たぶん、主人公⑦
白シャツを鮮やかに彩るように、カリナは赤色のリボン、レヴシオンはネクタイを結んでいた。
ジャケットは鮮やかな青色。
なんて目立つ制服なんだろう。紺色とかにしようと思わなかったのかな。
学園には同じ制服を着た学生が溢れかえっていた。
事前にレティから聞いていた通りに、自分の授業に合わせて教室へ向かう。
時折、すれ違い様に、あの方は…という声が聞こえてくる。噂話に留まり、直接話しかけてくるような人間はいないらしい。
これなら無理せずやっていけるかも、と気合を入れて踏み込んだ教室には、人だかりができていた。
「ねえ、クロウくんが本気出すとすごいって本当!?」
「貴女が聖女様って聞いたわ!お名前を教えていただくことはできるかしら?」
「俺、あの場にいたんだけど感動したよ!」
「いや、僕の力なんてそんな大層なものでないよ。それに彼女は今日が初めての学園なんだ。どうか落ち着いてくれないかな。」
「あはは……。」
人だかりの中心には、見覚えのある人物が並んで座っていた。
「わお。初見だけど知ってるような顔〜。」
「なんてこと……。」
カリナは直感で感じた。これは明らかに、やばい。
聖女と黒髪の君の二人組と同じ学園の生徒であること、彼らと同じ授業を受けること、そして何より、あの子の髪色がピンクブロンドであること。
……私に乙女ゲームは分からない。けれど、セオリーは、分かる。
彼女が、主人公だ。
隣にいるクロウと呼ばれた彼が何者かは分からないが、おそらく攻略対象の一人だろう。
きっとあの二人は名乗り出たのではなく、そういう運命だからストーリー補正が入ったんだ。あの場面でカリナが奮闘しなくても、ストーリー通りならあの二人が解決したんだろう。
……自然とストーリー補正が行われるのであれば、悪役令嬢であるカリナの運命は?
呆然と立ち尽くすカリナに気づいたレヴシオンが、顔を近づける。
「ねえ、カリナ。大丈夫だよ。僕がいるんだから。」
不安そうな顔を続けるカリナの手を両手で包み込み、おでこをコツンっと当てる。
カリナは顔が熱くなるのを感じた。
レヴシオンの長いまつ毛が伏せって、開く。
彼の瞬きすらゆっくり観察してしまう。
もうダメだ、私はこの熱に溶かされてしまうんだ。
溢れそうになる涙があったはずなのに、気づけばスーッと消えていた。
死亡フラグを回避するため、色々考えなければいけないことがたくさんあるはずなのに、そんなことどうでもいいからレヴィとただ一緒にいたい、と考えてしまう。
吊り橋効果だと分かっているのに、この熱を求めてしまう。
誰だって不安な時にとても頼りになる人が近くにいたら……惚れてしまうよね。
「レヴィ、好き。ありがとう。」
「うん、知ってる。僕もカリナが好きだよ。」
さあどうぞお嬢さん、とレヴシオンがカリナを椅子に座らせる。
彼の性格上、気に入った相手には誰にでもこんなことをするんだろう。
それでも今は私だけ。私だけのレヴィだ。
カリナはレヴシオンのジャケットの裾を大切に握りしめた。
「死亡フラグを、回避したい。」
レヴシオンがニヤリと笑って答える。
「ふふ。僕とカリナの力が揃っていて、できないことがあると思う?」
「ふふふ。ないね。」
「うん、ないよ。カリナは長生きして僕のこと楽しませてよね。」
「うん。長生きする。レヴィこそずっとそばで護衛してよね。」
「言われなくても。ねぇ、とりあえずは彼らに接触しない、認知されない、って感じでいいよね?」
「うん。下手に接触するのは避けよう。……ということで、ヴェール。」
どれほどの効果があるのか分からない認識阻害の魔法を唱える。
ただ、ピンクブロンドの彼女が聖女とされるくらいには、認識阻害の効果はあるはずだ。
「この認識阻害の魔法、ヴェールって言うんだ。便利だね。」
「これどれくらい効果あるかな?レヴィはすぐに私だって気づいたよね。」
「そりゃ僕がカリナのこと分からないわけないでしょ。」
レヴィはカリナの頬に軽くキスをして続ける。
「顔見知りだと効果が薄いとかはあるかもね。またあとで検証しよう。」
……今のキス、必要だった?
スキンシップの多さに驚きながら、慣れ始めている自分にも気づく。
ドラゴンは人間とは距離感の保ち方が違うのかもしれない。
***
久しぶりの座学を受け終わる頃には、クロウと呼ばれた黒髪の青年と、偽の聖女のことをすっかり忘れていた。
一日の授業が終わり門に向かうと、見覚えのある甲冑が佇んでいた。
「あら、ルイス団長。ご機嫌よう。」
「カリナ様、お元気そうで何よりです。」
二人が話し始めると、レヴシオンが目を細めて割り込む。
「カリナ。これ、誰?」
「こちらは王国騎士団長を任されているルイス団長よ。私の元婚約者についてしっかり対応いただいているのよ。」
悪役令嬢らしく、ニコッと微笑んでルイス団長を見る。
「王国騎士第二部隊騎士団長ルイス・チェルティです。カリナ様、こちらの方は?」
レヴシオンは不満そうな顔をしながらルイスをジロジロ見た。
カリナが、こちらは……とレヴシオンを紹介するの遮り、レヴシオンがカリナの手を引く。
「カリナ、行こう。もう疲れたでしょ。早く帰ってゆっくりしよう。」
強引なレヴシオンに驚きつつも、今は悪役令嬢ターン。表情や態度に出すべきではない。
カリナは感情をねじ伏せ、両手でレヴシオンの手を握り返し、微笑む。
「ええ、そうね。ルイス団長、私病み上がりですの。本日はここで失礼いたしますわ。またご用がありましたら屋敷までお越しくださいませね。」
ルイスは目を丸くし、レヴシオンとカリナを交互に見た後、コホンと咳払いをした。
「気が利かず申し訳ありません。本日は別の方の警護で参りましたので、カリナ様はお気になさらずご帰宅いただいて構いません。……あ、私もここで失礼いたします。お気をつけてお帰りくださいませ。」
警護対象を見つけたのか、ルイスが焦ってその場を後にする。
「なんなのあいつ。なんでカリナって呼ぶわけ。」
レヴシオンが甲冑の後ろ姿を見つめながらまた細い目をする。
え〜!?嫉妬〜!?
胸キュン展開に内心驚きつつ、しかし、カリナにはもっと気になることが目の前にあった。
「警護って言ってたよね。それってつまりさ……。」
「あの聖女だろうね〜。」
「もう、管理されてるんだ。」
「聖女様は大変だね。」
絶対にバレてはならない、と再認識する。
管理で済めばまだいい。
国家が敵になり、死亡フラグが立つことだけは避けなければいけない。
……カリナの人生で国家を敵に回すようなことはなかったけど。
「レヴィ、帰ろうか。」
繋いだ手をもう一度握りしめる。
私は平凡な公爵令嬢。もう二度とピアスを外す真似はしない。




