お星様になったのよ
学校が終わってからすぐに妹を迎えに行き、智哉は病院へ向かった。
妹にはなんと説明したらいいのか……少し悩みながら。
夕方の病院は閑散としている。だけど。
なぜだろうか。今朝も感じたが、妙に警備員や警官の姿が多い。
何も悪いことをしていなくても、彼らがウロウロしているだけで妙に落ち着かない。
友永はまだ集中治療室にいるらしい。そこは他の病室と違い、頑丈に守り固められた城のように、厳重な警備が敷かれているように見えた。
病室の前にも制服警官がいる。津田だろうか?
柱にインターフォンが設置されており、智哉がボタンを押そうとした時だった。
「君、何してるの?!」
威圧するような声がして、思わずびくっと震えてしまった。
「あ、あの、知ってる人がここに入院していて……」
「誰?」
病室のすぐ傍に立っていた制服警官は、こちらを見下ろしてジロジロと検分している。
「先輩! 彼は何の問題もありません」
後ろから聞き慣れた声がする。津田だった。
「お見舞いに来たんだろう?」
ほっとした。
はい、と答えるとようやく緊張感から解放された。
それから中に入ると、続けて何だか後ろから、人の言い争う声が聞こえてきた。
何だろう?
振り返って智哉は愕然とした。
実の父が2人の警察官……それもよく顔を知っている……に腕を引っ張られている。
「困るんですよ、こっちだって暇じゃな……」
父はしかし、実の息子と娘の姿を確認すると、急に大人しくなった。
「……パパ!」
絵里香が走り寄って行く。
止めようと思ったが無駄だった。妹はまだ、父親の顔を覚えていたのか。
「智哉……? なんでお前がここに? 学校はどうした?」
智哉は黙っていた。
父は飛びついてくる娘をどうしたものか、迷っている様子だ。抱き上げて欲しそうに見上げている妹を見ていて、智哉はいたたまれなくなった。
「ねぇ、絵里香ちゃん。一緒にこっちへ来てくれる?」
そう言って絵里香を抱き上げたのは、年末に一度だけ見かけた、髪の長い男性。
変質者にさらわれそうになった時、津田と一緒に助けてくれた人だ。絵里香は何の抵抗もなく素直に頷いていた。
少しだけ心痛のタネが取り除かれて、智哉はほっとした。
「では、昨夜のことを詳しく話していただけますか?」
そう言ったのは和泉だった。それからもう1人は、よく友永から話を聞く若い刑事。
名前は【葵】というファーストネームの方しかしらない。
それから父親……渋沢憲明は気まずそうに答えた。
「昨夜、この刑事さんと街でばったり会ったんですよ。息子の知り合いだと仰るので、少し挨拶して……それからすぐに別れました」
「本当ですね?」
「う、嘘なんか……」
「嘘だよ」智哉が言うと父はぎょっとした。「この人、嘘をつく時は必ず耳を触る癖があるんです」
父は慌てて手を耳から離した。
「どうしてこんなことになったんですか?」
「そ、それはこの刑事さんが何かと面倒なことをごちゃごちゃ言ってきて……」
「内容は?」
「本当に父親なら、もっと子供の気持ちを考えてやれとか……そんな話をしてる間に、突然5人組の男に囲まれたんですよ。もしかして、と思いました。最近ニュースになってる事件かなって。そしたらこの刑事さんが、逃げろって僕を突き飛ばして……」
代わりにこんな大怪我を負ったということか。智哉は唇を噛んだ。
「なぜすぐに交番に駆け込むなり、警察に知らせなかったのですか? こちらが話を聞きに行っても、初めは居留守を使いましたね?」
抑揚のない調子で若い刑事が問う。
父は額の汗を拭いながら、
「だ、だって関わり合いになりたくないじゃないですか! あいつらどう見たってチンピラでしたよ。なかにはまだ子供みたいなのもいました……」
一旦そこで言葉を切り、誰に対してともなく弁解するように言う。
「それに、今日は大事な手術があったんですよ?! 今、中国医大から引き抜きの話が来てて、今日のオペを見学してもらって点数を稼ぐはずだったんです!!」
「他の医師に代わられたらいいじゃありませんか」
冗談じゃありませんよ! と、父は叫んだ。
「このチャンスを逃したら、次はいつチャンスが巡ってくるかわからないんです! 安い給料でこきつかわれているんですよ? 少しでもいい条件で働かせてくれるなら、その方がよぽど……! 今年の春に子供も産まれるし、前の妻との養育費の話もまだ決着ついてなくて、だいたい向こうだって再婚するんだから、今さらぐだぐだ言わなくたって……!」
智哉は怒りと情けなさで全身が震えた。頬が熱い。
この人はどこまで、自分のことばかり考えているのだろう?
「……それで、襲われる理由に心当たりは?」
和泉が言った。冷たい眼をしていた。
「あ、あるわけないじゃないですか!」父は即座に否定したが、
「まったくない、と言いきれますか?」
今度は黙り込んでしまった。




