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あってもなくても別に一緒じゃね?みたいな階段を上がって祭壇に登ると、ここでも杯がちょこんと台座みたいなのに置かれていた。
そこまで近づいて、ようやくここのイエクサがぽこんと音を立てて俺の存在を認知したらしい。おせぇ。西のイエクサは俺等が視認した時点で活動を開始したぞオイ。どうなってんだ東の祭壇さんはよ。
小さい事かもしれねぇが、いちいちイラっとさせてくるの何なんだよマジで。
『東の天穴に到達しました。アクセス権を一部取得しました』
流れるアナウンスに、そうかよとやさぐれた気持ちを抱きながら発光するイエクサを目を細めて睨みつけた。
「……イエクサ、取得したアクセス権について教えて」
溜息交じりにそう告げたなら、
『グラーヴェさま、暫く横になるけどそっとしといてねー』
『かしこまりました』
電話口に殊更に緩い声が届けられてちょっとだけ苦笑い。
ぽこん、と再び音がしてイエクサのボディが光を増した。
迸る光の渦、視界を奪う光の暴力の中に身を任せたなら身体と精神が剥離していくような浮遊感に見舞われる。ぬるま湯に頭まで浸ったみてぇな感覚の中に身を投げ出していれば、キィンと耳鳴りがして思わず眉を顰める。
突き刺すような光が瞼を貫通して来なくなったところで目を開けたならば、大地を俯瞰するように大気の中に溶け込むように浮遊している。
見渡す限りの荒野。枯れ果て、命のいきれを感じない大地が延々と続いていた。
東の土地を空から見下ろせば、よくもまぁこの土地で何とか生きて来てたなこの地の人達……と感心すらするレベルだ。
どれほど流れても荒野ばかりで……あ、いや。あの一か所だけちょっとなんだアレ緑あるじゃん。アレがねーちゃんがやらかした現場か。全体の比率からするとコレはなくそみてぇな面積だなオイ。
大気と一体となって、東の地を巡ったならばやはり行きつく先は龍の森。
【深淵の森と】化したこの森を、あるべき姿に戻すことができたなら、龍はその身を取り戻し加護は世界を行き渡るだろう、と。前回はそこらへんで途切れた訳だが……
龍とは、根源。
人は龍の息吹から御霊を成し、その鬣を伝い背たる大地へと生まれ落ちる。
魂は鬣から続いていく背の大地を、その人生をかけて歩み切り尾へと至れば再び吐息へ登る日を揺蕩いながら待ち続けるらしい。
だが、揺蕩い微睡む魂がすべて、再び吐息の中で新たな命と成るわけではなかった。
龍の祝福をその身に受けたひとり。
龍を奉じ、龍を愛し、龍の傍らに在ることを望む娘がいた。
生と死の狭間、龍の領域でもその魂はただ寄り添い、語り掛け、在りし日の姿を朧に形造りながら世の総てを共に見守り続けた。
ーー平和そーに見えるけどなぁ……?これあのモザイク女?
どうしていつまでも求めるのだろう
どうして満ちていられないのだろう
見守る命に疑念が灯る。
ぽつり、シミが浮かぶように抱いた疑念は緩やかに形を変えていく。
滲む思いは悪意ではなかった。
そこにあるのは龍への愛だと今尚娘はうたうのだろう。
満たされぬ心が加護を削ぎ、削がれた加護に求める心が溢れていく。
いつまでもいつまでも、求めて止まないひとのこころ
緩やかに、確実にこぼれ落ちていく加護に、娘は嘆く。
ーー加護の目減りは大体想像通り、か……そりゃそーだよなぁ。
嘆きは吐息に溶け込み、新たな命に宿る。
僅かな違和、微かな異物が魂に混じり、溶け込んでいく。
溶け込み滲み、龍の背に乗り……
と、そこでノイズが混じった。
ざりざりと視界に砂嵐が混じるように、景色が散り散りに乱れていく。
かと思えば落下していく視界、
ーー落ちる……っ
浮遊感から一転、落下していく感覚に胃の腑がぎゅうと縮み上がりひやりと心臓が痛いほどに恐怖感を覚えた。
「う……わっ、」
自然喉を突いたのは驚愕の声か悲鳴なのか、自分でも解らねぇ反射のそれ。ただ、これが音として空気に乗ったのか否かは定かじゃなかった。
森へ落下して、地面が眼前に迫る。
ーー死……っ、
とぷり。
衝突して、死を覚悟した瞬間にこの身は地面にめり込んで地中に沈む。
真っ暗で、右も左もないこれは、
「……深、淵……か、これ……?」
ざわざわと全身に鳥肌が立つ。
指先からノイズが侵食してくるようで、徐々に熱が奪われていくような感覚に、は、と短く息を吐き出す。
息が、苦しい。
いや待て。俺の本体は祭壇の森に居るはずだ。
落ち着け俺。
俺落ち着け。
ぐ、と拳を握り込んで腹に力を入れる。
「えらい場面でちょっかい掛けてきたモンだな。ふざけんなよ……!」
吐き出した文句は誰に届くと言うのか。ただこの暗闇に霧散するのか。解ったもんじゃねぇが、言わずにはいられなかった。
冷や汗が止まらない。
どうすればいい。どうしたなら正解だ。
ギリと奥歯を噛み締めて睨み付けるただの黒いだけの空間に、不意にゆらりゆらめく何か。
「ヤクソクを、したの」
水の中のようなくぐもった声が鼓膜に届く。
「やく……そ、く……?」
「満ちルことがナイのなラ、ゼンブ一つにナレばいいから」
一貫しない音が気持ち悪い。酔いそうな、揺らぐ声に思わず眉間に皺を寄せる。
「そうシたラ、もう嘆かナい。ココロ、いたクない」
「……誰が、」
誰の心への配慮だと言うのか、誰が嘆いていると言うのか。
今、嘆いているのはこの地に生きる人だろうが。
生きる為に足掻いている人達だろうが。
「龍の涙ヲ、もう流さセないで」
「……いや、いやいやいや、おかしくね?その龍が俺等のコト喚んだんすわ」
お前の言う約束ってちゃんと通ってなくね?ただの押し付けじゃね?
私がアナタを助けてあげる的な?人の世への憂いを無くしてあげる的な??それ社長的には巨大なお世話なんじゃね?大体解決方法あまりにも力技過ぎん?やばくね?過激派に過ぎるんじゃね?
「ワタしが、龍を、解放してアゲる。ヤクそク」
「多分社長それ望んでねっすわ……ってあっづ!?」
唐突に右眼に熱を覚えて反射的に叫ぶ。
ぶわと右眼から魔力が溢れて全身から枝葉が闇を貫くように広がり茂って、ゆらぐ影を刺し貫いた。
『ーーっ!!ーー!』
声が聞こえる。
どこか遠く、膜を隔てた先からみてぇな声。
なんか切羽詰まったみてぇな声が。
メキメキと生い茂る枝葉が視界を覆って、眩しくて目を開けて居られない。
ぎゅうと目を閉じたなら、ずしりと重力が戻ってきた。
『海!!返事しろこのクソボケ!!』
そして唐突に罵られて苛っと来る。
「んだオラァ!今海くん大変な事になってたっつーの!つか右眼痛えんだけど誰だよコレ!」
『ねーちゃんの愛じゃろがい!!戻った!?戻ったな!?』
お前かよ!
すうと引いていく熱に、肩の力を抜いて胸ポケットに手を添える。
「戻ったって……あー、おう。今祭壇いる。海くん現在地把握」
『途中で映像のアクセス途切れたと思ったら何かお前ブツブツ言ってんのマジ頭壊れたかと思った。無事?深淵どーたら約束どーのと、どう考えても変なちょっかい発生してたよね?』
「やだー!海くんあれ独り言みたいになってたん!?恥ずいわ普通に。ちな無事。つか、助かったわ。クソ痛かったけど……あんがと」
まぁ例に漏れず右眼だけ泣いてるけどな。海くん最近泣き虫みたいじゃね?そんなんじゃねぇわ。舐めんな。
はぁ、と溜息みたいに息を吐き出したなら次いで大きく吸い込む。
深淵にまさかのタイミングでご招待されちまったワケだが、何かねーちゃんのゴリ押しで生還した模様。
今理解できるのはそこまでだが、あの場面で即決でとりあえず魔力流そってなる?相変わらず思いつきと行動力半端ねぇな我が姉ながら。失敗しても何もしねぇより良いって事か?まぁ結果正解だったんだろうけど。
「細けぇ話は後にして、とりあえず今の内に天穴修復するわ」
『りょ。頑張れ』
『展開に付いていけないのは俺等が年寄りだから?』
『現場作業員してないからかもしれないわね……無事で良かったわ。次に何かあったら母さんもがんばるから!』
「いや、母さんの魔力遠慮なしにぶち込まれると思うと怖ぇから、ちょっとステイしててそう言う時も。先ずねーちゃんでよろしくどうぞ」
右眼破裂しちゃうんじゃね?怖すぎ。
周囲には光の壁が発生していて、祭壇の周りを隔てているのは西の時と同じ。恐らくこれは社長の領域なんだろうけど、精神だけなら干渉されちまうのかと少しばかりゾッとする。
吐息に乗せた奴の疑念は、どこまで影響を及ぼすのか。
少なくとも背に至り、その身を侵食する事にはなっちゃいるわけで……メンヘラ女の執念怖ぁ。いや、情念かもしんねぇけど。
指先が冷たい。極度の緊張を強いられたその証拠とばかりに。軽く握って開いて血を巡らせることを考えながらも、浮かぶイエクサに再び声を掛ける。
「イエクサ、杯に何を注げばいいか教えて」
『はい。ハイ・ポーションを注ぎましょう』
問いかけに、まるで今起こった事など何も無いかのように電子音と平坦な声が返ってくる。
お前マジ何なん?サポート役にしちゃあまりにも情が無さすぎん?
深く溜息を吐いてインベントリから低品質ハイポを取り出して杯に注ぐと、トクトクとボトルの口が小気味良く音を立ててなみなみと杯を満たしていく。
味については文句言うんじゃねえぞ。
満たされていく液体と連動するようにイエクサが明滅し始める。
「はいまた何かダウンロード来てますよー、インストール警報発令ですよー」
『大丈夫、ころんしてる!』
『クッションちゃんと用意してる!』
『安全確認よし!』
姉、母、父が順に返事をして、お前等ホント平和よな?とちょっとやさぐれる。
そうして1リットルの液体が満ちたならば、
『龍脈との接続を確認しました。龍の外殻、インストールを開始します』
「いかつい!!」
即座にツッコミを入れてしまった。外殻て。硬そう!海くんの玉のお肌どうなっちゃうっての!?
ぶわりと杯から溢れ出る魔力が皮膚から身体をぶち抜いていく。身体全部を通り抜けていく感触がとんでもなく気持ち悪い。
『うおぁー、コレきもちわっるぅぅっ!?』
いや解る。これのたうち回りたい。全身気持ち悪い。
『東の龍脈が接続されたことにより、レベルポイント500を使用し、マップの一部が解放されます』
淡々と流れるアナウンスが無性に腹立つ。マジ分解してぇ……。
ブラックアウトしたマップが今度は東のエリアを全開放して再び表示される。まるでボーリングのストライクマークだな、と場違いな感想を抱く。
不快感と共に駆け抜ける魔力が東の地に行き渡るのをまざまざと感じながら、不意に感じる温度。包み込むような、抱き締めるようなそれに、知らず安堵を覚えたのは何故なのか。
そうして、溢れる魔力がおさまったなら、
『やだー!温泉お断りじゃないこれー!』
母さんの悲鳴が電話から響いた。何だってんだ一体。
『自分の変化わからんのでレポよろ』
「俺もワカンネ。レポよろ」
『左の顎下あたりに何か模様出てる感じだな……あ、違う。首にもあるし……あん?心臓辺りから左上半身に掛けてかコレ』
「範囲広くね!?」
何でもないことのように親父が淡々とレポしてくる内容が割と酷い。
『腕は肩あたりまでだなー』
上腕から手先は無事っすかー、て何の慰めにもなんねぇよ?
『何それ。防御力上がるとかそんな事も無さそうなのに急な刺青入れられたみたいな感じ?スパ銭も行けなくなるやつ?』
「そもそもスパ銭に行ける身分に戻れるか否かっつー話っすわ。温泉も然り」
『まぁそこよな。それにしたってこれは酷くない?まぁ顎下までだからネックウォーマーで隠れるけどさぁ……夏場どうすんのさ』
もう見せてこ?諦めよ?ってならんわな。
後でインカメラでどんな有様か確認しねぇと……と胸ポケットからスマホを取り出してみたなら、
「あ、やべぇ。充電死ぬ」
電池マーク瀕死。いやまぁそりゃそうだ。通話状態どんだけ維持してんだって話で。
『あん?あ、やばい。私ももう無いじゃん』
『えー?じゃあ切れる前に、右眼借りるわねって言っておくわねー』
この土壇場で母さんがなんか不穏な事を言い出したんスけど?一体何事?
「え?待って何すんの、今予備バッテリー繋ぐからちょっと待ってー……って間に合わなかったじゃねぇかくっそ」
言ってる最中に画面がブラックアウトして、リダイヤルまでちと待ってくれよと祈りながら予備バッテリーの線を繋いだなら、残念ながら待ってくれなかった模様。
右眼にぐわと魔力が集まり、自分を中心に波紋を描くように放出される。
「うわ、わ、わ、」
放出された魔力に反応して祭壇の周りから早送りみてぇに緑が芽吹いて、立ち枯れた木々がなんかメリメリだかメキメキだか音を立てながら嘘みたいに生き返っていくのが見えた。
なんっじゃこりゃ。
呆然と元森が、正しく森になって行く様を見守る以外にできることはない。
ついて来ていた面々も、周囲を忙しなく見回しては何か感嘆の声を上げてっし。いやそうだよな。
不意にディオーソ様とばちりと目が合ったなら、息を飲んでその場に跪いて祈りを捧げるような姿勢を取られた。いや、そう言うのいいんで……ちょっとあの、これ俺の意思じゃ止めらんねぇんですけど?
ディオーソ様が跪いたのを皮切りに、次々に陛下もヴォーチェ様もメッツァ様も護衛騎士さんも首を垂れて跪く。
俺はただそこに棒立ちでそれを見守るしかできねぇの、マジツライ。
延々と垂れ流される魔力の底が知れねぇ。ウチの母親マジ人間辞めとる。馬鹿みたいに魔力が渦巻いて、でも微風を伴いながらキラキラしてるだけで、なんならちょっと幻想的な光景でだな……いやー、これアレっすわ。神秘的ってヤツっすわ。
自分が活躍する場面が無かったからってこんな事する?つかこれヒールじゃね?右眼使ってそんなこともできんのかマジか。
龍脈繋がった記念ヒール爆撃とか、有り余る魔力に物を言わせすぎでは?
「……とんでもねぇな」
幸いなのは、ヒールの場合魔力直送と違って痛くねぇってことか……一定区切りで流されるからか?わっかんねぇなぁ……




