帽子屋さんの主食は甘いもの
本日二度目の同じ諦念を感じながら、フォークを止めない帽子屋を一瞥する。
「帽子屋さん。そんなに食べて大丈夫?」
晩御飯が入らないんじゃあ、と続けようとしたがその前に眠りネズミが、
「これが帽子屋の主食みたいなものだから」と答えた。
「それより、お前。
いつまでそれ、被ってるつもりだ?」
帽子屋はフォークで、アリスの頭部を差した。
「あ~、忘れてた」
帽子屋の機嫌取りで、それどころではなかったアリスは、そっと頭から花冠を外し、初めてちゃんと視界に入れた。
「うわぁ、今初めてちゃんと見たけど、凄く綺麗!」
白詰め草で編みこまれたそれは、中央に赤とピンクの2輪のバラがポイントされていて、可愛らしい花冠であった。
「まぁ、チェシャは女性を喜ばせるのが上手いからな」
眠りネズミも感心した様子で、幾度か頷く。
「大きな皿に水張ってやるから、そこにでも浮かしておけば、しばらくは持つ」
ソファーから腰を浮かせた眠りネズミはキッチンへと向かい、アリスもその背を追いかけ、キッチンカウンターの上にその花冠を飾った。
「おいおい、帽子屋。
ほんとに晩飯食わないつもりか?」
3つ目のケーキに手を出す帽子屋を見て、眠りネズミは呆れながら尋ねると、帽子屋はフォークを3つ目のケーキに刺す前に手を引いた。
「そうだな。明日に取っておくか」
どうやら不機嫌も大分収まった帽子屋が、意外とあっさりケーキから手を引いたのを見て、アリスは少し目を瞬かせた後、ソファーにゆっくりと腰を降ろした。
「そう言えば、この家って帽子屋さんの家じゃないの?」
「あ? ああ、一応俺の家だが、今はコイツと住んでる」
帽子屋は親指で、彼の隣へ腰掛けた眠りネズミを差した。
「三月ウサギさんは?」
「アイツは城の近くに、自分の家を持ってる。
コイツも自分の家はあるんだが……」
「まぁ、俺一人だとずっと寝てるから、いつか死ぬって帽子屋が心配してなぁ。
こうして住まわせてもらってるわけ、だ」
帽子屋が横目で眠りネズミを見やり、言葉を繋げた眠りネズミは情けなさそうに笑った。
「まぁ、三月ウサギはそのまま家に帰るだろうよ」
アリスの考えを読んだように帽子屋が付け足す。
「そっか~。残念」
「アリスちゃんは三月ウサギのこと、気に入ってるみたいだなぁ?」
眠りネズミはカップを手に取り、傾かせながら問うた。
「うん、可愛いし」
「そうかそうか」
互いに微笑んだ2人に、帽子屋はふん、と鼻で笑いながら紅茶を飲んだ。
そしてカップを置いた瞬間、何かに気が付いたように目を伏せた。
「眠りネズミ。ちょっと用が出来た」
途端、立ち上がり、黒ズボンのポケットから、金色の懐中時計を取り出しすと、開いてちらりと見る彼。
眠りネズミは欠伸をしながら「はいよ~」と手をヒラヒラ振る。
「どうしたの? 用って?」
「ああ、長~いトイレに行くんだと」
「お前、いつか殺してやる」
眠りネズミの冗談に帽子屋は彼を一睨みして、早歩きで部屋を立ち去った。
「まぁ、帽子屋は陛下のお気に入りの一人だから、呼び出されることが多いんだ。
さて、アリス。一番風呂浴びるか?」