歩き始める時
私はそろそろ会田鉄夫とのたわいないおしゃべりをやめて、動きだす時が来ているのであるが、未だに面倒な自分がいる。こういうのは甘えであるが、しょうがない。
「そもそも、詰むとは何かねえ」
と私はつぶやいた。すると、会田鉄夫は、スパゲティに箸を絡ませながらこう答えた。
「詰むってのは、まあ、弱気なんだな。君の原点を思い出して、また戦えばいいんだよ」
「原点ねえ」
「小説なんじゃないの?」
「小説ねえ」
私は小説を書くと言い続けて、同じようなことを延々としているようにも思えてしょうがない。学生時代に、『堂々巡り』というミニコミ誌を作ったことがあったが、まさに、今、堂々巡りをしているような気がする。
「そうね」
「だから、円環構造から抜け出す時が来たんだろうな」
「だろうね」
「よし、そういうことで、お前は、小説を書けばいいんだよ。自己紹介は終わった。小説を書け!」
「でも、書くことがないもん」
「探せ、以上」
ということで、私は彼の車に乗って家に帰ってきたのである。この小説が、全百回として、何を書けばいいのか、わからなくなってきたが、段々と、わかってきたのは、小説を書けばいいのではないか?ということである。そうすれば、詰むということはない。
しかし、小説と簡単に言うが、なかなか難しいものである。書く以上は、最低でもノーベル文学賞を取るくらいのものを書かなくては、私の恥である。自分のやっていることを黒歴史にしたくはない。
今、私は清々しいほどに前向きな気持ちになっている。あとは、方法論が伴えば良いのであるが、方法論なんてものはない。いつも道なき道を切り開いてきたではないか。
散歩の精神である。人生なんて寄り道じゃないか。必ずしもわからないで良い。ガムシャラに、ただ、当たり前に、生きとし生けるもののように。そう言った、ある意味での平常心が求められているのだ。
昔、子供時代、私の従兄弟が「平常心、平常心」といつも言っていたことを思い出した。彼は、それから数年後に東大に受かったのであった。私は、早稲田大学に受かろうとして落ちたのであるが、昔っから、そそっかしい子供だった。
それもこれも平常心が足りないからだ。昔の日本人も、平常心を求めていた。たとえば、平安京、平城京という都の名前がある。何故、そんなに平が好きなのか。平家が天下を制した時があった。平定という言葉もある。あれ?そもそも何の話をしてたっけ。そうだ。散歩だ。散歩をしよう。




