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終焉へと動き出す

 



 チェシャ猫の第一声から、皆は言葉を失っていた。

 長細い円卓を囲む帽子屋と眠りネズミを除く、不思議の国の管理を任されている全員。

 その全員の唖然とする様子を、長は楽しそうに眺めている。



「今、何を……」



 公爵夫人は、大きな瞳が零れおちてしまいようなくらい大きく開いて、呟いた。

 その声は、ちゃんとチェシャ猫に届いていて、彼は首を傾げる。



「おや? 聞こえませんでしたかぁ?

 近々、不思議の国を消滅させるとの長の意向に沿って、一刻も早く住人達の昇華をお願いしたい。との話です」



 長の指名に嫌々進行をしたにしては、長同様、皆の反応を楽しんでいるようなチェシャ猫。



「何故、そんな急に……?」



 フロッグの声である。

 今、誰もが同じ心境なのだろう。

 皆、一様に長とチェシャ猫に視線を注いでいた。



「そうですねぇ。

 では長。アナタのことから暴露いたしましょうか?

 当時話題になった、初代剥奪者と管理局の繋がり、をね」










「私たちは一足先に、この国を後にしようか」



 玉座に座る王が、隣の女王へと言った。



「そうですわね。城に仕えていたトランプをはじめ、全員昇華しましたし、後は若い管理人に任せて、私たちは管理局で報告書作成に勤しむとしましょう」



 女王が、先に立ちあがった。

 彼女は後ろの大きな嵌め殺しの窓から、不思議の国を見下ろす。

 天気が快晴。今日はパレードを行わないのか、街は賑わっているものの、いつもの忙しい雰囲気はない。



「少しだけ、ですが……寂しいものですね。

 私たちは、当にそんな感情は忘れていたと思っていましたが……」



 女王の切なそうな声色の王に立ち上がって、その隣で街を見下ろした。



「そうだな。もう随分とこの国を見守ってきたからな。

 後は彼らに任せるとしよう。心配せずとも、この物語の主役たちが幕を閉じてくれる」


「ええ。最後に挨拶を出来なくて残念ですわ」



 項垂れた女王に王は、慰めるようにそっと肩に手を置いた。



「行こうか」



 王は一つ頷き、応えるように女王も頷く。

 2人は視界に不思議の国を捕らえたまま、一瞬にしてその場から消え去った。


 ―――彼らに幸運があらんことを……











 嘘のように、平穏な時間が流れて行く。

 その平穏さはおそらく、嵐の予兆なのだろう。

 気のせいなんかじゃない。予感なんて、生ぬるいものじゃない。

 それは確信であった。


 アリスはふと、天井を見上げた。

 あれから家に帰ってきて、いつものソファーでだらだらしている始末。

 やっぱり、何もすることがないのだ。


 片手にはアリスのお茶会の時に撮った皆との写真。

 もう一度、お茶会をしたい。

 胸の中で淡い期待を散らせてみるが、それはあまりにも儚く消え去って行く。


 私は一体、どうなるのだろう?

 この不思議の国で消えるまで、放置されるのか?

 長の手で、もしくは管理人の誰かの手で葬られるのだろうか?


 幾度も予想してみるが、結局は理不尽さに泣きたくなってくる。

 初代剥奪者。否、長。

 彼は何がしたくて、名前を持て遊ぶようなことを始めたのだろう?


 長が作り上げた世界。

 偶発的に生まれたと言われた、この不思議の国の誕生のキッカケも結局は、初代剥奪者が奪った名前をなくした魂たちであり、現実世界も、もしかしたら私たちの知らない世界だって長の手の平の上なのかもしれない。

 ただ、彼の暇つぶしとして選ばれたのが、この不思議の国。

 生まれてくる筈はなかった世界。


 諦念が心を蝕んで行く。

 けれど、私は諦めるわけにはいかない。

 帽子屋と眠りネズミの言葉がアリスの支えになっていた。

 2人も何かしらの業を負って、今まさに悩んでいるのかもしれない。

 それでも2人は自分を励まし、支えになってくれている。

 それがアリスにとってあまりにも温かくて、苦しいものであった。


 帽子屋は今、キッチンに立っている。

 眠りネズミはウッドデッキで眠たそうにしながら、日向ぼっこだ。

 緊張感を感じさせない、いつもと変わらない2人。

 アリスはキッチンに立って、夕食の準備をする帽子屋を手伝うことにした。

 いつまで彼らの隣にいられるのか分からない。

 自分の安否よりもまずその気持ちが先立っていた。







 ウッドデッキの椅子に座り、空を眺めている。

 いつもと同じ快晴、雲一つない。

 演技混じりの欠伸も、誰もいない場所じゃする必要もない。

 眠りネズミはため息を一つ、漏らす。

 昨日のことを思い返していた。

 初代剥奪者であり、長であるあの男。

 人は彼を神と呼ぶらしいが、その男の下で、人として死んだ後に働かされている自分がおかしく思えていた。


 10年前のあの日。

 長に呼び出された日のことは、鮮明に頭に張り付いて離れない。

 そして今は2階にいるのだろう、三月ウサギの笑顔。

 自分を慕ってくれる彼女の気持ちに、応えられない自分への憤りと悲しみ。

 それでも自分の業と目的のために、今はそれだけを見つめて行かなければいけない。



「まったく……バカな男だな」



 自分自身に嘲るように言う。

 友人である帽子屋もバカな男だとは思うが、自分も負けず劣らずだ、と苦笑する。

 後ろでは、帽子屋の手伝いを買ってでたアリスと彼が言い合いをしながら、夕食を作っているようだ。

 まったく、仲がいい。

 皆が笑って暮らせる日々が続けば、どれだけいいだろう。

 業も全て捨て去って、彼女が言ったように楽しくおかしく過ごせたら……

 ふと、短い髪を撫でる風に違和感を覚えた。



「これは……」



 生ぬるい、湿気を帯びた風。

 不思議の国が、変わり始めている。

 思わず椅子から立ち上がったが、ふと目に飛び込んできた2人。

 どうせ、皆知っていることだ。

 別にこんなちょっとした変化を言う必要はないか。


 ものすごい険相で言い合いをしている帽子屋からして、あれは喧嘩しているな、とすぐに察しがつく。

 全く、何年生きてアリス相手に喧嘩しているのか。

 友人の気の短さを思い出して失笑しながらリビングへと入って行った。






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