この底辺を這っている状態であれば、滅びの龍……つまりモザイク龍が力を増して、社長は浸食されてさらに力を失う……と。
が、だ。では何故最初に加護が衰えたのか。
ここが問題になるだろう。
しかし、これもまぁ……解らなくもない。
この世界の幸福度が社長の力となるのであれば、どうせあの社長の事だ。きっと甘やかしに甘やかしたのではなかろうか?
だが、だ。人間とは現状に満足する生き物ではない。
与えられることがありがたい事であると認識し続ける生き物でもない。
いつしか加護が与えられることが当たり前になっていった事だろう。
そして、その結果幸福指数は自然と下がる。下がったならば、今まで当たり前に与えられていた物が目減りするわけだ。そりゃ不満も爆発するだろう。そこからは恐らく芋づる式では?不満が産まれ、加護が減り、さらに不満が産まれ……の負の連鎖。
つまり、社長の商戦があまりに下手くそ過ぎたのが問題では?
いいか、何でもかんでも顧客サービスとか言ってほいほい言う事聞いてりゃいいってもんじゃない。ここぞ!と言う時にこれだ!という何かを示すべきだろうが。
あれか。なら神代の霊薬とか言ってたけどポーションもこの感じならきっと遠慮なくガンガン流出してたなこれ。しかも特に何の対価もなしに。困ってるの?じゃああげるよみたいな。
「つまり、社長に営業は無理だった……と」
ぽつ、と。零した呟きに海以外の面々がぎょっと目をむいて私を見る。
「それな。サービス業ってのをまるで解っちゃいねぇ」
「結果ガンガン天秤傾いて深淵に侵食されてあの様ってことよな。いや、割と自業自得では」
「とは言え、このまま深淵に喰われたらこの世界そのものが滅びを迎えるわけで……」
「でもそれさぁ……私達がどうにかするには規模でかすぎん?マンパワー足りんよこれ」
「とりあえず龍脈繋げて加護広げたら多少は盛り返すたぁ思うけどなぁ……でも幸福度だろ?知らんよな。俺等がそもそも幸福感じてねぇわっつー話で」
それな。
つーか、不平不満不幸の気持ちが深淵側に傾く原因であれば、むしろあちらの方が有利では。
条件簡単すぎるのでは。
はー、と揃って深い溜息を吐き出したなら、はくはくと言葉にならないのか司教様がその口元を戦慄かせていた。
いや、信仰対象を貶める意図はないのだが、それにしたってだ。
サービス業はお客様の言いなりになることではないのだ。顧客満足度と企業の利益のバランスが大事なんだよ。時には出し惜しみも必要だし毅然とした態度だって必要だろう。
何でもかんでも与えていればそりゃ自助努力もせずに口開けて待ってりゃ何とかしてくれるわと、クソみたいな思考の生きる屍みたいな向上心の欠片もない生き物で溢れかえるし、そうなったらもう終わりぞ?そんなもんどこにも幸福なぞ存在しねぇわ。
「……え、それの尻拭いなの?マジで?無理ゲーにも程がない?」
「それな。俺等に何ができるっつーんだよ。マッチポンプも辞さねぇ覚悟でも持てと?」
「殿下的にはどう思う?天秤は戻らないってあのモザイク龍は言ってたわけだけど、まぁ最低限は取り戻せるとは思う。けど、そこからは確かに相当難儀するよねぇ」
と、問いかけてみれば物凄く複雑な顔をして、あー……とか何とか呻いている。
「正直な発言をしても良いだろうか」
「どうぞ」
「頼むわ」
「お二人が龍の御遣いとして堂々と活動すれば、話が早いのでは?」
その一言に、こくりとフォルテさんとコルドさんが頷いている。ついでにレガートさんも。司教様はまだ震えている。
「……するってぇと?」
ことりと首を傾げて海が再び問いかけたなら、うむ、とか言って殿下が続きを発言する。
「実際、目の前でお二人が御力を揮われる姿を見れば、龍の加護をひしと感じるのだ。そして、それはこれまでの歴史でも無かったことであれば、この世界の為に龍が御遣いを遣わしてくれたと……その査証となろう?」
「あー、まぁ?そうなのかね。言うてこれまでの腕喚ばれちゃいるけど全滅してるだけって事みたいだけどな」
ぜんめつ……と小さく復唱するように呟いて、それから咳ばらいを一つ。
「んん……ともあれ、救いを目にする事で間違いなくそこに救済を見る。それはお二人の言う幸福には繋がらぬだろうか、と」
「幸福の予兆をそこに見る可能性はあるけど、実際それで幸福になるかどうかは個人それぞれだよねぇ」
「加護の枯渇状態は回復するにしても、それを完全に満たすにゃ力不足なのは否めねぇよな。今よりマシって程度にしかならんだろ」
「現状がゼロに近いのであれば、そこよりも上がれば大抵の者は幸福を感じるのでは?」
「あー……ブラック企業から普通の企業に転職した時に超ホワイトじゃんって思う心理か」
でもそれ長続きしないやつだぞ。人間ってすぐ順応しちゃうからね。そして新たな不満の種を持つものだ。
そもそも現状に満足しきった人間と言うのも進歩がなくなるので良くもないだろうし。そこらへんの匙加減というのは難しい問題だと思うのだよなぁ。
丁度社長と奴が半々くらいの割合になっていれば割と理想なのでは。もしくはやや社長優勢くらいの割合か。
「まぁ幸福で満たすなんてのは土台無理な話だろうから、落としどころを探るにはそこからって話かねぇ」
「いやでも問題がある。龍の御遣いとして行動するにあたって、そもそもどんなアレを求められているのかがさっぱり解らん」
「確かにな。俺等にこう……神秘性とか求められてもあるわけねぇしな。あるのは小物感とこの目付きの悪いチンピラフェイス……」
挙句の果てに子供扱いされるこの体躯。
絶望的では。どんなムーブをしたらそれらをカバーできるというのか。
腕を組んで溜息を吐き出せば、ことりと殿下が首を傾げて見せる。
「大体は衣装と装飾でハッタリは効くぞ。だから式典の際などは私とて色々それっぽくしているのだから」
それっぽくとは……つまり王族っぽくということか。
つまるところ、殿下は今殿下っぽくないのを自覚しているのか。どちらかと言えば騎士っぽい自分が好きなのだな?なるほど。
「あとは仕草等、指先まで気を遣えば見栄えがする。そういった見せかけを作り上げたうえで、御遣いとしてのお力を示せば大抵落とせるかと」
「落としてどうすんだ」
いやそれな。海がすかざずツッコミを入れて思わずうんうんと頷く。
「大変満たされるかと」
真顔で返事すんな。
「拠り所が存在するという事は、それだけで満たされるだろう。だからこその信仰であるし、それ故の神殿なのだ」
それは解らないでもない。
そもそも恐らく、社長を未だ社長たらしめているのは神殿の信仰と森王族が残っているからだろう。これらの存在が無ければきっとこの世界とっくに滅んでるよな。
となれば、社長に対する認識を末端社員である我々が何とか盛り返す必要があると。そう言う事か。
しかし、衣装と装飾と言動て……それもはや役者の仕事では?一般社会人に求めるにはあまりにハードル高いのでは?
「あえて身近な存在であるという今のお二人も捨てがたいが、確かにそこに存在しているが容易に触れてはならないと思わせるお二人というのも見てみたい」
いやそれ殿下の願望入ってるのでは?
あと別に身近な御遣いを目指しているわけでもない。そもそも御遣いであることを諦めはしているが受け入れているかと言われたらそれはまた別問題だ。理解はしているが納得はしかねるという状態なのだ。
いいか、私はそんなにきっぱりはっきり腹を括れる人間ではないのだ。どちらかと言うと優柔不断気味な人間なのだ。解ってくれ。
回避できないことであれば可能な限り努力するが、他の手がないわけでもないのならば役者はちょっと……向いてないと思うんだ。
「時折恐れ多いまでに神秘的になるお二人ならば問題なくこなせるに違いない」
きらっきらの笑顔でとんでも発言を繰り返す殿下に震えるしかないのだが。
「……いやぁ……俺等にそれはちと荷が勝ちすぎるっていうか……」
「うん……プレゼンとかもあんま得意じゃないしなぁ……営業活動は向いてないのよな、私」
「俺も基本現場作業員やってっからなぁ……」
事務雑務OLと、電気工事士に役者兼営業職はちと畑が違うのではなかろうか。
「とは言え、手段のうちの一つとしては考えておく必要もある、かぁ……」
「だなぁ……まぁ龍脈繋げてから先のアレコレ様子を見てからかねぇ」
「そういや他の森王族のいる国回るにしても、どうやってアポイント取るかが問題になるよね」
考えてみれば不審者丸出しの我々がどうやって王族とコンタクトを取るというのか。そこも問題だ。
「それに関しては私からも書簡を出しておくし、枢機卿に相談すれば恐らく神殿経由でも話は通るだろうからそれほど問題はないだろう」
さらり、と殿下が問題解決してくれる。
しかし書簡……かぁ。いやそりゃそうだろうが、国を跨ぐ書簡など運ぶ人大変ではないのだろうか。かなりの距離を旅する事になるだろうし。
「どうせなら北へ書簡を送る時に御同行頂くのも手ではないだろうか」
なるほど?
魅力的なお話だが、できれば一度帰宅したい。色々補充しておきたい気持ちもあるのだ。特にインスタント系の食料や、おやつの類。それなりに消費しているのだよなぁ……あと車とバイクと自転車も拾っておきたい。
足があればそれだけで移動可能距離は格段に伸びるのだから、利便性は上げておきたいのだよな。
「あー、それもありがたい話ではあるんだけどよ、かなり長い期間留守にしてっから家にも一度帰りたいんだよなぁ」
「色々補充しておきたい物もあるしねぇ……」
ポーションとか食料とか道具の類とか。そして移動手段。車にバイクに自転車にと、インベントリの容量が増えたのだからそりゃガンガン積載しておきたい。使う場面があるか否かは別問題だ。備えあれば患いなしと言うではないか。
後は両親に無事な顔を見せておきたいし……しらたまさんをもふりたい。これに関しては相当やばい気がするが。帰って速攻威嚇されそう。泣いちゃうよね普通に。お触りを許して下さるまでどれほど掛かるだろうか……未知数である。
「そうか……そうだな。畑も心配であろうしな……」
いや、そっちは親父がハッスルしすぎて畑面積広がりすぎていないかの方が心配だわ。家の周りガチで農園みたいになってたらどうしよう。震える。
「ともあれ、後の話はまた追々いたそう。先ずはお二人とも休まれたほうが良い」
まぁ確かに。まだ帰る段取りすらついていないこの段階でああだこうだと言った所で話にもなるまいな。
コトンと音をさせて、室内の小さなテーブルにコルドさんがバスケットを一つ置いたのを目で確認したならば、目を細めて笑うその顔。
「今日はご賞味いただけますね?」
あ、はい。おやつではなく恐らく軽食(と言う名のガチのお食事)だろう。あのバスケットもよく見るやつだ。
「血が足りないのであれば、素となる栄養は必要となりましょう」
そう続けられた言葉にひとつ頷いて返せば満足そうにしておられた。
「いただきます……ありがとう」
スープで多少体温は補充したものの、やはり血肉の源は必要だよなぁ……人間だもの。
しっかし……いつもながらコルドさん達はいつでも収納に軽食持ってるよな。隙あらば出てくるよな……そんなに収納容量ない筈なのに、物凄い情熱を感じる。
ともあれ、先ずは食って寝て、それからの話であれば存分に休養を取らせて貰う事にしよう。妙に気を使われ続けるのも申し訳ない話であるのだし、余計な気遣いが無くなるよう万全に整えてから枢機卿にはお会いするべきだろう。
しっかし、何かにつけて順調に物事が進まないもんだなぁ……あんま突発的なイベントとかいらんのだがなぁ。
そっと胸中で溜息を零して椅子の背もたれに身体を預けた。身を包むブランケットが気持ちいい。そのまま寝そう。
「何かあればどうぞ、此方の魔道具をお使い下さい。何を置いても駆け付けます」
と、レガートさんがそんなことを言いながらバスケットの横に置いたベルに、そんな魔道具もあるのかと感心しきりだ。
「明日の朝までは、この階には基本お呼びにならなければ誰も入らぬよう通達致します故、ごゆっくり」
そっと辞儀をした上で告げられた言葉に、本当に至れり尽くせりであるなと苦い笑みが浮かぶ。
「なんか、すまん。ありがとな」
海もきっと似たような心地なのだろう。少し困ったように眉を下げて笑いながら礼を口に上らせていた。
そうして、また退室していく面々を見送ったならば今度こそ全力で脱力して天井を見上げる。
肺から絞り出すような呼気を吐いて、ぐたりと全身から力を抜いた。
「……あー、しんど」
「……それな」
「明日天気になぁれ……」
「太陽恋しいよな」
ビタミンきっと足りてないよ。間違いない。
とは言え、とにかく食って寝て、明日は神殿の偉い人と会うのだ。
そういえば本部の司教様あんま喋らなかったな……?でもマップ上では緑だったから単純に口下手さんなのだろうか。いや解るー。知り合いの輪の中にいきなり叩き込まれたらどういう立ち位置で話をしていいか解んないよねぇ。
余程のコミュ強でなければ会話は成り立たないだろう。
一応この建物の利用にあたって、責任者的なお立場であらっしゃるのだろう。ひそやかに感謝の念を送っておこうと思う。
とりあえず、ありがたくも場を整えて頂けたのだから目下休息を取ることに専念しよう。なんかもう毎回心身共に色々折れてる気がするが、きっと仕様なんだろうな……。いい加減にして頂きたいものだ。




