第9話 カードの価値、己が価値
突如地面から現れた謎の巨大生物。Dr.Jの体はこの巨大生物に飲み込まれてしまった。
そばにいた弟二人は状況を理解する間もなく衝撃で吹き飛ばされてしまう。
陥没した地面から這い出た、国家をも揺るがす呪い。その悍ましい威容を、廃工場の崩れた天井から、静かに見下ろす影があった。
「これが尻穴獄蟲〈アナルデスワーム〉・・・」
変装を捨て去った真の姿、アス・アスカが遠巻きにその巨躯を眺める。
その瞳には、恐怖など微塵もなかった。
あるのは、極上の玩具を手に入れた子供のような、純粋で邪悪な歓喜だけだ。
「さて、この化け物を回収する前に、どれほどの力か、見せてもらおうか。」
吹き飛ばされたオ・ネットは瓦礫の底で辛うじて目を開けた。
「な、なにが起きたんだ・・・」
巨獣が出現した際の凄ましき衝撃波により、再び遠くへと吹き飛ばされたオ・ネットは、辛うじて意識を保っている。
胸の風穴からは再び鮮血が滲み出ていた。
彼は朦朧とする視界の中で、必死に相棒の姿を探す。
「おい、盛助・・・」
相方の名を呼ぶが、今回はヘラヘラした返事は返ってこなかった。
盛助は瓦礫に突っ込んだまま、ひっくり返って情けなく気絶している。
彼の『よわオスのオーラ』すらも完全に消失し、廃工場はただ生々しい死の気配に支配されていた。
(俺もこれ以上動くのは無理だ・・・)
自らの限界を悟り、オ・ネットもまた、深い闇の底へと意識を失った。
完全に孤立無援となった戦場で、たった一人、眼鏡の位置を静かに直す黒衣の助手、Mr.MSだけが取り残されていた。
「なんですか、この化物は」
Mr.MSの目の前で、巨大な尻穴獄蟲が悍ましく蠢いている。
尻穴獄蟲の体からは粘り気のあるヌメヌメした液体が絶え間なく垂れ落ち、コンクリートの床をドロドロに溶かしていく。
さらに、先端の口にあたる部分はグッポグッポと周囲の空気ごと何もかも飲み込んでしまいそうな勢いで激しく開閉していた。
ギシャシャシャシャ!!
尻穴獄蟲の鳴き声なのか、それとも巨大な巨躯が擦れ合う音が廃工場に響き渡る。
「やれやれ、俺が戦わないといけない・・・というわけですか」
Mr.MSはため息混じりに新しいカードパックをその場で剥き、鋭い手つきで引いたカードを尻穴獄蟲に向けて飛ばす。
だが、カードは尻穴獄蟲の頑強な体に当たっては、何のダメージも与えられずにパチンと弾かれるだけであった。
Mr.MSの存在に気付いた尻穴獄蟲は、そのおぞましい口穴を限界まで広げ、獲物を飲み込まんと襲い掛かる。
グッポグッポッ!!
凄まじい吸引力とともに、いとも簡単に飲み込まれてしまうMr.MS。
「呆気ないもんだ」
遠巻きに戦況を眺めていたアス・アスカはつまらなそうにつぶやく。
だが、そのあと目の前で起きたことに少し驚き認識を改める。
「いや、あいつの力だけは未知数だったな。その力もここから見学するとしよう」
ニヤリと笑って傍観を続ける。
「サイドを1枚取られてしまいましたね」
Mr.MSは衣服の汚れを軽く払いながら、冷静に呟く。
アス・アスカが驚いた理由、それは飲み込まれたはずののMr.MSが何事もなかったかのように全く別の場所から平然と姿を現したからであった。
Mr.MSはまたしても新しいパックからカードを取り出して飛ばすが、やはり尻穴獄蟲の皮膚を掠めるだけで、全く効かない。
「やはり、RR程度ではなんともありませんか・・・」
Mr.MSは眉をひそめると、手元で更に複数のカードパックをガサガサと音を立てて剥いていく。
「ではSR・・・いや、SARならば、どうでしょう・・・ね!」
Mr.MSは指先に挟んだ、一際まばゆい光を放つカードを強烈なスナップで飛ばす。
スパッ!!
鋭い真空の刃と化したカードが、ついに尻穴獄蟲の肉体を切り裂き、一筋の切り傷が入る。
グポォォォオオオオオオオ!!
激痛に悶える巨大生物の口が激しく開閉する。
その音が凄まじい地響きとなって轟いた。
傷つき完全に荒ぶった尻穴獄蟲はその突進速度を爆発的に増し、暴風のごとき勢いでまたもMr.MSに襲い掛かる。
「効いているようですが・・・SARでもこの程度しか傷つけられませんか」
冷静に分析しているうちに、Mr.MSは再び巨大な口にパックリと飲み込まれた。
「うおッ!!センタリング良しッ!白かけなしッ!初期傷なしッ!これはガチたけぇぞ!!」
またも喰われたはずのMr.MSは、再び別の場所から何事もなく姿を現した。
しかし、今の彼は目の前の化け物を見ていない。新しく剥いたパックから出た、神がかったクオリティのレアカードを凝視しながら、狂喜乱舞して興奮している。
「はぁ、でもよぉ~使いたくねェ~!!このカードはよォ!!」
Mr.MSの顔がこれまでになく苦悶に歪んだ。今引いたこのカードを武器として消費することに猛烈なストップをかける。
「後で回収すればいいか?いいや傷がついたら価値が落ちる……でもよぉ!!このヤバい状況、使うしかねぇよなァ~?」
「あ~いや、ぜってぇとっといた方がいいって!!鑑定に出せば化けるぞこれ!!」
何やら一人で激しい葛藤を展開し、頭を抱えてのたうち回るMr.MS。
だが巨大生物は待ってはくれない。また飲み込もうとグッポグッポと迫りくる。
「ウォォォオオオオオ!!」
Mr.MSは天を仰いで絶決した。
そして、すべての未練を力任せに吹き飛ばした様子で、いつもの調子へと戻る。
「Jさん、後でこのカードの分、きっちり請求させていただきますよ」
MSは冷たく言い放つと、懐から取り出した、これまでとは次元の違う一段と神聖な煌めきを放つ最高峰のカードを指の間に構えた。その表面は、アクリルケースの中で完璧な美しさを保っている。
「MUR・PSA10!!」
シュゥゥゥゥンッッッ!!!
Mr.MSの手から放たれたその至高の一枚が、世界の法をも切り裂くような黄金の奇跡の軌跡を描き、尻穴獄蟲へと真っ直ぐに突き刺さる――!




