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飄然草  作者: 千賀藤兵衛
第十部 軽率政談
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勝ち馬

 選挙のときに、どの候補者を選ぶか。これは人によっていろいろな理由があるだろう。もっとも真っ当とされているのは、候補者の政策や政治思想、過去の仕事の内容などを吟味して決める、というものである。ほかに、自分の利益を代弁してくれる人を選ぶとか、顔の気に入った人に投票するとか、お金をくれた人に票を入れるなんていうのもある。もちろん最後のは選挙違反であるが。

 ところで、勝ちそうな候補者に投票する、という人がいるらしい。それも決して少なくないとか。馬券じゃあるまいし、それに何の意味があるのかと私などは思うのだが、当人たちは大まじめで、自分の投票した候補者が落ちたら、自分の票が無駄になるじゃないか、などとのたまう。意味がわからない。その理屈でいえば、勝ちそうな候補者に入れてその候補者が当選した場合も、それは結局自分が入れなくても当選したわけだから、やはり無駄な票だったということになるのではあるまいか。

 本当のところは、自分が多数派、主流派に属するということを確認して安心したいらしい。民主主義としてそれはどうなのかと思わずにはいられないが、それ以前にもうひとつ気になるのは、その人の人生の色合いというか基調である。

 おそらくその人は選挙のときだけそのような行動をとっているわけではあるまい。人生の他の場面で無数の選択をする機会があるが、そのつど自分が多数派、主流派に属するような選択を心がけているのだろう。どの学校に進むか、どんな仕事に就くかといったことから、結婚するかしないか、するとしたらどんな相手とするか、子供をつくるか否か、マイホームを買うか否か、果ては昼飯に何を食うかとか、どんなスポーツ選手や芸能人のファンになるかとか、小説家になろうでどの作品を読むかといったことまで、同じやりかたで選んでいるのかもしれない。

 そういう人生、そうせずにはいられない人生というものを想像すると、私は悲しいとも苦しいともつかない何ともいえない気持ちになるのだが、当人たちがどう思っているかはわからない。案外満足しているのかも。しかし、なだれを打って多数派に賛成するような人間が相当数いるというのは、民主主義の理念にとってははなはだ心もとないことである。


 第十部「軽率政談」はこれで終わります。

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