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ある大学の昼休み

 俺の名前は遠賀川誠司、二十一歳、大学生。

 唐突で済まんが、俺はとっても困っている。

 と言うのも、


「おーい、遠賀川~ 嫁が来てるぞ~」


 ……大学にうちの家猫が来ているのだ。

 声を大にして叫びたい。


 な ぜ こ こ に い る


 ……いや、別に今日が初めてという訳ではないが。


「来た」

「……どうかしたのか?」

「お弁当持ってきた」


 何やら手提げ袋を持って俺の隣に座る美奈。

 そして何気に手をつないで来る。

 かなりベッタリとくっついているが、これでも自重している方だ。

 初めのうちは家に居る時よりもすごいくっつき方をしていたものだ。

 具体的には膝の上に乗ってキスをしたり、背中に飛びついて俺の頬に頬ずりをしたりしていた。

 おかげでそれ以来、美奈が俺の嫁扱いされるようになってしまったのだ。


 ……まあ、だからと言ってそう困るもんでもないが。


 それはさておき、普段家事をしない家猫が弁当を作ってくると言う珍事に対処しよう。


「珍しいな、お前が弁当作るなんて」

「頑張ってみた。褒めて」

「はいはい、えらいえらい」

「……ん」


 それをやるならせめて朝のうちに欲しかったとか言わない。

 機嫌を損ねると、外でもやっぱり容赦はしないのだ。

 と言う訳で、おとなしく頭を撫でて褒める。

 すると美奈は嬉しそうに眼を細めた。


「しかし、何で急に弁当なんて作ってきたんだ?」

「誠司に褒めて欲しかった」

「……何とも分かりやすい理由で」


 そう思うのなら普段から家事をすりゃ良いのにと思う。

 こいつ基本俺の上でだらけてるし。

 そう思っていると、きゅ~っというかわいらしい音が聞こえてきた。

 無論、俺にそんなかわいい音を発するような器官は無い。


「お腹空いた」


 と言う訳で、その音の主である美奈は俺の眼を上目づかいで見つめてそう言った。

 ちなみに、美奈の上目づかいはそこらへんの野郎共には効果抜群だったことを述べておく。

 え、俺? 毎日のことで慣れてますが何か?


 そんなことより、今はちょうど昼時である。

 必然的に俺の腹も食料を欲する時間帯だ。


「そうだな、それじゃあ弁当食うか」

「賛成」


 そう言うと美奈は机の上に弁当を置きながら、さり気なく定位置である膝の上に居座る。

 俺の膝の上からは柔っこい感触が伝わり、美奈の髪からは甘い匂いが漂ってくる。


「……ちっ、あいつまたかよ」

「くそっ、リア充爆発しろ」

「いいなー、私も彼氏とあんなことしたいなー」

「羨ましい……」


 周りの馬鹿どもからの視線が突きささる。

 羨ましそうに見つめてくる連中の視線はキツイ。

 特に一人身の野郎共の怨嗟の籠った視線などは逆に笑えてくる。

 その理由として、


「……ぴとっ」


 うちの家猫が調子に乗って甘え出すからだ。

 俺の胸に背中をぴったり付け、手で顔を引きよせて頬ずりをする。

 俺の頬に美奈のぷにぷにとした頬が押し当てられる。

 美奈の表情はすごくリラックスした表情で、時折周りで見ている連中をチラチラと覗き見ていた。

 ……何つーか、ここまで来ると猫のマーキングだな。

 これと意味が一緒だとするならば、俺は美奈に所有物扱いされていることになるのだがどうなんだろうか?


「そんなにくっつかれると飯が食えないんだが……」

「もう少し」

「いや、周囲の視線が痛いから降りろ」

「嫌」


 美奈に張り付かれたまましばらく時間経過。

 その間俺は針のムシロ。

 ただし、体の前は柔っこい感触。


 ……というか、こいつ腹減ってたんとちゃうのんか。

 心の底からツッコミたい。

 等と思ってたら再び聞こえてくる腹の音。

 ただし、今度は可愛いものではなく、豪快な音だった。

 言うまでもなく俺の腹の音である。

 それを聞いた美奈が再び上目づかいでこちらを見る。


「お腹空いた?」

「……今の聞きゃわかんだろ」

「ん」


 当たり前のことを抜かすでない。

 はよせんと昼飯食いそびれるだろうが。

 そう思っている間に美奈は弁当箱を開ける。

 弁当箱の中身は筑前煮に卵焼き、アスパラガスのベーコン巻きにデザートに苺等、色とりどりなラインナップである。


 ……くそう、こいつやっぱ俺より料理上手いわ。

 俺にはここまで綺麗に作れん。


 とまあここまでは良かったが、俺はとあることに気が付いた。


「……おい、箸が一膳しかねえぞ?」

「ん、大丈夫」


 激しく嫌な予感がする。

 弁当は二人分作っておきながら箸は一人分。

 いざとなったら五本箸も手だが、美奈はそれを絶対に許さない。


 と、言うことはだ。


「ん」


 無言で差し出される卵焼き。

 それを見た瞬間、俺の肩から一気に力が抜ける。

 やっぱこう来るのかよ。


「……食べないの?」


 上目づかいで首をかしげる美奈。

 こいつにとってはもう既に当たり前のことなんだろう、何の疑問も持ってやがらねえ。

 はっきり言ってこの行為、「リア充死ね、氏ねじゃなくて死ね」と言われかねん行為だ。主に俺が。


「……?」


 俺が食わないでいると、美奈は心配そうな目で俺を見る。

 素早く揺れる俺の天秤。

 周囲の視線を気にして諌めるか、美奈の行為を受け入れるか。

 今後のことを考えると、もちろん迷うことなどない。


「はむっ」


 俺は美奈の差し出した卵焼きを口に入れた。

 噛むたびにジワリと出汁が染み出て来て、口の中に味が広がる。

 味付けは美奈の好みなのか結構甘いが、しつこくならずに絶妙な具合に整っている。


 くっ、味付けも俺の負けだ……


「ん」


 俺が敗北の味をかみしめていると、再び差し出される箸。

 今度は筑前煮のニンジンである。

 美奈の顔は少し微笑んでいて、かなり嬉しそうである。

 ……こいつ、俺が何考えたか分かってやがるな。


「はむっ……何だよ……」

「美味しくて良かった」

「……そうかい」


 次々に差し出される料理を淡々と食べる。

 ……悔しいことに、俺が勝てると思う料理は一つもない。

 さらに不思議なことに、美奈は俺が欲しいと思ったタイミングで正確に白米をくれるのだ。

 うん、結構腹いっぱいになったな。

 そう思っていると、美奈は箸を俺に手渡してきた。


「次、誠司の番」

「マジですか……」

「マジ」


 美奈は心なしか幸せそうな顔をしながら俺に箸を手渡してくる。

 ……周りの視線が痛い。

 テメェら、俺達は見世物じゃねえんだぞ。

 コラ、そこの女子共、何ニヤついてやがる。


「ん」


 美奈は周囲に見える様に俺に箸を差し出す。

 ちくせうめ、これで断ったら周りから何言われるか分かったもんじゃない。

 おまけに機嫌を損ねたりしたら、それこそ俺は美奈に振りまわされる羽目になる。


「はぁぁぁ……分かったよ」

「ん♪」


 結局、俺は美奈から箸を受け取ることにした。

 っと、こいつはいつも野菜から食べる癖があったな。

 そんなわけで、俺は筑前煮の中のごぼうを美奈の口の前に持っていく。


「ほれ」

「あむっ」


 俺が料理を差し出すと美奈はそれを食べる。


 やめろ、たかがこれだけのことにきゃあきゃあ叫ぶんじゃない。

 ギャラリーには即座に回れ右してお帰り願いたい。


 次はアスパラガスのベーコン巻きを美奈の前に持っていく。

 その次は白米、その次はまた筑前煮と、俺は順番に美奈に食わせる。

 美奈の食べ方には法則があるから、どれを食べさせればいいのかすぐ分かる。

 卵焼きと筑前煮の里芋は最後の方に取っておく。

 なぜなら、美奈は好きな物を最後まで取っておく性分だからだ。


 俺が差し出す料理を美奈は次々と食べていく。

 その間も美奈は俺に背中をべったり付け、食べさせてもらっているのをいいことに空いた両手で俺の服の裾を掴んでいる。

 俺の膝の上のちっさい家猫は意地でも食事中は動かないつもりのようだ。

 最後に卵焼きを食べさせると、美奈は満足そうに頷いた。


「ん、ありがと」

「へいへい」


 美奈は俺から箸を回収すると箸入れにしまった。

 後に残ったのはデザートの苺。

 流石にこいつは手で食べても許されるだろう。

 俺は苺に手を伸ばした。


「あむっ」

「あ、おい!」


 俺が苺を食おうとすると、横から手が伸びてきた。

 美奈は俺の手首を掴むと、俺が摘まんでいた苺を指ごと口に入れたのだ。

 そのまましばらく俺の指を舌で弄んだあと、美奈は口を放した。


 ああくそ、周りの連中の視線が刺さる。

 一部からはどす黒いオーラが漂ってやがるし……


「ん」


 眼の前に差し出された苺。

 当然、美奈は苺を箸でつまむ様な変人では無い。

 細く綺麗な指で摘ままれた苺が俺の口の前に鎮座する。

 手で掴もうとすると、美奈はその手を避ける。

 どうやら意地でも自分の手で俺に食わせたいらしい。


「あ……むぅ!?」


 観念して口をあけると、美奈は口の奥深くまで苺を突っ込んできた。

 思わず俺は美奈の指ごと苺を口に含む。

 美奈の指を噛まなかったことにホッとしつつ、俺は口の中から指を引きぬいた。


「おいしい?」

「……苺は美味いがせめてもう少し上手い食わせ方は無かったのか」


 美奈は俺の手に突っ込んだ指をペロリと舐めながら俺に味を訊いて来る。

 それに対して俺は不満を口にしながら答えた。

 その後も美奈は俺が食おうとした苺を次々と略取し、俺の手から苺が無くなると俺に食べさせるという行動を取り続けた。

 ……先生……普通に食いたいです……


 そうこうしているうちに、苺は最後の一個に。

 食った数は俺も美奈も同じだ。

 美奈は俺が取る前に苺を取り上げと、苺を半分かじった。


「ん」


 美奈はかじった苺を俺に差し出してくる。

 どうやら半分このつもりらしい。

 ……まあいい、機嫌を損ねないうちに食うとしよう。

 俺は口をあけて美奈が口の中に苺を入れるのを待ち受ける。


「ん……」

「んむぅ!?」


 ところが美奈の行動は予想の斜め上を行ってくれやがりました。

 突然体の向きを入れ変えたと思ったら、口の中の苺を俺に口移しで食わせてくれました。

 今現在、口の中には甘酸っぱい苺の味が、唇には柔らかくて瑞々しい感触が感じられる。


 ちょ、今人前! おまけに長い!

 俺は美奈の肩をタップしてからゆっくりと引きはがす。


「はあ……一体どうしたんだよ、今日は?」

「……何となく」


 俺が常軌を逸した行動の理由を聞くと、美奈は少し頬を染めた状態で答えた。

 美奈は俺の膝の上に居座ったまま、周囲をチラチラと見ている。

 それにつられて周囲を見てみると、周りの連中も頬が赤かった。

 最も、それが照れなのか嫉妬パワーなのかは知る由もないが。


 美奈は弁当箱を片付け、手提げ袋にしまう。

 どうやらもう帰るようである。


「誠司」


 美奈は帰り支度を終えると膝の上で俺に声をかけた。


「何だ?」

「ん」


 俺が美奈に返事をすると、首に手が回されると同時に再び少し湿った柔らかい感触が唇に伝わる。

 しばらくすると美奈は俺の唇から離れる。

 その顔は物凄く名残惜しそうな表情である。


「……待ってる」

「あいよ」

「早く帰ってきて」

「努力はするさ」


 軽くやりとりをすると、美奈は俺の膝から立ち上がった。

 机の上の手提げ袋を肩にかけ、俺の方に向き直る。


「ガンバ、誠司」

「へいへい、あんがとよ」

「ん」


 美奈は俺の返答に満足そうに頷くと、何度もこちらを振り返りながら教室を出ていった。


 ……ふう、今日はあいつの好物でも作ってやるかな。

 ま、まずは適当に頑張ってさっさと帰ってやりましょうかね。






 ……余談だが、この後俺は嫉妬マスクによる攻撃を受ける羽目になった。ちくせう。



こっちでの反応が気になったので、ちょっと投下してみました。

続きは読みたいって人が多ければ、息抜きにでも書くかも。

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