9 狼さんとティーパーティー
二人分の紅茶を淹れ、ついでに茶請けのクッキーを出すと、チトセはぶつくさ言いながら部屋の外へ消えていった。ライカがひっくり返したという箱を片付けてくるらしい。ちなみにひっくり返した張本人は手伝いを申し出たがあえなく却下されていた。曰く、余計に悪化するからやめろ、だそうだ。
という訳で、現在小雪は初対面のライカと二人、部屋に取り残されていた。
「んと、サユキ、だっけか? ここらじゃあんまり聞かない響きの名前だよなァ」
テーブルを挟んで斜め向かいに座るライカが、クッキーを頬張りつつ小雪に話しかける。
「あ、それチトセさんにも言われました。そんなに珍しいですか?」
「んん? 珍しい、と思うぞ。俺には発音がちょっと難しい」
クッキーを摘まんでいた指先をぺろりとひと舐めして、ライカはもう一度「サユキ」と呟いた。
「サユキ、ん、違うなァ、サ、ゆき? さ、ゆ、き、さゆき……お、だいぶ近くなったか? どうだ?」
音を確認するように、何度か名前を繰り返す。狼というだけあって耳が良いのか、瞬く間に発音が修正されていった。
「えっ……と、かなり、近いと思います」
「そいつはよかった! ――ん? さゆき、なんか顔赤くないか?」
「いや、あの」
ライカがあまりにも名前を連呼するので、何となく恥ずかしくなってしまった。
「……いえ、何でもないので、お気になさらず」
小雪の返答に、ライカは不思議そうに首を傾げる。三角耳が少し揺れ、しかしすぐにピンと跳ね上がった。
「まァ、いいか! ほらさゆき、お前もクッキー食べろ」
菓子皿ごと差し出され、勧められるまま小雪はクッキーを口にする。控えめな甘さとハーブ独特の風味が効いたクッキーは紅茶によくあった。
「美味いか?」
「とっても美味しいです」
ライカの言葉に素直に頷けば、彼はぱっと破顔する。
「そうかそうか、小雪もそう思うか! チトセのやつ、昔からこういうの得意なんだよなァ」
まるで自分のことのように喜ぶライカに、小雪もつられて笑みがこぼれた。
「チトセさんって、よくお菓子作るんですか?」
昨日はアップルパイを焼いていたし、このクッキーもチトセの手作りのようだ。ふとした小雪の質問に、ライカが一つ頷く。
「そうだな。あァ、――そういや、この家が菓子類を切らしてるのって俺見たことないわ」
「それってすごいですね……」
もしかすると、チトセはかなりの甘党なのだろうか。
「あいつもだけど、親父さんもお袋さんも甘いもの好きだったからなァ。血筋か何かじゃねぇか?」
冗談めかした調子でライカが笑う。
「まァ、何にせよここにいる限りは、美味い菓子に困るこたねえな。小雪は見たところまだ魔力が安定しきってねえから、たくさん食って魔力をつけた方がいい」
いっぱい食わせてもらえよォ? と上機嫌に笑うライカ。
一方の小雪は、ぽかんと口を開けて瞬きを繰り返した。何か今、不思議なことを言われた気がする。
「――ん、呼ばれてんな」 呆けたままの小雪をしり目に、耳を廊下側に向けたライカが立ち上がる。
「詳しいことはチトセが来たらな。小雪はちょっと留守番しててくれ」
言いながら小雪の頭をぽんぽんと撫で、ライカは部屋の外へ出ていった。
パタパタと揺れる尻尾が扉の向こうに消えるまで、小雪は口を開けたままだった。




