女将です
以前は旅館に刑事がやってくるのは、客の手前、あまり嬉しくないと思っていたが、いつのまにか慣れてしまった。
これでまた客足が遠のくだろうか。
何か事件が起きると、物好きな客がこぞってやってくる。それこそマスコミ関係者も押しかけてきたりして、一時的には忙しくなる。けれど。
面白おかしくネット上や雑誌などを介して、事実に反する噂を広められると、いわゆる風評被害につながる。
せっかく会計士に診てもらって、どうにか立て直しつつあるのに。
すべての努力が無駄になってしまわないだろうか。
それにもう一つ。仲居頭だった朋子が亡くなり、次の担当をどうするか悩んでいたところだった。
美咲もしばらくは来られないというし。
年齢と経験という点で言えば節子しかいないと思っていた。
けれど、専務の松尾はそれに反対した。
彼には人の能力を見極める眼がある。
節子さんは、ただ長くいるだけです。
厳しい言い方だが、確かにそうかもしれないとは思う。
里美は向かいに座る、刑事の2人組を見つめながら、頭の中ではいろいろと他のことを考えていた。
「それで、女将さん……」
はっ、と我に帰る。
「節子さんのことですね? 私よりも古くから働いておられるベテランさんです」
やってきた刑事はこれまた馴染みのコンビである。
いつ見ても不思議な組み合わせというか……和泉の方は、恐らく上司であり先輩であろう刑事に甘えている様子だ。そして相手もそれを決して不快には思っていないようで、むしろ可愛がっているようも見える。
変な人達……。
「どなたか、彼女に恨みを持つような人物に心当たりは?」
里美は首を傾げた。
「節子さんはどちらかと言うと、そんなに目立たない……静かな人でしたから」
するとなぜか和泉は、複雑そうな顔をした。
「……米島朋子さんの追随者だった、と聞きましたが?」
確かに。節子はいつも朋子の後ろをくっついていた。誰かが2人のことを揶揄して『ジャイアンとスネオ』だなとど言っていたらしい。
「和泉さんは、うちの事情もすべてご存知なんですよね?」
横領の件も含めて、という意味で問いかけると、彼は黙って頷く。
「節子さんが、朋子さんと一緒になって……横領を働いていた、とでも?」
里美としては何気ないつもりでそう口にしたのだが、和泉は気まずそうに目を逸らしてしまった。
後悔するぐらいなら、初めから言わなければいいのに。
隣に座っている刑事は苦い顔をしている。
「それは、この際置いておきましょう」
自分で言っておきながら、里美はふと不安を覚えた。もし警察がそのことに注目するとなると、もしかしたら、美咲が疑われるかもしれない。
朋子と節子のせいで、彼女が望まない、意に沿わない結婚をさせられて……その恨みを果たした、などと考えられたりしたら。
「どうか、今の話は、どうか忘れてください!!」
すると和泉は真剣な顔をして、
「ご心配なく。我々は決して、美咲さんを疑ったりしまていません」
本当だろうか?
警察官という人種を、里美はイマイチ信用できないでいた。美咲は彼のことを随分信用しているようだが。
でも。考えてみれば、あの会計士を遣わしてくれたのは目の前にいるこの人だ。
ただ、この刑事がいかに美咲のことを信頼してくれているとしても、果たして私情を挟んだりするものだろうか……。




