「テンペイ様、王城でお呼ばれ?〜なんか、魔物さん達がケンカしてる〜」
王都での生活にも少しずつ慣れてきたテンペイ様。
しかし今日は、あの“弟君”からの正式な呼び出しが――。
笑顔の裏に何を隠すのか、謎めいた策士との初対面。
そして持ちかけられたのは、なんだか“ケンカ中”らしい魔物たちの調停。
どうぞ、ゆっくり読んでいってください。
朝の迎賓館。
静かな廊下を足音が近づき、
食堂の扉がノックされた。
入ってきたのは、王室の紋章入りの
封筒を持った使者だった。
「殿下からの正式な召喚状です」
レオネルが封筒を受け取り、眉をひそめる。
「……テンペイ、
くれぐれも不用意に口を開くな」
「え〜? お菓子とか出るかな〜」
スライムが“ぷるんっ”と揺れる。
どうやら本人は、いつも通りだった。
王城の謁見室――
高い天井から光が差し込み、
磨かれた床に影を落としている。
その中央に立つ弟君は、
優しい笑みを浮かべながらも、
目の奥は計算高く光っていた。
「ようこそ、テンペイ殿。
王都での暮らしは、いかがですか」
軽い世間話の中で、弟君はさりげなく
昨日の市場や花の噂に触れる。
そしてふと、声の調子を落とした。
「実は――王都近くの山で、
二種の魔物が縄張り争いをしておりましてな。」
「商隊が通る道が危険になり、
このままでは物資に影響が出るでしょう。」
「……できれば、武力ではなく
穏便に収めたいのです」
レオネルは即座に断ろうとしたが、
テンペイは笑って首をかしげた。
「話すだけならいいよ〜。
魔物さん達も、きっと疲れてるだろうし〜」
弟君の瞳が、ほんの少しだけ細められた。
山道――
木漏れ日が差し込み、
風が運ぶ草木の匂いが鼻をくすぐる中、
風に揺れる枝葉が
足元の影をゆらゆらと形を変えていく。
テンペイとスライムはゆったりと歩いていた。
護衛たちは一定の距離を保ちながら後方に控え、
周囲を警戒している。
細い獣道には落ち葉が厚く積もり、
足元でかさりと音を立てる。
遠くでは鳥の声が澄んだ空気にこだましていた。
やがて、近くに魔物の気配が漂う。
しかし――誰一人として襲いかかってこない。
むしろ、こちらを遠巻きに見ては、
静かに背を向けて立ち去っていく。
(……やっぱり妙だな)
護衛の一人が、小さくそう呟いた。
後方の護衛たちは、
テンペイの周囲だけ空気の密度が
違うように感じていた。
魔物の気配がありながら、
まるで見えない境界線が
張られているかのように近寄らない――
そんな現象を、
彼らは初めて目にしていた。
やがて、視界がぱっと開けた岩場に出る。
そこでは、大型の獣型魔物と、
翼を大きく広げた飛行魔物が、
鋭い視線をぶつけ合っていた。
低く唸る声が空気を震わせ、
地面は一歩ごとにわずかに揺れる。
獣型魔物の荒い息づかいが、
熱を帯びて岩肌を撫でる。
飛行魔物の羽ばたきが、
乾いた風を巻き起こす。
二つの気配がぶつかり合い、
岩場の空気は
刃物のように張り詰めていた。
「わ〜……ケンカすると疲れるよ〜」
テンペイはふわりと笑い、
ポケットから干し果物を取り出す。
そして、両方の魔物に向けて、
同じ距離でそっと差し出した。
甘い香りがふわりと広がり、
硬かった空気が少しずつほどけていった。
「これ、甘くておいしいよ〜。
食べながら休もう〜」
魔物たちは一瞬だけ身を固くしたが、
やがて干し果物の香りに引き寄せられ、
そっと口に運んだ。
一口かじった途端、険しかった瞳が
わずかにゆるみ、耳の先が小さく震える。
次の瞬間、睨み合っていた視線がふっと外れ、
互いにゆっくりと距離を取った。
スライムが“ぷるんっ”と揺れながら
二匹の間を通り抜け、その場の空気は
やわらかくほどけていった。
「これで、商隊さんも通れるね〜」
テンペイが笑う横で、護衛の一人が呆然と呟く。
「……あれで本当に終わった……」
レオネルは深くため息をつきながら、
弟君への報告がややこしくなる未来を
想像していた。
王城の塔の一室ーー
弟君は部下の報告を受けながら、
口元にわずかな笑みを浮かべる。
「……やはり、特別な存在だ。
この先の駒として――いや、
それ以上になり得る」
その声には、静かな興奮が混じっていた。
テンペイ様は今日も戦いませんでした。
ただ、干し果物を渡して
「食べながら休もう〜」と言っただけ。
それでも、険しい魔物同士の争いは終わり、
道は安全になりました。
本人はお菓子の心配をしていただけですが……
その行動が王都に新たな噂を広げていきます。
次回――
弟君が次に仕掛けるのは、
より近くでテンペイ様を試す“別の課題”。
静かに、しかし確実に、
王都の空気は変わっていきます。




