第三章 姉妹 #3
「お姉ちゃんなんだから、ちゃんとしなさい」
十七年も長女を務めていれば、否応なく躰に染み着いたものがある。
取り乱してはいけないという思いで、私は声にならぬ嗚咽を漏らし、乾いた涙を
流す。
私だって大声で泣きたいんだ。でも、泣けない。
そして、その辛さを誰も分かってくれない。
暫くたって、泣きじゃくる翠を伴って、お母さんが部屋に入ってくる。
「ごめんね。美寿穂…。怒ったりして…」
翠が涙に咽びながら、途切れ途切れに言葉を絞り出し
「ごめんなさい…。お姉ちゃん…。ごめんなさい…。お姉ちゃん…」
「美寿穂…。翠も謝ってるから、許してやってちょうだい」
まただ。
また、翠だけ特別扱い。
なんで、翠だけ保護者同伴なの?
ずるいよ。ずるいよ。
なんで、翠だけ誰かに守られてるの? いつも。
「話したくない。一人にして…」
「でもねぇ、美寿穂…」
「一人にして。だれにも会いたくない。特に、翠に」
声が大きくなる。
翠が、また幼子のように大泣きを始める。
母が、悲しそうな眼差しを残し、翠とともに部屋をでていった。
翠も私も、それぞれの部屋に閉じこもる。
翠の部屋から、すすり泣く声が聞こえてくる。
耳を塞いで、それを聞くことを拒絶する私。
翠は、そのまま部屋に閉じこもり、夕食の時間にも降りて来なかった。
両親が心配して仲直りを勧めたが、ヘソを曲げた私は頑なに謝罪を拒んだ。
母に説得され、翠は一人で遅い夕食を摂った…。涙を流しながら…。
私は、その姿を見ていられなくて、入れ替わりに自分の部屋に逃げ込んだ。
それは、そんな翠の姿を痛々しく思ったからだ。
可哀そうと思ったからだ。
喧嘩をしていても、私は翠を心底憎むことはできなかった。
心の奥底で、やはり翠を好いている自分に気が付いた。
そのときから、私は後悔の浜辺を彷徨っている。
翠は、ただ単にオヤツを間違えただけなのだ。
翠は、私の失恋のことは知らない。
だから、翠の失恋発言に深い意味などなかったのだ。
それなのに私は…。
翠は悪くない。
私が誰かを悪者にしたてて、自分の鬱憤をぶつけたかっただけなんだ。
そう分かっていながら、素直になれない自分が居た。
妹の翠ばかりが保護され甘やかされ、姉の私が蔑ろにされている。
そんな思いが、私を依怙地にさせた。
その夜、翠が私の部屋を訪ねてきて、泣きはらした顔で
「お姉ちゃん、本当に私が居ないほうが良いの?」
と聞いた。
私は、翠の目を見ずに
「お姉ちゃんなんて呼ばないで。あんたはもう妹じゃない。早く居なくなって」
と突き放した。
翠は涙声で
「わかった……。明日……、出ていく」
そう言って、私の部屋を後にした。