37『空さんは木の上に居る。』
馬鹿と煙は高いところにのぼると言うが、これは不可抗力だと思う。
私が馬鹿なのは認めるけれど、登りたくて登ったわけではない。
海との電話が途切れたと思ったならば、ご機嫌な母さんのえーい!が炸裂しまして?右眼を通してヒールが発動し、爆発的な勢いで周囲を緑化していった。
結果、私達がテントを張ってた場所が元は森であったことが判明したわけですよ。
きっと立ち枯れた木々なぞは既に木材として伐採済みであったのだろう。全く予想外なことに、地面からニョキニョキと木がコンニチハをいたしまして、テントごと我々は打ち上げられたのだ。
根が地中にあったんだろうね……。
テント穴空いてないだろうな。空いてたら普通に泣く自信がある。
因みに私とグラーヴェさまの悲鳴だか雄叫びだかが上がる最中、私のスマホも充電が御臨終なさったので文句を言う相手もいない。
「……ごめんねグラーヴェさま。大丈夫?」
たわんだテントの中ではろくな姿勢も取れない。腕だの足だのの所在をなんとか安定させなければと、もぞもぞしながらとりあえず安否確認をすれば、
「はい。問題ありません。これ程の奇跡を目の当たりにする日が来るとは……」
はっきりとした返事が返ってきた。元気そうでなによりだが、これを奇跡と言う陳腐な言葉で表現するんじゃない。これは人災だ。
何とも言えない間抜けな姿勢でキリッとした顔をするな。笑ってる場合でもないのに笑えるから。いや、現状が笑えないので笑気は相殺されるけど。
「……どうしよっかねぇ」
下手に動くときっとテントのどこかに穴が空く。それだけは回避しなければ。お茶セットは海が祭壇の森に入った時点でお片付けしていたので幸いそのあたりをぶち撒けると言う被害はない。
ただただ木の上にテントごと打ち上げられ、体勢も不安定かつ足場も定まらないなんとも言えない有様なだけだ。
「不安定な場所ですので、少々お待ちください」
と、グラーヴェさまが言ったと思えば布の向こうの枝に手をついて姿勢を立て直し、足場を探って天地を安定させていた。その上でするりと天を向く開けっぱなしだったテントの入り口から滑り出たなら、手を差し出して
「こちらへ。足元にお気をつけ下さい」
と、鮮やかに脱出と救助活動をしてのけたではないか。いや、これこそ奇跡だろ。凄いよこの子。
差し出された手を取り、なんとかかんとかテントから出たならとりあえずテントを収容してしまう。テントの状態確認は後程だ。今はそれどころではない。
枝の上に居る現状、さてこれ降りなければならんわけで……?龍の森の木に比べて頼りない太さの枝と幹、どう降りるか。
いやまぁ成せばなる、成さねばならぬ何事も。気合いと情熱でなんとかするしかないんだが。
下を見て、グラーヴェさまがふむ、とか言ってる。
「この高さなら飛び降りても大丈夫そうですね、良かった」
いや、何も良くないが??飛び降りる?は?ヤンチャすぎん?普通に怖いが?成人の身長2、3人分くらいの高さは余裕である気がしますが?
「いやいやいや、流石に足腰死ぬんじゃないかな。順当に降りるべきでは?」
思わずツッコミを入れたなら、きょとりと目を丸くして軽く首を傾げられてしまった。
「平気ですよ?これくらいなら、魔道具で防御を上げれば問題なく……」
そんなもんまであるの?魔道具凄くない?ってことはワンチャンそんなスキルがあるってことでは?私達生身で覚えられちゃうやつでは?しかし活用する場面があまり思いつかないので保留だ保留。
「ではソラ様、失礼します」
ぐいと腰から引き寄せられたかと思えば、
「ひぎゃ!?」
ひょいと肩に担がれ、ぴょーんと木の上から飛び降りるグラーヴェさま。何の覚悟もなく不意打ち的に一瞬の無重力感に次いで、落下していく際の葉擦れの音とペキパキと枝が何本か折れる音。
「ぎゃあぁっ!!?」
その一瞬でできたのは、情けなくも悲鳴を上げることと、グラーヴェさまの背中にしがみつくことくらいだ。
ダンッ、と荒々しい着地音が耳朶を打てば、ぽんぽんと落ち着かせるように肩の上の腰あたりを手のひらで軽く叩かれた。着地時に腹に衝撃が走ってちょっと痛い。
「着地いたしました。怖い思いをさせてしまい申し訳ございません」
「お……おお……うん、はい、ひぇぇ……」
ろくな返事もできずに固まっていれば、その場に屈んでそうっと肩から下ろされ、地面に足がつく。これ腰抜けてね?大丈夫か私?
ちょっと自力で立てるか不安だなぁと思っていたら、屈んだままのグラーヴェさまがその場で祈るように首を垂れた。
「龍の御使様の、かくも素晴らしき祝福に感謝いたします。この東の地に、緑溢れる日が来るとは……」
いやいや、緑溢れ過ぎてんだが?これ多分街道とかも植物に侵食されてると思うよ?これから色々整備大変なやつよ?知らねえよ?責任とれねえのよ我々。
さらに言うならこの祝福とやらは母のやっちゃうぞーのノリで起きたものですが?きっとヒールで植物育つなら、折角龍脈通ったし魔力使う場面も無かったし、だったらやったらんかいと言うただそれだけのノリで行われたヒール爆撃でだな?私はただのハブでしか無かったんだが。祈られても困るやつ。ただの接続装置でした。しかも止められないので木偶みたいなモンだった。
だがしかし、この空気に水を差すのもどうなのか。それはあまりに非道ではないかと思わなくもない。なんかとりあえず今は噛み締めて貰っておくのが吉だろうか。
今のうちにスマホの予備バッテリーその2を接続しておきたい気もするが、空気読めってなるよなぁ。解る。
所でこの緑化運動で怪我人とか出てねえだろうな。至る所でこのありさまなら可能性はあるよなぁ……。
グラーヴェさまのつむじを眺めながら思考を彼方此方へ飛ばしておく。満足するまで祈るがいいさ……。
それにしても、海は大丈夫なんだろうか。まさかのイエクサにアクセス中にちょっかい掛けられるとは思わなかった。深淵の源が、普通に元はただの人だったのも驚きではあるけれど。
祝福を宿した娘、ってことはまぁ、どっかの王族だったのよなぁ……何故か早生していた気配を感じたが。そこら辺の事情は解らんが、恋に恋するお年頃の娘さんが龍激推しで熱量過多に暴走した結果が加護の目減りの加速だったと言うのなら、どうにもやるせない話だ。
吐息に乗せた彼女の疑念は、果たしてこの世界の人々にどの程度の影響を与えているのか。
元来緩やかに減っていく加護を、腕を喚ぶ事で何らかの対策を施し補填していくサイクルだったとすれば、その歯車を狂わせるに至った訳よなぁ。逆に凄いなモザイク女。ガッツあり過ぎではなかろうか。
いや、だからと言って許さんが。空さん血反吐なんか吐いたの初めてよ?初体験許さねえよ?
とは言え、あやつなんとかせにゃならんの?でももうあれ社長と同化してない?半分以上黒かったよね社長。あらやだ、同意のない無理矢理な関係だなんて、昼ドラも真っ青だわ。昼ドラ見た事ないけど。イメージでお送りしますってやつだわ。ストーカーも真っ青な取り憑き方してるし、そら嫌がられるって話よな。アピールの方向性間違えてんじゃないの?お嬢さんや。知らんけど。
つらつらと考えに耽っていれば、ようやくお祈りに満足したのかグラーヴェさまが顔を上げる。目が合うと微笑みを浮かべてとてもキラキラしい。顔面強めなのに角度的に上目遣いとかあざといな。よしよししたろか?
「えーと、うん。なんか凄い事になったけど……一先ずは良かった、のかな。食料問題はまぁなんとかなりそうだよねぇ。でも作付けとか整地とか大変な事はこれから沢山あると思うから、それは皆さんに頑張って貰うことになるけど……」
「希望ある労働であれば、それを厭う者はおらぬかと。明日の見えぬ日々ではないのだと……それは、この地に住まう人々にとって、あまりに大きな幸福であると言えます」
それは解らんでもない。恐らく、実際に抱えた感情を理解するには足らないのだろうけれど、そりゃそーっすよね!と思う程度には解る。雨が降ったところで、そこからどう復興すればいいのか、作物も植物も、一朝一夕にはどうにもならない。そこが雑に力尽くで解決した訳だから、まぁ……うん。解決どころか行き過ぎてるけど……ないよりマシだと。いやでもこれマジ大変そうよな。過ぎたるはなんとやら……うーむ、強く生きてくれ東の人々よ。
あとこれどの程度の範囲をカバーしたのか現在不明なので、後で右眼使ってそこも確認する必要があるだろう。
「うん。そうであるなら、来て良かった。役に立てて何より……かな。ところでグラーヴェさま、お膝痛くなるから立とうか」
いつまでも見上げて来るものではないよ。手を差し出して起立を促せば、眉を下げて笑みを浮かべながら手を取ってくれる。
「……ソラ様は誠に、我々に寄り添い近しく在って下さるのですね。ノクト殿下の仰る通りに」
そうして、やはり貸した手にあまり体重を感じさせない所作で立ち上がったならばいつもの目線でしみじみと言われた。
「逆じゃない?殿下はまぁ懐っこいからまた違うけど、グラーヴェさまは結構歩み寄ってくれた感じだし。いや助かるわマジで。あんまり距離置かれすぎるのもなんかこう、ねえ?」
普通に日々を過ごしにくいって話だ。恭しいのがずっと一緒にいますよとか、そんなの拷問では?空さんそう言うのちょっとしんどいです。
そんな私の言に、少し困ったような笑みを浮かべたグラーヴェさま。
「本来なら、お言葉を賜ることすら恐れ多いことなのですが……」
「いやいや、私達ホント庶民なんで。逆だって。王族と絡んでるとか普通に謎過ぎるんだって」
ザ・庶民が王族と絡んでるどころか王族に敬われるとか何だこの事態はと、しょっちゅう思うわ。社長の威光とやら強すぎん?いらねぇわ。
「ご自身の尊さを鼻に掛けないのも、ソラ様の素晴らしいところですね……」
ふにゃと笑って超ポジティブ解釈ありがとよ。知らんうちに社員扱いされてた新人役員ポジが尊いと言うのなら、代わってくれていいぞ。マジで。ただし、上司から何の説明もなくいきなり現場投入されるけどな。
よくよく考えたら私達凄くない?生き延びてるのも凄ければ、なんなら少しずつでも解決に近付いてない?うわ、自分を褒めておこう。
しかし……街道を見失ってしまった。マップさんが全解放されたので、街の位置がわかるのが幸いではあるが、これはもうキックボードもチャリも使えないな。
道の名残なぞ草花に覆われて見えもしないし、地面の起伏も激しい。
……これお迎え組大丈夫なんだろうか。ラグリマさんの歩みに影響が無ければいいが。そもそも怪我をしていなければ良いが。
「うーん……まぁ捉え方はそれぞれだよねぇ……うん。それはそれとして、昨日距離稼いだけど、もうキックボード使えそうにないし、歩こっか」
足元にお気をつけ下さいって状況だが、とりあえず街目指そう。多分昨日稼いだ距離、相殺されるわこれ。世知辛い。
「はい。御心のままに」
にっこにこである。この笑顔、殿下とダブる気がしてきたな。
それにしても、きっとこれから天気崩れるんだよなぁ……まだまだ快晴の上空を見上げてそんな事を思う。
雲が広がり、この空を覆うまでにどの程度掛かるのだろうか。
インベントリから出した予備バッテリーをスマホに繋ぎ、ポケットにつっこみながら足を踏み出す。
乾いた土の感触より、草と木の根の隆起が靴の裏に感じられるのはなんだか久しぶりな気がする。土踏まずのあたりがちょっと気持ちいい。
「目的の街の方角は解るけど……到着時間の計算は狂いそうだよねぇ」
「はい。しかしそれは向こうも同じかと思われますので、あまり心配なさる事はないかと」
「あー……ラグリマさん大丈夫なのかな」
「道草を食べている可能性は高いでしょうね」
それ、比喩表現ではなく物理的なアレ?ラグリマさん魔力だけ食う訳じゃないんだ……へぇ。草はオヤツ的な位置付けなのかな。精霊種って謎に満ちてるな。
「ああ……うん。食える道草ができて良かったね……」
ロクな返事もできやしない。
割とすぐに森を抜ける事ができて、眼前に広がるのは青々とした草原。雑草が生い茂っているのでこれから藪を漕いで歩かねばならんのかと少々げんなりする。
が、青空と緑のコントラストは美しく、何よりここ最近の茶色ばかりの色彩から解放されたなぁ……と感慨深いものがある。
草花を育む虫たちも、きっとどこからか現れてくれるだろう。鳥や獣はどうだろうか。
人々だけではなく、生きとし生けるものに等しく加護とやらが降り注げば良い。
じ、と遠くを見つめて無言になったグラーヴェさまはちょっと涙目だ。震える吐息に言葉は乗らない。けれど、伝わるものはある。
良かったね、と。安い言葉を掛けるのは違う気がしたので、ただ黙って並んでこの光景を見つめておいた。
……街道やっぱ埋まってんの、整備するの大変そうだなと思いながら。




