初デート?
そこから眺める街は、宝石を散りばめた宝箱のように輝いている。
「凄く綺麗!」
在り来たりな感動の台詞を無邪気に輝かせた表情で呟き、長い間街を眺めるアリスを帽子屋は見守っていたが、ふと冷たい風が吹いたのを感じて、彼女を促す。
「ここの風は冷たい。さっさと入るぞ」
「あっ、うん」
知る人ぞ知る、という代名詞が似つかわしい隠れ家的な店の中も清潔で高級な雰囲気を醸し出したレストランであった。
高そうな店。
それがアリスの印象で、帽子屋を一瞥したが、ふと眠りネズミの言葉を思い出す。
―――帽子屋さんはお金持ちだから
嘘ではないのだろうが、迷惑ではないか?
今さらそんな考えがアリスの頭によぎった。
「ねぇ、ここって……」
「あ?」
唐突に声色を変えて話し出した彼女に対して、訝し気に帽子屋が返答する。
それに対して、アリスは更に不自然に言葉を詰まらせた。
「えっと……高いんじゃないの?」
遠慮気に俯いて、呟いたアリスを帽子屋は鼻で笑った。
「何今さら遠慮してんだか・……
気を使うなんて100年早いんだよ、お子様が」
「なっ!」
笑われたアリスは言い返そうとするが、そこにウエイターが来て、席へと案内しだしたものだから、そのタイミングを逃してしまう。
席へと静かに着いて、渡されたメニュー越しにちらりと帽子屋を一瞥すると、再び彼は眉を寄せてメニューから目を離し、アリスを見た。
「だから、遠慮する必要ねぇんだよ。
初デートで緊張してるガキか、お前は……」
「な、な……」
初デート。その言葉にアリスは分かりやすく赤面した。
分かりやす過ぎる彼女に、帽子屋は吹き出しそうになりながら、彼女の頭を撫でる。
「お前の迷惑なんて今、始まったことじゃあねぇだろ。存分に甘えておけ」
言葉の選び方は相変わらずの帽子屋だったが、その声色がいつもより優しいものだろ気が付いたアリスは、恥ずかしさを隠すために口を尖らせて、目を伏せた。
しばらくしてメニューを閉じた帽子屋にアリスはずっと悩み続けているのを見て、一つため息をついた。
「田舎もんか、お前は」
「だって……」
見慣れない名前の食べ物が並ぶメニューにアリスは苦戦していた様子で帽子屋は彼女のメニューを取り上げると、傍で控えていたウエイターを呼ぶ。
彼のオーダーはあまりにも簡潔であった。
「いつもので」
「畏まりました」
「は?」
最後は間抜けたアリスの声でテンポ良く3拍子に続く。
「お前な……」
「だって、いつものって……
あんまり外食しないんじゃなかったの!?」
「しない、とは言ったが……
ここには無理やり連れてこられるんだ」
「誰に?」
「俺の周りには面倒くさいヤツだらけだからな」
「答えになってないよ」
帽子屋はため息とともに、水の入ったグラスを仰ぎ、沈黙に困ったアリスもそれに倣った。
しばらくして、前菜が運ばれてきた。
「お前、最初に言っておくが……
俺は帽子屋だ」
「はい?」
今らさなんだ、という風に首を傾げたアリス。
「最後まで聞け。
俺の存在は、結構な確率でこの国の住人が知っている。
だから……」
「だから?」
「上品に食えよ」
家での自分の食べっぷりを思い返したアリスは、反駁の言葉が思いつかずに、渋々頷いた。
ゆっくりとフォークとナイフで前菜を食べ進めて行く。
ちらり、とばれないように盗み見した帽子屋は慣れた手つきで、食を勧めていた。
「ねぇ」
「ん?」
「私に食べ方を問うなら、帽子取れば?」
「あ? 俺は帽子屋だぞ?」
「いや、関係ないでしょ?
それに家では被ってないじゃん」
「それはそれ。これはこれ、だ」
「ああ、ごめん。指摘した私がバカだった」
短い会話の後、しばらくしてサラダが運ばれてきた。
そしてスープ、パン、魚料理、ソルベと続いて行く。
「なんかゆっくり食べてたら、お腹いっぱいになってきたぁ」
一旦、フォークとナイフを置いてアリスがだらしなく、背凭れに倒れこむ。
「まったく……」
その様子に帽子屋は何も言わなかったが、ナプキンで口を拭くと、自分も手に持っていたものを一旦、置いた。
「お前の家が用意出来たら、どうするんだ?」
唐突に話を振られ、アリスは背凭れから起きあがって、首を傾げた。
「どうするって言われても……
わざわざ用意してくれるんだし、やっぱりそこに住むでしょう?」
「お前、家事とか出来るのか?」
「それは……なんとか」
「ならない」
アリスが言う前に否定され、それでも家事の経験のない彼女は言い返す余地がない。
「まぁ、でも陛下が用意したなら、使用人は付けてくれるだろうが……」
そのタイミングで、メインの肉料理が運ばれてくる。
「それなら助かるけど……
でもね、なんで私ってそんなに待遇がいいの?」
「さぁな」
「ほら、そうやってはぐらかす」
「アリスだからじゃあないのか?」
「だから、なんで私がアリスなのかって……もういいや」
彼女が知る限り、答えたくないことはいくら食い下がってもはぐらかされる。
それも多分、設定なのだ。
「さっさと食え。
お前が生きてる内に、何度かしか食えない、高級料理が前にあるんだ」
メイン料理に手を付け出した帽子屋がアリスに促す。
「生きてるとは言えないけどね」
嫌みを嫌みで返した彼女は、ゆっくりとメイン料理を堪能し始めた。
フルコースを存分に味わったアリスは幸せのため息を吐き出す。
「美味しかったぁ」
「当たり前だ。俺が選んだものに、間違いはない」
「何、その自信」
ナプキンで丁寧に口を拭く帽子屋の言葉にアリスが思わずツッコミを入れ、水の入ったグラスを呷った。
「だって、ここは帽子屋サンが一時期、働いてた店ですもんねぇ」
「え?そうなの!?
ていうか、チェシャ猫!?」
アリスの後ろからした声とチェシャ猫の存在に、驚いた彼女は思わず声を上げてしまい、周り客の注目を一気に集める。
「死ね」
帽子屋は今にもブチ切れそうになりながら、漸くその一言を呟いた。
「なんでこんな所に……」
アリスは後ろへ振り返り尋ねる。
「え? 私も混ぜてほしいなぁと」
「いいから、今すぐ帰れ」
「いつもですが~、アリス君。
帽子屋サンは私に冷たいんですよ~」
アリスの後ろにいたチェシャ猫はアリスの隣へと来ると、作った悲しそうな声色でそう彼女に訴えた。
「ああ! それとも’’初デート’’のお邪魔でしたかぁ?」
ニタリと笑ったチェシャ猫にブチ切れた帽子屋。赤面するアリス。
「お前、どこから聞いてた……?
それ以上減らず口叩くと、3枚に卸すぞ」
遂に立ち上がった帽子屋に、チェシャ猫は肩を竦めた。
「おやおや、沸点が低いのは相変わらずのようで……
あまりにお二人の仲がよろしいものですから、思わず嫉妬して出てきてしまったというのに……
猫さんは寂しいと死んじゃうんですよ?」
「それをいうならウサギだろ。あ?」
「おや? 珍しいですねぇ。帽子屋サンが私にツッコミを入れてくれるなんて……
まぁ、本当にお邪魔みたいですし、野良猫は退散しますかぁ」
「ちょっと待って!」
仕方ない、とため息をついたチェシャ猫にアリスが制止を促し、立ち上がっては彼に近づいた。
「おや?」
「あっ、やっぱり」
そっとチェシャの両耳にかかる長い髪を片方ずつ退けると、右側に銀の十字架のピアスがあった。
「チェシャさんも管理人だったのね」
「ええ、そうですよ。
にしても、アリス君は大胆ですねぇ」
アリスはその時になって、チェシャ猫との距離が普通より近いことに気が付き、慌てて後ろに下がるが、バランスを崩してしまう。
「おっと」
そのアリスの肩を引っ張り、チェシャ猫は抱き締める形で彼女を助け、ゆっくりと彼女を椅子へと勧めた。
その一部始終を納得いかない様子で、見つめていた帽子屋に、チェシャ猫は微笑む。
「まぁ、不可抗力ですよ。帽子屋サン」
「何も言ってないだろうが」
声を低くして、一層眉を寄せる帽子屋。
「にしても、管理人のことまで説明するとは……」
「あの状況を見られて、他にどう説明しろと?」
「うちの帽子屋サンはおバカさんですねぇ。沢山あるでしょう?
俺は殺し屋だ、とか。実は死神だ、とか」
「ふざけるのも大概にしろよ。
しかも、さらりと俺をお前の所有物みたいに言ってんじゃあねぇ」
腕を組んで、椅子へと再び腰を降ろした帽子屋は、チェシャ猫を睨む。
「我が儘で困っちゃいますよねぇ? うちの帽子屋サンは……
ねぇ? アリス君?」
「え?」
突然、話を振られてアリスは間抜けた声を出す。
「ああ、もういいからさっさと消えろ。
空気読め。周りの視線が痛いんだ」
「そうですねぇ、仕方ありません。
周りの視線ばかり気にする、器の小さい帽子屋サンのために、私は退散して差し上げます~」
消える直前に言ったチェシャ猫の言葉に、思わず立ち上がって怒鳴りそうになった帽子屋だが、場所と既に消え去ったチェシャ猫を見て、どうにか怒りを鎮めた。
「あいつ……次あったら殺す」
ふつふつと煮えたぎる怒りが収まらない様子の帽子屋はため息を一つ、立ち上がった。
「出るぞ、アリス」
「え? もう?」
「あいつのせいで気分悪くなった。
場所を変える」




