閑話 ある聖女
「何でわたくしがこんな目に遭わなければならないのよ!!」
ガシャーンと音を立てて崩れ落ちる調度品。
壁に当たったグラスは粉々に割れ、辺りに散らばっている。
カーテンを締め切り薄暗いその部屋はまるで強盗にでも入られたかのように荒れていた。
「く、クレア様……」
おずおずと声をかけたのは神殿に仕える神女。
その目線の先には長い髪を振り乱して息を荒げる聖女の姿があった。
「何よ!! あなたもわたくしに文句があるっていうの!?」
「い、いえ! そのようなことは!」
聖女――昼の聖女クレアは血走った目で神女を睨む。
その瞳には狂気が宿っていた。
神女は逃げる様に踵を返し、部屋を出ていく。
パタパタと足音が遠ざかっていくのを確認するとクレアは再び部屋を荒らし始める。
「なによなによ!! 皆あんな目でわたくしを見て!! いっちょ前に憐みの眼を向けてこないでよ!!」
はあ、はあ。
荒い息遣いが部屋に反響する。
「どいつもこいつも! わたくしに結界が張れないと知ったら手のひらを返して!! あんなにわたくしをちやほやしていたくせに、なんなのよ!!」
ここ最近、セイア王国では魔物が急増していた。
夜の聖女がいなくなったからだ。
国の要請でクレアが祈りを捧げていたが、結界など張れるはずもなく魔物の侵攻を押しとどめることはできなかった。
当然だ。昼の聖女の能力は「回復」。
怪我をした者や病を患った者を助けるのがクレアの役割なのだから。
防御の要が不在となれば、国が崩れるのも無理はないのだ。
「王様も王様よ!! わたくしをあれだけ可愛がっていたはずなのに、邪魔なイレーネを追い出しただけで謹慎まで……!! わたくしは公爵家の人間なのよ!? あんな平民の女の一人や二人いなくなったところで罰するなんてあんまりだわ!!」
イレーネを追い出したのはクレアとガイアの独断で起こされたことであった。
王はイレーネを飼い殺しにし続けるつもりであったのだ。
よって王の物を勝手に売り払ったことによる謹慎を言い渡されていた。
「それに平民ども! このわたくしに石まで投げてっ!! 絶対に許さないわ……」
セイア王国は腐りきっていた。
長年イレーネに罵倒を浴びせていた国民は、自分たちに危害が及ぶと分かると今度はクレアを標的にし始めたのだ。
散々クレアを称えていた民たちは防御機能がなくなったと分かるとクレアを責め、非難をぶつけてきた。
当然昼の聖女の地位は一気に転落していき、今ではガイアとの関係もぎすぎすしている。
「それもこれも全部……全部あの女のせいだ!!」
クレアは手元にあったナイフを床に突き立てた。
――ドスッ
何度も、何度も何度も。
突き立てられたその先にはイレーネの残した本。
ボロボロになったそれを見てクレアは笑った。
「見てなさい。わたくしはあなたに復讐を遂げて見せる!! そして必ず返り咲いて見せるわ!!」
クレアは壊れたように笑いながら一枚の招待状を取り出す。
「だれかいる!? これを早急にグレノス公国へ届けなさい!!」
空は曇り、太陽の光は届かない。
暗雲が立ち込み始めていた。
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