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第15話 罪の所在

「唇を読む?」

隆也は声を裏返し気味に聞き返した。

春樹は、覚悟を決めたと分かる、落ち着いた目で隆也を見ている。

「読心術だよ。コンビニでの僕らの会話を、塚本は外からじっと見てて読みとったんだ」

「そんなこと・・・」

隆也は塚本を振り返り、睨みつけた。

そんな盗み聞き程度のことで、今まで保ってきた静かな均衡が全て崩れ去ってしまうのかと、腹立たしくて堪らなかった。

触れられたくない秘密も、大切な絆も。

勝手に入り込んできたこの不快な男に、掻き乱されてしまうのか。


「そんなに睨むなよ隆也。天野がこんなに落ちついてんのに、何であんたがそんなに興奮してんだよ。別に俺、天野のことを吹聴したり、話のネタにしようなんて思ってないし。ただ、秘密を知ってるって事をあんたらに伝えただけだろ?」

まるで哀れむように苦笑した塚本に、言いようのない怒りが隆也の中で沸々とたぎる。 


「しっかしすごいのな、天野。本当に正確に読み取っちまうんだ。なあ、映像まで鮮明に浮かぶのか? 痛いのとか、冷たいのとか、性的興奮とかもか?」

そう言いながら無遠慮に春樹の方に伸ばしてきた塚本の左手を、隆也は満身の力ではたき落とした。

「っ・・・てーーー。何だよ!」

「触んな!」

「何それ、意味深」

「黙れ。おまえ・・・お前さっき、俺がバラしたんだって言っただろ。俺を怒らせるためか」

「ああ、あれ? でも、嘘じゃないぜ。俺、3日間コンビニで話すあんたら観察してたんだけど、見てたのはほとんど隆也の方だ。

正面近くでないと唇の動きが読み辛いからさ、レジからこっち向いてる隆也の唇の情報をもらったんだ。な? あながち嘘じゃないだろ? 隆也がバラしたってのも」

言い終えないうちに隆也の手は塚本のハイネックシャツの胸元を掴み、がたいの大きなその体を引き寄せていた。

「お前、何のつもりなんだよ。何がしたくて付き纏ってたんだ!」

「隆也」

春樹が慌てて隆也の背を掴んできた。

さらに矛先の違う怒りが増し、それを振り払おうとした隆也の手が、パンと春樹の手を叩いた。

絶句した春樹が、青ざめて一歩身を退く。


きっと今の自分の煮えたぎった怒りを読まれたのだろう。

それならそれでいい。話が早い。

隆也は塚本から手を放し、今度は正面から春樹を睨みつけた。

「誤魔化そうと思えば誤魔化せたはずだ。何でそんなにあっさり認めちまうんだよ。お前、否定するためにここに来たんじゃないのか? そうじゃないなら、いったい何のためにこいつに会いに来たんだよ」


答えに窮したのか、探しているのか、春樹は口を閉じたまま、ただ真っ直ぐ隆也を見つめてくる。

春樹に向けるべき苛立ちで無いのは分かっていた。けれど、どうにも納得できない。

最後まで否定しないのはなぜだ。

よりによって、相手はこの塚本だぞ。


「エレベーターで、俺が言ったこと、気になってたんだろ。天野」

けれど代わりに口を開いたのは塚本だった。

「なんだよ、それ」

「第3の目を持つ者には役割がある。神に選ばれ、与えられたその力を隠し埋もれさせるのは大いなる罪だ・・・。あれ、ここまでは言ってなかったかな?」


「罪って何だよ。春樹が何したってんだ!」

「したんじゃない。してないのが罪なんだ。例えば2日前祐一が俺に怯えてコンビニに逃げ込んで来たとき、一体あいつがどんな怖い目にあったか、誰がイカレタ悪さをしたのか、天野は少し触れば知ることが出来たのに、しなかった。

大学で、俺とエレベーターで2人きりになったとき、その気になれば、俺が祐一のような子にイタズラする危ないヤツかどうか、確かめることが出来たのに、近寄ろうともしなかった。

犯罪のありかや、びびって語らぬ被害者の苦悩を知ることが出来る存在であるにもかかわらず、だ。

今までも常に我関せずで、いろんな事を見過ごして、逃げて来たんじゃないのか? そういうの、俺は納得行かないんだよ」

「春樹の事なんにも知らない癖に、善人ヅラしてんじゃねえよ!」

「お前は喋んな。俺は天野と話をしにここに来たんだ。それとも天野は隆也に代弁して貰わなきゃ、自分じゃ何にも言えない無能なのか?」

「・・・んだとコラ!」

「塚本」


一触即発の帯電した空気を切るような、静かだが鋭い春樹の声だった。


正午の公園は、5月の鮮やかな光に満ち、カサカサと柔らかな風が桜の葉をゆする以外、邪魔な音もない。

ただ真っ直ぐ、余分なものを含まない春樹の問いだけが、塚本に向けて投げられた。


「塚本が気になってることは、何?」

「あ?」

「もう前置きはいいよ。急いで探らなきゃ行けない事があるんだろ? エレベーターで会った時から、そんな気がしてた。誰? 身近な人のこと?」


塚本はヒューと唇を鳴らし、楽しそうに笑った。

「いいね、話が早い。2足飛びぐらいで核心に近づいてくれた。俺の頭ん中、どこまで読んだんだ? さっき天野に触られたときは、余計な事は思い浮かべないように意識を遮断したのに」

「凄いと思った」

春樹は表情にも声にも抑揚を付けずに言った。


「あんなに意識的に他の思考を制御した人、初めてだったから。たいてい、頭が痛くなるほど雑多な思考や記憶が入り乱れてて、収拾がつかないんだけど」

「へえ。そう言うもんなのか。じゃあ天野はもろクリアに俺の妄想の洗礼を受けたってこと? なあ、俺が頭ん中で考えた事って、画像付きで見えるのか? 自分が思い浮かべてるみたいに? 自分が妄想したみたいな錯覚を起こして興奮したりするのか?」


春樹は少しばかり顔を歪めただけで、先を続けた。

「塚本に僕の力を研究して貰いたいなんて思わない。だからそういう質問には答えない。でも、僕にしか出来ない事があって、もしもそれが誰かを助ける事になるんなら、協力してもいい」

「春樹!」

「うれしいね。どうせならもっと何でも教えてくれる親密な友人になりたいんだけど」

「春樹。こんなヤツの口車に乗んなよ。何でお前がそんなことしなきゃなんないんだよ」


「卑怯者になりたくないからだろ?」

答えたのは塚本だった。

「ここで断って、あとで取り返しのつかない事が起こったら、寝覚め悪いし。な。そうだろ?」

「取り返しのつかない事って何だよ」

「か弱き少年が変質者の毒牙にかかっちゃった・・・とか、そんな感じ?」

「少年って。・・・祐一のことか?」


隆也は思っていない方向に話が展開したことに虚を突かれ、塚本を見た。

「俺の推測が見込み違いの見当外れなら、あとで天野に土下座して謝るよ。でも、もしも読み通りなら、かなりやばい事になる。祐一の弟の二の舞になりかねない。あいつ、危機感無いし、俺の話もあんまり信用してないし。時間がない」

さっきまでのふざけた口調から一変した塚本の真剣な言葉に、隆也は息を呑んだ。


「ある男に触って欲しいんだ。人を殺してるかも知れない」


      ◇


携帯のバイブが勉強机の上で震え、祐一はビクリとした。

着信は知らない番号だ。

けれど、確信めいた嫌な予感があった。


「・・・はい」

『祐一君。この携帯番号、嘘じゃなかったんだね。嬉しいよ。祐一君もやっと、その気になってくれたのかな。まあ、もしも嘘の番号だったとしても、俺はきっと突き止めただろうけど』

やはり松岡だ。 どこまでも、どこまでも、祐一を追ってくる。


「借りたお金を返せば良いんですか? 2万円」

『あんなのは、くれてやる。どうせもう使っちゃったんだろ? それよりもっと大切な話だ。分かってるだろ? 俺ね、やっぱりダメなんだ。気が変になりそうなんだ。このままじゃ俺、何するか分かんないよ。昨日夢でさ、祐一君に酷いことしちゃった。わかる? 首絞める感触。夢なのにリアルでさ。今も手に残ってる。あれはたぶん、君の首だよ。顔は無かったけど。

君が会いに来てくれないのなら、俺が行くよ。君の家は知ってるし。今から行ったっていい」

「やめてください!」

つい大声を出してしまい、祐一は慌てた。

階下に響かなかっただろうか。

父親も母親も、まだ失意から抜け出せず、弟の遺影を見つめてばかりいる。

祐一がこっそり出かけて朝帰りしても、咎める平常心もないほど。

弘喜が死んでしまったことで、この家にはもう、子供がひとりも居なくなったと思っているような凍てついた空気だ。

そんな所に松岡が乗り込んで来たら、と思うだけでゾッとする。


「分かりました。会います。これから」

気丈な声を出した。全て向こうの言いなりには、ならないと言う意思表示のために。


ただ気の優しい中年男性だと思っていた。あの日限り、会うことは無いと思ったのに。

こんな風に豹変するだなんて。


もう、会うのはこれで最後にしよう。絶対に。

祐一は待ち合わせ場所を松岡と打ち合わせながら、そう強く思った。



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