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と、その時不意に電子音がひとつ。ポォンと鳴ったと思ったなら、正月に干支の歌を歌って以来電気食うだけの飾りと化しているスマートスピーカーが喋りだした。
『自宅から1km離れました。レベルが上がります』
なんのレベルじゃ!
唐突な展開についていけないわバカタレが!
シーン、と耳鳴りがするような静寂がリビングに満ちる。お互い目を合わせて、え?何?どういうこと?
と、目で語り合う。
「……レベルが上がった件について」
暫し目で語り合った後、弟が目線をスマートスピーカーに移して
「家xa、レベルについて教えて」
いや、すまないと思っている。どっかの家電量販店で洗濯乾燥機を購入した時にオマケでついてきたスマートスピーカー、別に欲しくなかったけど貰ったからにはセットアップして置いておこうかと適当なことをして、名前を決める時に思いついたのがイエクサだったのだ。
本当に申し訳ないと思っている。
ぶっちゃけ言うと全く生活に根付いてないし、基本的になんの仕事もさせていない。
時々思い出したように天気や気温を聞くくらいにしか働かない、そんなスマートスピーカーだが……ひとりでに喋りだしたこのホラー展開なんなの。
『はい、レベルとは、自宅から離れれば上がり、レベルが上がればスキル等の特殊機能が使えるようになります』
わっかんねぇよ!何なのスキル等って。どういうものなの。
そしてこの1km離れたのって親父なわけよね間違いない。
普段からトレッキングを趣味にしているあの爺さんが1km程度しか離れていないと言うならば、ひとり周囲を警戒しながら足場確認しつつで15分から30分程度の距離か?住宅街なら1kmなんてゆっくり歩いても10分掛からないのはわかるが、全く知らない森の中をそんな躊躇いなく歩ける人間はいないだろう。
そして、直線で歩くこともできないはずだ。
意外と起きてから一人でまんじりともせず過ごしていたのだろうか。でも好奇心に負けて出掛けたのか?
「イエクサ、現在のレベルは?」
『はい、現在のレベルは3です』
うーん、1kmで3って、どうなんだ?いけてるのか?そもそも自宅から離れるとレベルが上がるって何縛りよ。
わけの解らない事態に二人で渋い顔をしているその時、二階でドアの開閉音がした。
次いでバタバタと階段を駆け下りてくる音がする。
「母さん起きたな」
「大興奮の予感」
そして、リビングのドアがバターン!と派手な音がして開け放たれたと思ったなら、大きく息を吸って一言
「ステータスオープン!!」
元気な人だ。寝起きとは思えない。この人ももう還暦手前なんだがなぁ。
そして何も起こらなかった。当然のように。
「なんでよ!!」
「知らんがな」
でもイエクサが喋りだしたよと言うと、はぁ?と胡散臭いものを見るようにイエクサを見やり、不貞腐れながら炬燵の空いたスペースに座り込む。
お洒落染めではなく、白髪染めしたセミショートの茶色の髪が寝癖で爆発してまるで鳥の巣のようだ。
いや、寝癖に関しては私も人のことは言えないだろう。多分。ショートボブにしている黒髪が、何か視界の端に見える。重力無視するこの寝癖という不可思議な現象なんなの?
「で、親父はひとり周辺散策に出た模様」
「は?嘘でしょ馬鹿なの何考えてるの」
「辛辣ぅ」
しかも真顔。
普通心配とかしませんかね、あ、しませんか。そうですか。
「で、これって異世界転移よね?」
ちなみに母は私と一緒に休日にネット小説読み漁っているので異世界転移ないし転生については知識がある。なんなら気に入った話をシェアしてきゃっきゃと楽しむ、親子というよりもはやズッ友だよねくらいの間柄だ。
「解らん。けど、現代日本に住民に気付かれずに家ごと移動させる技術がない限りその可能性が濃厚よな」
「んな技術はねぇよ」
ですよねー。わかるー。
さて、ここで我が家の家族について述べておこう。
父の明禎。齢63にして現役SE。
最近老眼が辛いらしい。デスクワークなので身体を動かすことを意識しているのかトレッキングだの水泳だのを趣味にしているマッシブ爺。一人で森の散策に出掛けてしまうくらいには協調性が足りない。誰かに声かけろよ。起こせよ。この野郎。
母の琴子。齢58。パートタイマー兼主婦。
少し前までバリバリの営業ウーマンしていたが、子供達も就職したしのんびりすることにしたそうな。のんびりした結果、最近ふくよかになってきている。結構オタク。ちなみに父と違って朝にはすこぶる弱い。起床アラームが何度もスヌーズして、部屋の壁ぶち抜いて私の部屋まで聞こえてくるものだからその音で私が先に起こされることも多々ある。迷惑な話だ。
そして私、空。28歳OLさん。
電話対応から事務雑務何でもござれで割と器用貧乏に色々している。元来電話なんて大嫌いだが、仕事となればこなせるもので何とかなっている。しかし大量の書類に埋もれている時の電話は頭の血管がキレそうになる。ちなみに私もふくよかタイプだ。遺伝か?
弟は海。23歳ぴっちぴちの社会人。
こいつもなかなか器用貧乏で、しょっちゅう出張に飛ばされている。え?お前がいくのその出張?普通もう少し経験者が行くんじゃないの?なんなら国外だって行っている。英語なんてほっとんどわからないのに、行った先の言葉で「〇〇語、話せません」だけ覚えていくそうだ。そしてそれで大体なんとかなるって言ってた。ならねぇよ。どんだけコミュニケーション能力高いんだよ逆に馬鹿か。職業は電気工事士って言っていた。正直何やってる人なのか解らない。ちなみに最近プロテインと鶏肉に目覚めたらしく、マッシブ化を狙っている様子。電気工事士って筋肉いるの?もう何もわからないよ。
ちなみに、子供は3人欲しかったらしい。陸海空で揃えたかったそうだ。頓挫してるけど。子供の名前で遊ぶんじゃないよまったく。
あと最後に、毛玉要素として猫がいる。しかしこの猫がなかなかのツワモノで、リビングでこれだけ騒がしくしていても3段ケージの一番上ですやぴことオヤスミ中だ。お前そこが安全だと思ってんだろ。そんなわけないからな。その気になればすぐにちょっかい出せるんだからな。舐めんなよ。
ちなみに、我が家の容姿レベルはまぁ普通だと思う。よくある容姿端麗とかそう言う話は全くない。
強いて言うならやや目つきが悪いという特徴がある。これ遺伝だよね。奥二重の三白眼めいた目が悪いよね。決して不機嫌ではないのだ。真顔でいると大体機嫌が悪そうに見えるそうなので大体半笑いくらいを心掛けている。
第一印象はあまりよくなさそうな割に、街を歩いてると道を聞かれる事が多い。何故なのか。知らんよ私も迷ってるよスマホに聞けよ。
さらに言うなら超天才とかそんなことはない。学力レベルも平均程度だろう。弟が少々雑学が好きという程度のレベルで、各職業における専門知識くらいしかたいした何かを身に着けているわけではない。
戦闘能力は皆無だ。あるはずがない。現代社会に必要ない要素だよね?格闘技とか一切かじってない。何なら私は運動不足だ。
そんなわけで、異世界転移するにはあまりにもミスマッチな面子なのだ。
物語性がまるでない。
主人公は選べよ。大体還暦前後の年寄と、30手前の枯れた女と、23歳ぴっちぴちの社会人って。何なの?
かろうじて主役張れそうなのって弟くらいか?この、ツーブロックに刈り込んだ頭をハーフアップに纏め上げ、小粋にパーマなんて掛けちゃってるお洒落度で言えば明らかに私より手をかけている、目付きの悪いチンピラが主人公なのか?うん?加熱式タバコを吸いながら無精ひげそのままで半眼に目を細めながら舌打ちなんてしているこいつが?
なんなら悪役じゃない?
でもそんなところも含めて世界一かわいいと思っている。ブラコンですまん。
「どうでもいいが、これが異世界転移ってぇのなら」
舌打ちついでにバン、とやや強めに炬燵の天板を叩いて海が吼える
「現地美少女はどうした!美幼女でもいい!森しかねぇとかふざけてんのか責任者でてこい!」
お前がふざけんじゃないよ。ダメだこの面子、オタクしかいない。
お前あれだろ?その美少女ってのは胸がおっきくて腰が細くて性格がよくて庇護欲をそそるタイプなんだろ?
いねぇよ。そんな女は。
しかし、実際ナビゲーター的な存在は欲しいと思う。
異世界コミュニケーションとかどうやったらとれるの。っていうか近場に人間いるの?言葉通じるの?そもそも人間なの?世界が違うなら最早それは異星人とかそういうレベルだったりしないだろうな。え、形違ったら流石に私もうその時点で尻込みするよ絶対。
そもそも友好的なの?いきなり攻撃とかしてこないよね?考えれば考えるだけ怖いからちょっと置いておこう。そもそもエンカウントするかどうかすら解らないのだし考えても無駄無駄。
しかし、だ。ナビゲーターがいないならやっぱり美少女探さないといけないの?それマストなの?
現状を説明してくれる神様的な存在はいないの?この森の中で放置プレイなの?
とんだクソゲーじゃないの。
「何にせよ、親父の帰還待ちしか今のところできることはない、のかねぇ」
溜息一つ、できることの少なさに打ちひしがれていたならば先程の取り乱しぶりは何だったのか、真顔で海が首を振る。
「いや、それよりも考えるべきことがあるだろ」
なんぞ?
私も母も揃って海を見やれば、それはそれは真剣に声を抑えて
「このまま引きこもってても、食料が尽きる」
「うわマジだ餓死コースじゃないのやばい」
普通にやばい案件だ。
備蓄食料ってどれくらいありますかねと母を見れば、へらりと笑って首を傾げて見せた。
「お米ならまぁ、それなりに?でもおかずはすぐ尽きるわねぇ」
ですよねー。
「ちなみに、それなりとは?」
「2カ月分くらい?」
割と積んでるな。
冷凍庫におかずの類をぶちこんでも、冷凍庫は魔法の箱じゃないわけで、やっぱり奴らは刻一刻と死んでいくのだ。長持ちしまっせと言っても限界がある。
そして冷凍できないものはもっと足早に我々を置き去りにしていくだろう。
え?いきなりタイムリミット設けられたわけ?
何としてでも2カ月以内に物資の補給路を見つけなければそう遠くない未来に死ぬじゃないの。
何なのこのデスモードひどくない?異世界転移ってそういう仕様だったの?聞いてないけど。
とりあえず、家中の食料という食料を漁って、インスタントラーメンとかの日持ちしそうなものから、生物等の日持ちしなさそうなものまで一通り調べて食事計画を立てていく。
やっぱり長く持っても2カ月と少し。最後あたりはきっと塩おむすびだけが生命線だこれ。
卵様や牛乳様がもう少し長寿であらっしゃれば、もう少しなんとかなっただろうに、残念ながら短命であらっしゃる。
そうだよね。ロングライフ牛乳とか普通に買う習慣ないよ。特濃牛乳おいしいもん。そっち買っちゃうよ。
となれば家庭菜園に着手すべきか?だが庭の広さは猫の額程しかない。プランターの類はそれなりにあるが……しかし苗がない。そもそもない。
確かネット動画でスーパーの野菜から再生野菜作ってる人がいたけれど、最悪あれを試すべきか?しかしあんなに手間を掛け、時間を掛け、甲斐甲斐しく世話ができるだろうか。いや、きっと無理だ。生来ズボラな性格なのだ、我々は揃いも揃って。




