16
そうして走り切った一日半。
まぁ大体平和に過ごせたと思う。相変わらず断続的に休憩を差し挟みつつ、山を迂回したり人里付近でスローダウンしたりとそれなりに緩急はあったものの、無事に辿り着いた昼下がり。
街の外壁門から城の城門等全てスルーして入り込み、馬車が停車した場所は多分きっと王城の敷地内。馬車から降りれば見上げんばかりの石造りの立派な城がずどーんと聳えていた。でけぇわ。
白亜とかそんな感じではない。お洒落感よりはどちらかと言うと厳つい石造りで、堅牢そうな雰囲気の城だ。灰色のブロックの所々が年季を感じさせる佇まいでわびさびが利いている。渋い。中央にでかい城、そこから橋のようなもので繋がる左右の塔のような、とんがり屋根の建物が連なっている建物でややコの字型にできていた。ちょうど中央からやや左の建物よりに馬車は停車している。
周囲は人の手が入り整然と整えられた庭が広がり、森の環境とはまるで違う緑を満喫できる広い空間となっていた。
無事に到着したことに安堵の息を吐いた殿下が、こちらに視線を投げてきて微笑みかけてくる。
「ようこそ、お二人とも。ここが、ロルクェストの王城となる」
「うん……すごいね」
いや、陳腐な感想であるとは解っている。だが、お邪魔しますとか言える雰囲気でもない。場違い感が凄い。
「どうかしましたか。お腹がすきましたか?」
「いやすいてない。大丈夫。おもむろにおやつを取り出さないで」
どう反応していいのか困っている所にすかさずコルドさんがおやつを差し出してくる。筋肉さん達が休憩の度におやつやら軽食やらを私達に与えようとするの何なの。動いてないのだからそんなに腹が減るわけがない。必要以上に餌を与えてどうしようというのか。折角健康的な体重になったというのにまた太るだろうが。やめろや。
「……いや、俺等すげぇ場違いじゃねえ?ついて来たけどこれ大丈夫なやつ?」
「何を言うかと思えば……殿下がご招待したのですから、大丈夫に決まっておりましょう」
タッカートさんがほんのり笑って言ってのける。
「一度騎士塔の応接にご案内します。そこから王城へ入る手続きなど……」
「いや、王城は別に興味ないんだけど。祭壇に興味があるだけで。なんなら薬草もポーションも今渡してもいいし。時間ないんだよね?」
王城本館ご招待はできれば遠慮させて頂きたい。これ以上場違い感を叩きつけるのはいっそ拷問だと思う。それに、急いだ理由もあるのだから、早いところ殿下はブツを持って行くべきだ、とも思う。
そんな会話をしていたなら、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「兄上!よくぞご無事で!」
そしてそんな声が聞こえてきたかと思えば、殿下によく似た普通の顔立ちのやや幼さの残る少年が何名かの御供と一緒になって走って来ている。
兄上ってことはこれ第三王子とかそのへんのあれなのだろうか。
「お急ぎください……!父上が、父上が……っ!」
もうね。急展開すぎてどうすんだわと……と思ったなら、
「失礼する!ソラ、すまないが共に!」
ひょいと殿下が私を担いで駆けだした。
ちょっと待って失礼すんじゃねぇわ。海と離れるのねーちゃん嫌なんですけど。あと小荷物じゃないんだから当たり前のように肩に担ぐのやめろや!
「ねーちゃん!?ちょ、殿下……っ!」
手を伸ばして海が驚愕の声を上げたのを、筋肉さんが制してその場に留めるのが見えた。そこで角を曲がってその姿が視界の外に消えてしまう。
嘘だろこんな強制イベントある?
駆け出した殿下を追いかける先程の少年が、何こいつ、とばかりに私を見上げる。安心しろ、私も何お前って思ってるよ。
「兄上、薬草を採りに行ったのではないのでしょうか!?この方はどなたでしょうか!?」
「色々あるのだ!薬草は間違いなくある!」
ざくっとした会話すぎて何が何だか解らんよね。うん、殿下そういうとこあるよね。困ったように弟さんが眉を下げている。
超上下にシェイクされながら運ばれるがままになっている私は歯を食いしばって舌を噛まないようにするので精一杯だ。色々勘弁して頂きたい。
とんでもない速度で走り抜けていく殿下に運搬される私は何よりも無力だ。何なら城の中の様子とか観察する余裕すらない。
マップがなんか、エリアマップから王城マップに切り替わってるあたり何なのこれとか思う。未踏破のあたりは王城のシルエットだけで真っ黒だ。踏破した場所だけ妙に解り良いピックアップ地図になっているので、来た道戻っていくことは可能そうである。なによりだ。
へぇ……今中央の城の中二階くらいにいるんだ……あ、三階に上がるんだ……へぇ……。
海の青い点からどんどんと離れる。海の周りには黄色の点が居るので、筋肉さん達と一緒にいるのだろう。そっちはそっちで何か移動しはじめて、そこらへんのマップも解放されていく。あちらは左側の城に向かっている模様。
……このマップ、もしかして相当拙い代物なんじゃ……?悪意を持って使えば相当やばいことになるよな……怖ぁ。そりゃ他人に見れない仕様にするわ。見れたら悪用待ったなしじゃないですかー。いや私達はしないけどな。
そうして自分で歩きもしないのにガンガン広がる城マップ。いいのかこれ。既に最上階と思われる四階に到達しているが、結構入り組んだ階段の流れであるのがよく解る。多分、侵入者対策なんだろうな、と。そんな道筋を一発でマップさんは覚えちゃうのだわ。チート極まりない。
そして所々ですれ違った点が最初は黄色なのにすれ違った瞬間オレンジとか赤になるの何なの。魔窟なのここ。空さん帰りたい。
ちなみに弟さんも普通にオレンジである。なんなら赤みの強いオレンジである。そうだよねぇ……そりゃそうだよねぇ……。ちょいちょい睨んでくるのほんとやめてくれない?どう見ても私被害者ぞ?
実に理不尽な敵意を感じながらも、背後で扉の開く音。そりゃもう盛大にバターンとか言う音がしたと思えば
「父上!」
と殿下が大きな声を上げながら室内に入り込む。だがしかし、私は室内に尻を向けているのでどんな様子かも解らない。もう好きにしろよ、と些か遠い目をしていたなら、少し遅れて弟さんも到着したのが視界に入った。
「ノクト!それは何だ!?何を連れて来た!」
また背後で知らん声がした。まぁそうだよねぇ……父上ご危篤とかならご家族集まっちゃうよねぇ……でもそれ扱いはどうかと思うよ。いかな温厚な空さんでもいい加減キレるぞこの扱い。
『待ち侘びた』
と、唐突にぞくりとする程の低い声が室内を満たす。
「父上……?何を」
「そなたの帰還報告が上がってから先、このようにうわ言を繰り返しておられるのだ……」
殿下と謎の男性……恐らくこれは兄なのだろう……その声の主が先程の不気味なほど低い声をそう表現する。という事は、今のぞっとするような声は殿下のオトン……つまり、国王陛下の声だと言うのか。
そっと殿下が私を降ろしてくれたので、振り返ったなら大きな天蓋付きのベッドがそこにある。
ある、のだが……
「……ええ……?」
そのベッドの周囲には、私の目にはどう見てもなんか……こう……爬虫類を彷彿とさせる、靄のようなものがですね……ありましてね……?
『待ち侘びた』
今一度、先程の言葉が滑り出た。多重に声が重なったような、反響する低い声が、ぐわんと鼓膜を揺らしてくる。
『時はもはや、残されていない』
続けられる言葉に、どきりと心臓が跳ねる。
待ち侘びた、とは……まさか、私を、私達を待っていたのか……?
『杯を満たせ、我が眼は乾いている』
……いや、知らんがな。他人のドライアイ事情にかかずらってる暇なんかねぇんだわ。
『数多の使途が変容し、幾百の時が無為に流れた』
じろり、と靄が形作る……龍が、こちらを見る。
そう、龍だ。これは、片目の、龍。
急展開すぎない?ちょっと待って頂きたい。
知らず後退りをしたなら、殿下に背中がぶつかった。
「ソラ……?」
『もはや過たぬことだ、我が腕達よ』
そう告げたなら、ぶわりと靄が渦巻き徐々に薄れて行く。
いや待て。説明パート短すぎん?
「ま、待て待て待って!どういうことか全然わからん!杯って何!眼って何!腕って何!業務説明がなさ過ぎて何していいか解んないんだけど!!」
『疾く、杯を満たせ』
「だから杯ってなんなの!そこを説明しろっつってんの!」
「ソラ!どうしたというのだ!?」
「どうもこうも、今言われた事が何にも解んない!杯を満たせって、時間がないってどういうことなの!」
ああもう!と苛立ちを込めて殿下を振り返って声を張り上げれば、ぎょっと目を見開いてまさか、と言って肩を掴まれる。
「今の言葉、何か意味があったのか!?」
「意味もくそもそのまんまでしょうがよ!」
「私には意味の通らぬ言語であった!」
「は……?嘘でしょ……?」
だって、全部同じ言葉にしか聞こえない……って、そうか。そう言う事か、と唐突にストンと理解した。
そもそも殿下達の話す言葉すら、私は本来解らない筈だったではないか。それが当たり前に会話になっている時点で何故思い出さなかった。最初からインストールされていたではないか……言語翻訳が。こいつが、仕事をしていたのだ。
「父上はなんと仰っていたのだ……?」
「……待ち侘びた、と。時間がない、杯を満たせと。我が眼は乾いている、と。でもあれ、喋ってたのは殿下のお父さんじゃないと、思う」
「……何?」
「私の目には……隻眼の龍が、見えていた。ねぇ、殿下。腕って何?森には指先である管理者が居たんだよね。腕ってどういう存在なの?何をする存在?」
「腕……?いや、聞いたことがない、のだが」
「数多の使途が変容したって、もう間違えるなって……何を間違えたの?使途って腕のこと?何が正解なの?それすら解らないのに、私達も変わるの?」
目の前の殿下に縋りつくように、肩にかかる手から伸びる腕を掴む。そうでなければ、膝から震えて立っていられない。
恐怖と、混乱。そして憤り。胸の内から湧き上がる感情が整理できなくて、昂ぶる感情にじわりと涙が滲む。
「嫌だ、いや……わたしは、わたしたちは鬼になんてなりたくない……!杯って何、どうすればいい?何を求めてるの?」
「ソラ、落ち着け……落ち着いて、」
「たすけて……っこんなの、まるで業務説明もなしにいきなり役職つけられた新入社員だ!理不尽すぎる!」
「それは理不尽だな……!ともあれ落ち着いてくれソラ!杯は恐らく、祭壇にある聖杯のことだろうと思う」
ふーふーと、息が上がるのを何とか抑え込んでぐっと殿下の腕を掴んだままきつく目を閉じる。聖杯……祭壇……龍。
「……つまり、聖杯を満たせばいいわけ?いや、その前に……そう、ちょっと待ってね。落ち着くから……」
深く呼吸を繰り返し、足に力を入れる。
いや、ご家族の緊急事態を前に一人取り乱して大変申し訳ない。
そっと殿下の腕を解放し、インベントリから株分けした退紅草と瓶に移したキュアポーションを取り出した。そうして、今一度深く呼気を絞り出してから、それを殿下に差し出す。
「ごめん。取り乱した。これ、退紅草とキュアポーション。鑑定して貰って構わないよ」
「あ……ああ……すまない。……大丈夫、なのか?ソラ……」
「大丈夫じゃないけど……ここで喚き散らしてても解決しないのは、解る」
差し出した退紅草と瓶入りのポーションを見て、殿下の弟くんも兄っぽい青年も息を飲んで私の手元を凝視していた。
何だよ。ぴっちぴちの薬草だろうが。葉だってピンと伸びて、ローポーションの恩恵で大変状態はよろしいだろうが。
「……これは、根ごと売ってくださる、と?」
「え、欲しいの葉っぱだけだったの?でも葉っぱだけだと萎れちゃうんだけど……」
艶々とした葉に、赤い葉脈がくっきりとした退紅草は窓からの陽光と室内の照明に照らされて生き生きと存在主張している。全く萎れてなどいないこの万全な状態の薬草だからこそ売り物として相応しいと思うのだが……。
じ、と退紅草を見ている殿下に、早く受け取ってくれないかな……と思ってしまうわけなのだが。鑑定してもいいと言っているのだから、疑いはしていない筈だが。
「……うつくしいな、聖域の薬草は」
ぽつん、とそう呟いた殿下の言葉に手元の薬草を見る。
確かに、美しい……のか?ポーションの材料となる薬草は大体こんな感じに葉脈が赤か青の不思議感を醸し出しているので、今更何かしらの感慨はないのだが……。
「ノクト、そちらの娘については色々と聞きたいことはあるが、先ずは父上の回復を優先させて欲しい。薬草と……今の言を信じるならば、ポーションを鑑定させてくれ」
「兄上……そう、ですね。後にご相談もございますが、今は父上を……」
動かない殿下に焦れたのだろう。殿下の兄がそう声を掛けてきてようやく殿下がそっと私の手から薬草とポーションを受け取った。そしてそれを兄に手渡せば、どこから出て来たのか不明な板の上に乗せている。あれが鑑定の魔道具なのだろうか……?アクセサリーじゃないんだなぁ……色々な形があるんだなぁ……馬車とか鐙とかにもなるくらいだから、まぁ板にもできるのだろう。
でもあの形状だと、あの板に乗せられる物くらいしか鑑定できないな……?実に不便なのでは……いや、逆に私達の鑑定がチートなのかもしれない。異世界チートなのに地味すぎぃ……。もっとこう、どーんと。なんかないのか。あ、いや。マップさんとかインベントリさんとか凄い有能すぎるご様子だが。でもこれも最初は真っ黒だったりそんなに入らなかったりしたのだから努力の賜物だと思う。
「……間違いなく、退紅草と紅の霊薬、だな」
些か信じられない、と言うような声音で殿下の兄が零した呟き。いや、そんな誰の得にもならない嘘ついてどうすんだわ。
つと、此方を見遣るその目は殿下と同じオリーブグリーンで、こいつマジで何者だ?と語っている。いや、それは後回しにするって今さっき言ったでしょあなた。本物であると解ったのなら早くお使いなさい。
「時が惜しい。紅の霊薬を使おうと思う」
殿下的には薬草先にと思ってたみたいではあるが、まぁ切迫していたならそうなるわな……。手元に置いておけないのは痛恨ではあろうけれど、命には代えられない。
ところでキュアポーションを紅の霊薬と言うのなら、ポーションは青の霊薬とかなのだろうか。そこらへん色々興味津々である。
渡すべきものは渡したので、できれば退室させて頂きたいのだが……これ勝手に動くのも憚られるのよなぁ……。私のこの居場所のなさ、何とかならんか。




