第3話 想定外のテスト配信っ! ▼第1階層|《迷いの通廊》▼
俺がKARU改めかおる子に誘われてから3日後。
業務委託契約書に署名し、本日をもって『STELLA |Innovations』の一員となった。
「どう? 準備はいい?」
隣を歩いているかおる子が言った。
俺は今、渋谷駅近くにある『Dターミナルセンター』のロビーにいる。
受付の前を通り過ぎ、その先の長い通路を歩いていると左手に透明のガラス窓が現れ、中の広大な部屋の壁際に転送ポッドが複数設置されているのが見えた。
「今更、準備ができてないとは言えませんよ……」
「ま、そりゃそうよね、愚問だったわ」
この転送ポッドが設置されている部屋の名称は『リンクブリッジ』。
ここからダンジョンの各フロアへ移動が可能となっている。
つまりダンジョン攻略のゲートロビーのような部屋だ。
「今日はテストだから、第1階層を軽く流してくれる? 悠真くんなら心配ないと思うけど、モンスターには十分気を付けて」
「わかりました。他に何か試しておくこととかありますか?」
「そうね、一応アバターの動作テストも兼ねてるから、なるべく動きを大きくしてちょうだい。確認用に動画も撮ってるから」
俺はひとしきり注意事項を確認すると、一番隅にある転送ポッドの開閉ボタンを押した。
プシューという音とともに半透明の扉がスライドする。
中はエレベーターのような広さで、一度に5~6人なら入れる仕様だ。
「それじゃ、行ってきます」
「何かあったら無線で連絡するわ。楽しんできて」
俺は笑顔のかおる子から見送りを受け、ダンジョンの第1階層へ潜っていった。
▽▲▽ 第1階層|《迷いの通廊》 ▼△▼
―ミスティック・パッセージ―
ポッドの扉が開くと、既視感のある風景が目の前に現れる。
ダンジョンと言えばこれ、というような石造りの通路だ。
幅や天井までは5~6mほどあり、多少のモンスターが現れても狭さは感じないだろう。
「さてと、とりあえずこの階層のボスまで行ってみようか」
俺は手首や足首をくるくると回し、ついでに身体の各所に付いているマーカーの装着具合を確認する。
首に付けた変声デバイスも含め、装備に問題はなさそうだ。
「あ、忘れてた」
俺は片膝をついて、両足に履いているブーツのスイッチを押した。
社長曰く、これは秘密兵器の『ダッシュブーツ』。
足に力を入れることで、ブーツが筋力や掛かる圧力を計算、強力な極小スプリングにより爆発的な移動力を生み出すらしい。
まぁこれも未登録アイテムのため違法のようだが。
俺は試しにかかとに力を入れてみた。
そのまま軽く垂直飛びをする。
──ゴッ
「痛えっ!」
気付けば俺の頭は天井にぶつかっていた。
6m近くある天井まで一瞬で飛び上がったようだ。
「ふぅ、なんちゅーもんを作ってるんだこの会社は……」
「凄いでしょ? 開発チームの一押しだからねそれ」
突然無線の声が耳に入ってきた。
「社長、見てたんですか」
「あなたの後ろを飛んでるドローンからの映像を見てるわ。それよりも言葉遣い、気を付けてよ? あなたは『天乃瀬ルミナ』なんだから」
すっかり忘れていた。
ダンジョン配信中は美少女になり切らないと、速攻バレてお縄になりかねない。
「はぁい! 今からちゃんとやるってば!」
「そうそう、その意気よ。それじゃ録画を開始するわよ。よーい、スタート!」
耳元でピコッと音が鳴った。
俺はダッシュブーツの感触を試しながら、ゆっくりと、そして次第にスピードを出してダンジョンを奥へ進んでいった。
「わっ、わっ、ちょっと速すぎる……かな?」
俺はダッシュブーツの性能を確かめるためにあえて速く走っているが、どんなに性能を引き出そうとしても底が見えない。
これ以上は止まれなくなると思い、少し足を緩めようとしたその時、遥か前方にゴブリンの姿を見つけた。
「あ、見て見て! ダンジョン配信初のモンスターがいたよぉ!」
俺は架空のリスナーを想像しながら、彼らに話しかけるよう呟いた。
しかし移動速度が速すぎたのか、気付けばゴブリンはもう目の前にいた。
「わ、やばっ!」
――ドゴッ! ズザザザァァァ
俺は前傾姿勢でゴブリンに追突し、そのまま床を滑って止まった。
ゴブリンは壁と床に激突しながら勢いよく転がり、やがて塵となって消えていった。
「あちゃぁ、最初の1匹目は体当たりで倒しちゃった……」
俺は舌をペロッと出すと、気を取り直して先へ進むことにした。
その後、何匹かモンスターを倒しつつ、すごいスピードでダンジョンを駆け巡る。
この第1階層がなぜ『迷いの通廊』と呼ばれているのか、その分岐点まできて、俺はようやくその足を止めた。
目の前には北、東、西と3方向へ道が分岐している。
「ここからが大変なんだよね、迷ったら出れなくなっちゃうから……」
この第1階層は、ここから壁が定期的に移動して複雑な迷路を作り上げている。
過去、Ytuberが迷子になり救助されている動画を何度も見てきた。
でも実は壁の動きには法則性がある──兄からのレクチャーで俺はそのパターンを熟知していた。
「兄貴がここを通る動画を何度も見てきたからね、お茶の子さいさいっと……」
俺は壁に刻まれた細かな摩耗を確認しながら、複雑な廻廊を縦横無尽に移動していく。
ダッシュブーツに慣れてきたおかげか、地面を蹴り、壁を蹴り、まさに宙を飛んでいるような疾走感だ。
「あ、ガルムを発見、全部で3匹かな? 排除します」
そう言って宙でくるっと体をひねりながら剣を振る。
ガルムは犬型のモンスターで、よくボス敵の手前で番犬として配置されていることが多い。
――ザシュッ
1匹目を薙ぎ払うとそのまま壁を蹴って2匹目を蹴り飛ばす。
――ゴッ ドガッ!
壁に当たって塵になるのを確認すると、3匹目の吐き出した毒液をかわし、身体を回転させながら軽く切り刻んだ。
――ザシュシュシュシュ
思いのほか奇麗に決まった。
ダッシュブーツの扱いにも慣れてきたのか、思い通りの動きができるようになってきた実感がある。
「よし、着いた!」
俺の目の前に、ここまでの回廊とは異質な幅広い空間が広がっていた。
体育館ほどの広さだろうか、奥には粉塵が巻き起こる中、2m以上あるモンスターが1匹、闊歩している。
ここが第1階層のラスボス部屋だ。
「あれ、おかしいな……ストーンビーストは侵入者がいて初めて石から実体化するもんなんだけど……まぁいっか」
俺は少し疑問に思いながらもまっすぐにストーンビーストに近づき、渾身の力で剣を叩きつけた。
──ガキィンッ
「あ……」
そのまま壁際まで滑って止まると、改めて剣を見てみる。
「うそ……刃、こぼれちゃった」
目の前の巨体──ストーンビーストの頭部は、かすり傷ひとつない。
石造りの身体に、ただの金属の刃が通じるはずもなかった。
「やっべ、どうするかな」
怒ったストーンビーストが長い尻尾を俺に向けて振り下ろしてくる。
ギリギリで飛び退き、瓦礫の上に滑り込むようにして着地すると、背後で尻尾が地面を抉り、土煙が爆ぜた。
──ドゴォッ!
「動きはノロいのに、パワーは一流なんだよなぁ」
振り返ったストーンビーストの身体をよく見てみると、胸のあたりにうっすら薄紅色の塊が見えた。
そういえば胸のコアが弱点とか聞いたことがあるな、すっかり忘れていた。
俺は次の攻撃モーションに入られる前に、右足で地面を蹴り、一気に奴の胸部──その内側へ滑り込んだ。
「こっ、こっ、だぁぁぁ!」
手に持った刃こぼれした剣の切っ先を、薄紅色をした塊へ突き刺す。
思いのほか抵抗はなく、飴細工のようにその塊が破片をまき散らしながら粉々に砕け散った。
──カシャァァァンッ!
その瞬間に動きを止めるストーンビースト。
辺りに粉塵が巻き上がる中、ストーンビーストはさらさらと塵になって消えていった。
「ふぅ、テストはここまでかな?」
「上出来ね、よくやったわ、悠真くん」
耳元からかおる子の声が聞こえてきた。
「ダッシュブーツもだいぶ使いこなしてきたようだし、動きについては文句ないわ。3Dアバターの表示も問題なし。テスト動画としては上々よ」
「それならよかった。俺も少し自信が付きましたよ」
「でも口調だけはなんとかしてちょうだい。時々素に戻ってる時があったわよ?」
「あ……」
確かに、ストーンビーストと戦っている最中は何も意識できていなかった。
「たった今、Ytubeのテスト用チャンネルに録画した動画を《《非公開》》でアップしたわ。自分でも見て対策を考えてね。それじゃ戻っていいわよ。お疲れ様」
こうして初のダンジョン配信テストは問題なく終了した。
俺も何度も予習してきた第1階層だったとはいえ、モンスターを問題なく倒せることに手ごたえを感じていた。
しかしこのテストの翌日から、世間ではじわじわとある噂が流れ始めていった。
俺もかおる子も気付いていなかった。
名前も知らないデビュー前のVtuberによる、ダンジョン配信テスト動画が《《公開》》されていたことに。




