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ある夏の日の縁日 第二幕 その壱


 他の連中と別れて縁日の通りを歩く。

 横にはぴったりとうちの家猫がくっついていて、離れそうにない。

 まあ、これはいつもの事だから良いとして、個人的に気になるのは海老津と由紀さんのコンビである。

 福間と水巻の2人は別に良い。知らない仲ではないし、訳の分からないことをしはするが赤の他人に迷惑をかけることはしないからだ。

 しかし海老津と由紀さんは今日会ったばかりで、特に由紀さんは世話焼きな性格でうっかりやである。

 海老津は恐らく豊富な人付き合いの経験上上手くやれると思うが、これまでの失敗から由紀さんが色々張り切って行動するのは眼に見えている。

 でも、張り切ったら張り切ったぶんだけ失敗も多い由紀さんである。

 その二次災害の被害を被るのは海老津な訳で、海老津がそれをフォローして由紀さんがまたいたたまれなくなって……以下エンドレス。

 あかん、海老津がどんどん悲惨なことになっていく図しか思い浮かばん。

 海老津の奴、大丈夫かね……


「誠司」


「……どうした?」


「どうかしたの?」


 考え事をしていると、袖をくいくいと引かれる。

 そちらに眼を向けると、うちの家猫が不思議そうな表情を浮かべていた。

 どうやらぼうっと考え事をしていたのが気になったらしい。


「いや、海老津の奴大丈夫かなってな」


「……納得」


 俺が一言言うと、美奈はそう言って頷いた。

 ……由紀さんはある意味とても信頼されているようである。

 もっとも、そんなことを言うと由紀さんは拗ねるだろうが。


「それにしても、今日は人が多いな、毎年のことだが」


「うん」


 目の前には道を埋め尽くさんばかりの人の海。

 この神社の参道は決して小さくないのだが、参拝客と屋台の客が同時に来るものだからあっという間にいっぱいになってしまう。

 おかげで子供なんかは少し目を離すと、あっという間に迷子になってしまうのだ。

 去年も、少し目を離しただけで由紀さんが迷子になった。

 ……あの人、何であんなにおっちょこちょいなんだろうか?


「誠司、あれ」


「ん?」


 美奈に声を掛けられて指差す方向を見てみれば、そこには射的の屋台があった。

 どうやら美奈は射的がやりたいようである。

 ……まあ、一回だけならいいか。


「よし、それじゃあ一回ずつな」


「ん」


 俺達は射的の屋台に一路向かう。

 的を見てみると、小さな小物類のに混じって当たりと書かれた小さな的が。 

 この手の的は大概重い物で出来てて、割と手前に置かれるんだよな。

 そんなことを考えながらあたりの景品を見てみると、ゲーム機やエアガンに混じってとろけた表情の大きな猫のぬいぐるみがあった。

 ……ははぁ。


「美奈、あのぬいぐるみが欲しいのか?」


「ん」


 俺の質問に、美奈は頷いた。

 こいつ、自分が猫っぽい上に猫が好きなんだよな。

 おかげで俺の部屋にもいくつか猫のぬいぐるみが置いてある。

 ……あれ、もしかして俺の部屋侵食されてる?


 そんなことを考えながらも屋台の親父に300円払って銃と弾を6発もらう。


「誠司」


「どうした?」


「一発」


「……了解」


 いつになくキリッとした眼で俺にそういう美奈。

 ……うわあ、この人本気だよ。

 まあ、それならば期待に応えるだけなんだが。

 とにかく、銃のレバーを引いて弾を込める。


「よっと」


 俺が銃で撃つと、ジッポーライターで出来た辺りの的の上の方に当たって後ろに倒れる。

 するとその瞬間、間髪入れずに飛んできた弾丸が倒れかけの的の底に当たり、的はくるくると宙を舞って後ろに落ちた。

 その様子を見て、屋台の親父も唖然とした表情を浮かべている。


「……ふっ」


 横を見ると、宣言どおり一発で仕留めた美奈が銃口に息を吹きかけてクールに決めポーズを取っていた。

 ……なかなかに決まっている。と言うか、すごく男らしい。

 流石は通っていた女子高でファンが居ただけある。


「あれ」


 親父に景品を指定し、大きな猫のぬいぐるみを受け取る。

 すると美奈は辺りを見回し、近くに居た小学生二人組みに声をかけた。

 それを受けて、俺も銃を持ってそいつらに近づく。


「代わる」


「え、いいの?」


「俺達はもう欲しい物は取ったからな。代わりにやってくれ」


「やった!! ありがとう!!」


 俺達は小学生達に銃を渡すと、他のところを回ることにした。

 ……う~む、男前だな。うちの家猫は。


「もふ~♪」


 そんな男前な態度から一変して、ぬいぐるみを抱きかかえる表情は本人が小学生になったようである。

 このギャップがお姉さま方の心を掴んだらしく、女子高では以下略。

 さて、これからどうしようか。

 ぬいぐるみがあるから手が汚れるような奴はやめておくとして……


「誠司、わたあめ食べたい」


 と思った矢先にこれですよ。

 わたあめって手でちぎったりすると溶けてべたつくと思うのですが。

 まあ、ぬいぐるみを俺が持ってやればいいだけだから良いか。


「了解。それじゃあ買いに行くか」


 美奈の手を引きながらわたあめの屋台を探す。

 わたあめの屋台を見つけると、俺達はそこに向かってわたあめを買った。

 ……1つおまけって俺の分まで出てきおったのは祭りのノリなのだろう。

 こりゃ少し休憩がてらどっかでこれを処分してしまったほうがよさそうだな。


「美奈、いったん座れるところ探そうぜ。この人ごみでわたあめ食べると迷惑になるからな」


「ん、わかった……あ」


 俺が歩き出そうとすると、美奈はふと何かに気がついた表情を浮かべた。

 それから、何やら困った表情で俺をちらちらと見ている。

 ……何があったというのだろうか。


「どうした?」


「手……」


 美奈はそう言いながら、寂しそうな眼で自分の手と俺の手を見つめる。

 美奈の手にはぬいぐるみとわたあめ。俺の手にはわたあめ1つ。

 ……ああ、そういうことか。


「わたあめ貸しな」


「ん」


 俺は美奈からわたあめを受け取ると、左手の指の間に挟むようにして2つ握った。

 こうして俺の右手と美奈の左手が空いた。

 すると、美奈は俺の手をスッと握った。


「これでいいか?」


「うん」


 俺の問いかけに美奈は満足そうにそう答えた。

 そして手を繋いだまま参道の脇にある石段まで歩いていく。

 しかしまあ、こいつは本当に俺とそれ以外に対する態度が違いすぎる。

 さっきも言ったとおり、美奈は本来とても男らしいのだ。

 何というか、孤高と言う言葉がしっくり来る性格だったのだが……それが何でこうなったのやら。


「誠司」


「わたあめちょうだい」


「あいよ」


 石段に座って、わたあめを美奈に返す。

 流石にうちの家猫もわたあめみたいなものを食べるときに膝の上に乗ったりはしない。

 それでも俺にべったりくっついてはいるが。

 ……しかしこれ、想像以上にでかいな。


「甘い」


「そりゃ、わたあめは砂糖の塊だからな」


「……1つでよかったのに」


「……それに関しては同感だ」


 美奈と2人でわたあめと格闘する。

 口の中が甘ったるいどころの話ではない。

 お茶が欲しくなるが、食べかけのわたあめを持ってこの人ごみの中お茶を買いに行くのは迷惑であろう。

 そういうわけで、2人してもくもくとわたあめを食べる。

 大きなわたあめを押しつぶし、一口で大量に口に含む。

 すると一発で虫歯になりそうなほどの甘さが口の中に広がり、ますますお茶が欲しくなる。


「食べ終わった」


 しばらく格闘していると、うちの家猫はもう完食したようである。

 流石は早食いなだけある、俺はまだ3分の1ほど残っているってのに。


「悪い、お茶買ってきてくれるか? 口の中が甘ったるくてきつい」


「嫌」


 まさかの拒否、しかも即答。

 かと思えば、俺が食べているわたあめに手を伸ばしてきた。


「一緒に食べる」


「……まあ良いけど」


 美奈と一緒に残っているわたあめを食べる。

 流石に残り少ないわたあめを2人で食べれば早いものである。

 食べ終わると同時に、俺と家猫は一緒に立ち上がった。


「よし、お茶買いに行くぞ」


「ん」


 そう話している間にも口の中は砂糖の甘味によって占拠されており、非常に具合が悪い。

 そのため、俺と美奈はお茶を買うために迅速な行動を取った。

 飲み物を売っている屋台の場所を思い出し、人ごみを縫うように駆け抜けていく。

 そして駆け込んできた俺達に驚いている屋台の親父に銭形平次も真っ青な勢いで300円を叩きつけ、ペットボトルのお茶を受け取って一気に口の中に流し込んだ。


「ぷは~」

「ぷは~」


 口の中が洗い流され、お茶の風味と共に爽快感が口の中に広がる。

 きっと俺も美奈もすっきりとした表情を浮かべていることであろう。


「あ~……きつかった。美奈、そっちは落ち着いたか」


「大丈夫」


 確認を取ってみると、どうやら家猫も落ち着いたようである。

 ふと腕時計を見てみると、もうすぐ午後8時になるところであった。

 もうすぐ近くの川原で花火大会が始まる頃である。


「美奈、そろそろ川原に行くぞ。花火大会が始まる」


「ん、分かった」


 俺と美奈は2人で手を繋いで川原へと向かう。

 川原は既に沢山の人が集まっていて、座る場所はほとんどない。

 座れて1人が関の山と言うところであろう。

 しかし、俺達に関して言えばそこまで心配は要らない。


「誠司、あそこ空いてる」


「お、んじゃそこに行くか」


 美奈が見つけた土手の空きスペースに俺は腰を下ろす。

 すると俺の膝の上にうちの家猫がすっぽりと納まる。

 体が小さい分、こうして膝の上に乗せても花火を見ることに関しては邪魔をすることは無い。

 問題があるとすれば残暑の季節であるこの時期にはかなり暑苦しいくらいのものである。

 そうしていると、電話が掛かってきた。


『やあ、遠賀川。花火を見る場所は確保できたかい?』


 聞こえてきたのは福間の声。

 この電話が掛かってきたってことは、こいつは花火を見る場所は確保できているのだろう。


「ああ、こっちは大丈夫だ。その様子じゃ、そっちは確保出来てるんだろ?」


『ああ。結構良い所を取ったよ。あとは海老津がどうなっているのか確認するだけさ』


「あいつ本当に大丈夫かね? 由紀さんに振り回されてそうなんだが?」


『確かにね。あの人と海老津だと面白いことが起きてそうだよね』


 笑いをこらえるような福間の声。

 ……こいつの頭の中ではどんな面白いことになってるのやら。

 少なくとも、海老津はろくな目に遭っていないんだろうな。


「……まあ良いか。それじゃ、海老津への確認は頼んだわ」


『了解、任されたよ。それじゃあ、後でね』


 電話を切って懐にしまう。

 それと同時に、美奈は俺にべったりと体を寄せる。

 俺の脚をぎゅっと掴み、滑り落ちないようにしているようだ。

 ……滑り落ちたら周りに迷惑だな。

 

「失礼するぞ」


「あっ」


 俺は美奈の腰に腕を回し、落ちないように抱きかかえるようにして引き寄せた。

 ううむ、胸や太ももに伝わる感触が実に柔っこい。

 おまけに何やら甘い匂いが美奈の髪から漂ってくる。

 ……本当に、女子の匂いは何でこんなに甘く感じるのやら。あれかね、男の本能に植えつけられた感覚なんかね?


「……」


 等と考えていたら、美奈は俺の手を掴んできた。

 左手で俺の右手首を持って俺の手が解けないようにしている。

 背中越しなんで表情は分からんが、恐らく悪いものではないだろう。

 そんな家猫に気をとられていると、大きな破裂音と共に周囲の景色が色を変えた。

 花火大会が始まったのだ。


「お、始まったか」


「ん」


 2人して次々と空に打ち上がる花火を眺める。

 夜空に咲く大輪の花とはよく言ったもので、花火はその例えの通りに赤、緑、青、黄色等、様々な色に咲いて暗い夜空を彩る。

 う~む、風流だ。夏の風物詩と言うだけあるな。

 ふと、視線を感じて胸元に眼を落とす。

 するとそこには、ジッとこちらを眺めている家猫の顔があった。

 その顔は花火の光の色に染まって次々と変わり、普段とは違った雰囲気を醸し出している。


「……じ~っ」


「どうした?」


 ジッと見つめてくる家猫にそう問いかける。

 すると、美奈は何事もなかったかのように再び花火を見始めるのだった。

 ……何がしたかったのだろうか?


 しばらくして花火も終わりに差し掛かり、どんどん華やかになっていく。

 そして最後に空を埋め尽くすほど盛大に花が咲くと、花火大会は終わりを告げた。


「……終ったな」


「ん」


 周りが続々と帰り始める中、俺達はもうしばらくそのままの体勢でいる。

 わざわざ人ごみの中に紛れて帰る必要もないし、何より面倒くさい。

 ついでに膝の上の家猫もまだ降りるつもりはない様である。と言うか、手を離せ。


「誠司」


 美奈は唐突に俺に話しかけてくる。

 相変わらず抑揚の乏しい声である。


「何だ?」


 俺は美奈のほうを見やる。

 今度は月明かりに照らされて、その顔は白く光っている。


「来年も来る」


「……そうだな」


 俺は美奈の質問に適当に答える。

 ……どうせ、適当に答えたところで毎年変わらないしな。



 さてと、そろそろ集合場所に向かうとしようか。





 まずはいつもどおりの誠司と美奈。

 縁日の射的にやたらと金をつぎ込む奴って居たよね。

 あと、わたあめを買って食べてると途中で飽きるのもよくあることだと思う。

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