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5話 その聖女、街へおもむく

 


「ん……」


 私は気持ちの良い微睡まどろみから目を覚ます。


 ふかふかのベッドに柔らかい枕。


 子供用の小さなベッドで体を縮ませ、風の良く通る布団で凍えて寝ていた前までとはすごい違いだ。


「お目覚めですか~?」


 体を起こすと隣から声が掛かる。

 暗くてあまり姿は見えないが、この声は侍女のカリンさんのものだ。

 なんと、私の専属侍女なのだという。


「あ……はい。おはようございます」

「おはようございます~。カーテン開けますね~」


 陽の光で寝苦しくないようにと閉ざされていたカーテンが開かれ、夕日が部屋を照らす。

 夜の聖女である私の一日の始まりは夕方なのだ。


 夕日で浮かび上がった私の部屋はとても広く、白と青を基調にした部屋には一目で質の良さが分かる家具が揃えられ、私などにはもったいないくらいだ。


 そして私が寝ていたベッドはなんと天蓋付き。

 まるで一国の姫のように扱われて、来た当初は本当に慌ててしまった。


 ……今でもまだ慣れていないのだが。


「さあご公務の前に入浴をしてしまいましょう」


 カリンさんは私が寝起きでぼんやりとしている間にもテキパキと身の回りの世話をしてくれる。

 バスルームまで連れていかれるともう一人の専属侍女、ミルテさんがお湯の準備を整えてくれていた。


「おはようございますイレーネ様。よく眠れましたか?」

「おはようございます。はい、おかげさまで」


 二人はなんと風呂の世話までしてくれる。

 そんなことまでしなくてもと思ったが、「身の回りのお世話はわたしたちの仕事ですので」と言われてしまっては止めようがない。


 そういう訳で慣れないながらも薬草の香りのするお湯に浸かる。


「イレーネ様、お怪我がだいぶ治りましたね」


 ミルテさんにそう言われて私は自分の体を見た。


「あ……本当ですね」


 痣はまだところどころにあるけれど、切り傷や擦り傷はほとんどなくなっていた。

 傷跡も残っていない。


 グレノス公国に来てから1か月間、優しく丁寧に世話をしてくれる彼女たちのおかげで消えていったのだ。


「本当に良かったです。痕が残らなさそうで安心しました」

「気持ちの悪いものを見せてしまい、申し訳ありません」


 セイア王国では毎日服で隠れるところを蹴られたり突き飛ばされたりしていたせいで、私の体にはいろんな傷があった。


 お風呂の世話を拒んでいた理由は、この傷を見たら不快な思いをさせてしまうに違いないと思ったからだ。



「いいえ、とんでもありません! 気持ちが悪いなどと……。わたしどもは光栄ながらイレーネ様の侍女を任された身。いかようにもお使いいただいて構いません! 何ならこの傷を付けた奴に同じ傷を負わせてきましょうか?」


「え、えっと。そこまでしなくても……」


 ミルテさんの目は真剣マジだった。

 私が命令すればすぐにでも飛んでいきそうで、慌てて首を振る。


「イレーネ様はお優しいですね」

「そ、そうですか?」


 ミルテさんは残念そうに一つ息を吐くと肩からお湯をかけていく。

 一体、どこまでが本気なのだろうか。



 お風呂から上がると聖女の公務服を着せられる。


 すごく肌触りの良い服はどこからどう見ても高級品だと分かる代物で、細部まで細かい刺繍ししゅうほどこされている。

 私は汚してしまわないか心配だったが、私の為に作ったと言われては着ないわけにいかない。


 その服を着て、食堂へと向かった。




「やあ、おはよう。よく眠れたか?」

「陛下」


 食堂へ着くと、既に陛下が待っていた。


「すみません、お待たせしてしまいましたか?」

「いや、大丈夫だ。オレが早く君に会いたくて来てしまっただけだからな」

「っ!!」


「それからその服、よく似合っている」

「あ、ありがとうございます」


 ナチュラルにすごく恥ずかしくなる言葉を投げかけられる。

 たまらず下を向けば笑われてしまった。


「まだ慣れないか」

「……慣れる訳がありませんよ」


 陛下は毎日今のような口説き文句を言ってくる。

 そのたびに私の心臓が大きく脈を打つ。


 今も暖かな眼差しで見つめられてぎゅっと胸が締め付けられた。


「もう1月経つのだし、慣れてくれてもいいと思うのだがな」

「……ご容赦ようしゃくださいませ」


(心臓がいくつあっても足りません!!)


 私はバクバクと主張を続ける心臓を抑えて席に座った。


「さあ食べようか」


 陛下が言うと湯気を上げる料理が運ばれてくる。

 新鮮なサラダに臭みのないお肉。

 どれもこれも美味しいものばかりである。


 徹底的に鮮度を管理しているのだろう。


「うちのシェフがイレーネに満足のいくものを食べていただくんだって張り切って作っていたからな。味は気に入ったか?」

「はい! とっても美味しいです!!」

「それはよかった。気に入ったものがあったら言ってくれ。シェフに伝えておこう」


 セイア王国ではいつもお祈りをしてクレア様のお世話をしてから自分のご飯を作っていたので、適当な料理ばかりだったし、こんなにもゆっくりと食べることなど出来なかった。


 私は初めてゆっくりと食べるありがたみを知ったのだ。


 本当にこの国に来てから貰ってばかりだ。

 私も返していかなければ。



「そういえば、体の具合はどうだ?」

「はい。随分とよくなりました」


 食後の紅茶を飲みながら尋ねられる。

 侍女たちから体の傷の話が伝わったようで、陛下は度々私の心配をしてくれる。


「そうか、それは何より。だが無理はしてくれるなよ」

「ええ、大丈夫です」


「……あー。それでだな。もしよかったらなんだが」

「?」


 頬を掻きながら珍しく言いよどむ陛下。

 やがて私の様子を伺うようにちらりとこちらを向いた。


「嫌だったら断ってくれて構わない。その、国の視察を共にどうかと思ってな」

「視察……?」

「ああ。もうこの国に来てから1ヶ月が経っただろ。その間ずっと城に居てもらったが、国民からイレーネに会いたいという意見が相当量たまっていてな」

「私に、ですか?」


 思いもよらぬ申し出に、目を瞬かせる。


「やはりまだやめておいた方がよいか」

「いえ! ぜひいかせてください!!」


 前のめり気味にそう返す。

 自分に会いたいと言ってくれるとは思っていなかったが、そんな嬉しいことを言ってくれているのだ。

 いかないわけにいかないだろう。


「そうか。良かった。では今日の祈りは街で行う形になるがいいだろうか」

「はいもちろんです!」


 



「うわあ! すごくきれいですね!」


 すっかり日が沈んだ街は等間隔に置かれたランプのともしびに照らされ幻想的な風景になっていた。

 グレノス公国は夜でも十分に明るい。

 さすがは「不夜城」と呼ばれる国だ。


「ああ。真っ暗だと民も安心して出歩けないからな。それに前までは魔物の侵攻に警戒しなくてはいけなかったというのもある。もはや習慣なのだ」


 陛下と私はそんな道を馬車に乗ってゆっくりと進む。

 向かう先は街の礼拝所。


 そこで祈りを捧げ、その後街を視察する予定だ。


「ほら、見えたぞ」


 殿下が馬車の窓から外を指す。

 そこにはキャンドルがたくさん灯された小さな広場、そして立派な礼拝堂があった。


 その周りには既に人だかりができていた。


「すごいな。イレーネを一目見ようと集まってきたのか。集まりすぎるといけないから周知などしていなかったはずだが……」

「えっ」


 私を見に……?


「ど、どどどどうしましょう」


 どっと汗をかく。

 まさかこんなに注目されるとは思わずに、なんの準備もしていない。


 やることと言えば祈りをささげることぐらいだ。

 面白いわけがない。


「な、何か面白い芸でもやった方がよろしいのですか?」

「いや、いつも通りでいいが……何か芸があるのか?」

「……! ……できないです」

「ぶはっ」


 絶望顔で陛下を見つめれば、耐えきれないように吹き出された。


「くくく、そんな顔をしなくても良いだろう。それに君には祈りの力がある。それで十分さ」

「そう、ですか?」

「ああ。ほら、降りよう」


 陛下は先に降りて手を差し出してくれる。

 私はその手を取って降り、国民の前に初めて姿を見せた。



「「「「夜の聖女様! ようこそグレノス公国へ!!!」」」」



 途端に響く歓声。

 ワアっと声が上がり、花びらが巻き上げられる。

 赤、青、黄色、ピンク――。

 カラフルな花びらが夜空を彩った。


「!!」


「聖女様!」

「こっち見てください!」

「安心して眠れるようになりました!!」

「ありがとうございます!!」


 そんな温かい声がいくつも聞こえる。

 そのどれもが私の心に溶け込んでいった。


 嬉しさがこみ上げて微笑みを零す。


「イレーネ。手を振ってあげてくれないか?」

「はい」


 言われるがままに手を振ればさらに歓声が上がる。

 それは数分後、私が礼拝堂に入るまで続いた。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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