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猫イモウト  作者: 須羽ヴィオラ
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第一章 猫イモウト #2

 その部屋には、机もなく、ベッドもなく、本棚もなかった。

 クロゼットも、クーラーも、姿見も、

 壁に掛けた中学校の制服も、

 私の部屋とお揃いのカーテンも、

 読みかけのコミック本も…。

 翠の生活の痕跡は、何一つ残っていなかった。


 あるのは、家電品の梱包材、冬物の衣類が入った収納ケース、暖房器具。

 新品のままで忘れ去られた健康器具、防災用品、非常食料。

 まるで、物置代わりだ。

 この部屋にある諸々の物は、庭の隅にある簡易物置に置いてあった筈。

 これを全部、翠ひとりで運んだの?! しかも、一晩で…?


 昨日はそんな音などしていなかった。

 だいいち、廊下の反対側は両親の寝室だ。

 こんな大量の荷物を出し入れしたら、家族の誰かが気づかぬ筈がない。


 不思議な点はそればかりではない。

 部屋の奥の方に、私が幼いころ読んだ絵本や玩具が積み上げてあるのだけれど、

薄らと埃を被っている。

 まるで、十年以上この部屋に放置されていたかのようだ。


 何が何やら、頭が混乱してきた。

 でも、一つだけ確かなことがある。

 それは、翠が居ないという事実だ。


 私は急いで階段を駆け下りる。

 階段を降りると、廊下の途中に出る。

 廊下の向こう側が、リビングとダイニングキッチン。

 廊下を右にいくと玄関ホール。

 左に行くと、トイレ、浴室があり、廊下の突き当たりが勝手口だ。


 私は、玄関ホールに走る。

 玄関には、ある筈の翠の靴は無かった。

 下駄箱を開けてみても、翠の靴はない。

 通学用の運動靴、私とお揃いのスニーカー、お気に入りのローファー、翠が一番

大切にしているバスケシューズ。…全てない。


 もう、翠が家出したのは、間違いない。

 私は、大慌てでダイニングに駆け込んだ。

「お母さん。大変!! 翠が家出した!」

「あら、お早う。早いのね。あなた、今日から、お休みじゃなかった?」

 暢気な顔のお母さんが、これまた暢気な調子で答える。


「そんなことより、大変。翠が家出したんだよ!」

 対面式のキッチンを挟んで、お母さんと対峙する。


「ミドリが? 家出? そういえば、今朝早く、出てったわね」

 朝食の味噌汁を作りながら、お母さんが事もなげに言う。

「お母さん。翠が出てくとこ見たの?」

「見たっていうか、玄関のとこで、出たそうにしてたから、出してあげたわよ」


 な、なんてことを。

 どこまでノンビリしてんだ、この人。

 幾らなんでも無関心過ぎる!

「翠、様子が変じゃなかった? 何か言ってなかった?」

「ミドリが? ミドリが何か言うはずないじゃない…」

 お母さんが、「何言ってるの、この子は」と言いたそうな顔で私を見る。

 私はわたしで、「何言ってるの、お母さん」という思いで、お母さんを睨む。


 だめだ、何だか知らないけど、今日のお母さんは変だ。

 これじゃ、埒が明かない。


 私は、訴えの矛先をリビングにいるお父さんに替える。

 お父さんは、ソファに腰かけて悠長に新聞なんか読んでいる。

 こんなに子供に無関心だったっけ、この二人?

 声をかける前から、嫌な予感がする。


「お父さん、翠が家出した!」

「家出? どっか、その辺に居るんじゃないの?」

 お父さん、新聞から目を離そうとさえしない。見てるのもスポーツ欄だし。

 本当にどうなってるんだ。

 二人とも、私の話をまともに取合ってくれない。


「ちゃんと聞いてよ!!」

 大声を張り上げる。

「どうしたの二人とも。大事な娘が家出したんだよ。どうして、そんな落ち着いて

いられるの」


 お父さんが、顔をあげて私を見る。

 お母さんが、心配顔で傍にやってくる。

 私の真剣さが伝わらない。もどかしさを通り越して悔しい。

 その悔しさが、滴になって頬を伝う。


「大事な娘って…、美寿穂。美寿穂は、ちゃんとここに居るじゃない」

 お母さんが私を抱きしめ、私の背中を撫でさする。

「私じゃない…、翠が…、翠が…家出したの…」

「ミドリが居ないのが心配なの? でも、ちょっと近所を散歩してるだけよ。すぐ

帰ってくるわよ」

「違うの。翠は本気。自分の部屋の物を全部運び出したみたいだし、靴だって全部

なくなってるし…」

「ミドリの部屋? 靴?」

 お母さんが疑問文のアクセントで応じる。


「部屋って、寝床のことか?」

 お父さんが場違いな問いを発する。

「ベッドだけじゃない。勉強机も、服も、みんな無くなってる」

 私はお母さんの胸に埋めた顔を上げ、お父さんを睨み返す。


 お父さんは、私の凝視の意味が理解できないような顔付きで

「ミドリの寝床ならそこにあるだろ」

 と言って、視線をリビングの隅の方に向けた。

 そこには、直径40センチばかりの、籐製の丸籠があり、中に白いクッションが

入れられている。

「それに、靴がどうの、服がどうの言ってるけど。最初から無いだろ」

「えー!? どういうこと」

 お父さんが、訳が分からないことを言い出したので、私は大声で聞き返す。

 お父さんが、私の声にたじろぎながら、答える。

「だって、ミドリは猫なんだから」 

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