どうしたらいいのかな?
今日はいつもより1時間早く授業が終わる日だ。
周は学校が終わると真っ直ぐに病院へ向かった。
ナースステーションに寄って挨拶をすると、
「あら、周君。昨日はありがとうね」茉莉花の母親が声をかけてくる。
彼女と母親の間には知らない事は何もないらしい。
昨日のことを思い出したら、チクリと胸が痛んだ。
あれから結局、一言も交わさないまま、和泉とは別れた。
「……あれから、大丈夫でした?」
「ええ、おかげ様で無事に帰って来たわよ」
適当に返事をしてから、病室に向かう。
ドアをノックし、扉を開けると姉の姿はなかった。
その代わりに思いがけない顔が見えた。
「……由子さん?」
それは昔、父が健在だった頃に通いで来てくれていた家政婦さんだった。そうだ、先日電話をくれたと言っていたっけ。
「まぁ、小さいぼっちゃま……すっかり大きくなられて……」
彼女は賢司のことを『ぼっちゃま』、周のことを『小さなぼっちゃま』と呼んでいた。
兄弟に対し分け隔てなく接してくれた、優しい人だった。
父の悠司が若かった頃からずっと、働いてくれていたそうだ。
家族の事情で仕事を辞めたのは、もう何年も前の話である。
「あれ、賢兄は?」姿が見えない。
「今は検診の最中です。終わるまで待っていて欲しいと仰られたので……」
彼女は周に近づくと、じっと目を見つめてきた。
「何か、ございましたか?」
「何かって、何……?」
由子さんにはかなわない。
子供の頃から、何か少しでも異変があると、隠してもすぐに見抜かれてしまう。
例えば智哉とケンカしたとか、近所の子にからかわれたとか、怖い犬に吠えられただとか、大きなことから些細なことまで、何かあるとすぐに気付かれてしまうのだ。
何かございましたか?
小柄な由子さんは、昔はしゃがんで周と視線を合わせてくれた。
でも今は、周が彼女を見下ろす形になっている。
周は近くにあった椅子を2脚持ってきて並べた。
座るよう勧めて、自分も腰を下ろす。
「……友達と、ケンカっていうか……ちょっと行き違いがあって……」
由子さんは何も言わずに、黙って耳を傾けてくれる。
昔から変わらない。
周はできるだけ詳しく、昨日あったことを話した。
全部話した後に、周は彼女の顔を見た。
どうしたらいいと思う?
無言の内の問いかけに対し、
「……お父様は、何と仰るでしょうね?」
それもやはり昔から全然変わらない。
彼女は決して自分の意見や教育方針を口にしたりしなかった。
いつも父親である悠司の意見を訊きなさい、とそう答えた。
迷うことはなかった。
「友達に、ごめんなさい……って言う」
由子さんは黙って微笑む。
周は携帯電話を取り出した。
電話でもメールでもダメだ。
会って顔を見て、直接言わなければ。
でも、そのためには予め約束をしておかないと。忙しい人なのだ。
そう思って電話をかけてみるが、つながらなかった。
仕方がないので『話したいことがある』とメールをしておく。
でも、返信はなかなか来なかった。
モヤモヤした気分で家に帰ると、姉と猫2匹が出迎えてくれる。
「周君、どうかしたの?」
「……うん、いろいろ」
周は自分の部屋に入って服を着替え、それからリビングへ向かった。
美咲は台所で夕食の支度をしている。
茶トラがかまって、とやってきたので、猫を腕に抱き上げてソファに腰かけた時だ。
ついていたテレビ画面に何気なく目を向けた時、アナウンサーが言った。
『……今朝、流川3丁目の雑居ビル非常階段側で、女性が頭から血を流して倒れているのが発見されました』
またか、と周は思った。
あそこはしょっちゅう事件や事故が起きている。
『亡くなったのは原田節子さん、56歳。現場の状況から……警察は事件と事故、両方の観点で捜査を開始しました……』
そうして映し出された顔写真を見た瞬間、周は思わず「あっ!」と声を挙げてしまった。
「周君?」
美咲が手を拭きながらやってくる。
「ね、姉さん、これ、この人……!!」
え? と怪訝そうにテレビを見た彼女も、驚いた様子でしばらく突っ立っていた。
それから両手で口を覆う。
「せ、節子さん……!?」




