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4話 その聖女と野蛮国

 


 「聖女」とは神の声を聴くことのできる人間のこと。

 神の力を借りて、普通の人間にはない力を有する人間。


 それ故彼女らは弱き者どもを導いていく使命がある。



 だがどこまで行ったとて、人間は人間。

 すべてができる神という訳ではない。


 「昼の聖女」が「回復」の力をもっていたり「朝の聖女」が「浄化」の力を持っていたりするように、一人一人の聖女の役割が違うのだ。



 そして「夜の聖女」の力は「守護」。


 夜の聖女が守りたいと願うものを守る力。

 それは夜の神の権能けんのうゆえ月の光が届く時間だけ発揮はっきされる力ではあるが、発動している間はいかなる攻撃も通さない鉄壁の結界となる。


 夜の聖女がいれば、夜の間の安心安全が保証されるようなものである。



 ただし欠点がある。

 聖女の意識がある時しか発動されないのだ。

 それ故、夜の聖女は夜通し祈り結界を維持する役目を負う。


 つまりは昼夜逆転生活ということだ。



「それのどこがいけないっていうんだ」


 ルドニークは聖女について書かれた本を机に置くと息を吐き出す。


「イレーネだって優れた能力を持っている。それなのに……よくも。あの者ども、許してはおかない」


 本の下にあった紙の束がぐしゃりと握り潰される。


「陛下。素が出すぎていますよ」

「……ルスランか。仕方がないだろう。こんなものを見せられては怒りを抑えることが難しいというもの」

「そのお気持ちはわかりますが、部下たちが苦労して集めた情報を集約させた資料です。証拠にもなりますし、破棄だけはしないでくださいよ」


 ルドニークの手によってぐしゃぐしゃにされた紙には、部下たちが調査した物事が事細かに書き連ねられている。


 何についてかと言えば、イレーネのことに決まっている。


 彼女が優れた聖女であることはグレノス公国の全国民が知るところとなった。


 それなのに彼女は自己肯定感が異様に低い。

 それに言動からも怯えがにじみ出ている。


「なあルスラン。オレって怖いか?」

「陛下が怖いというのは仕方がありませんよ」

「お前なあ……。仮にも主に向ってそう鋭利な言葉を投げかけるものではないぞ」


「いえ。率直な感想を求めていらっしゃるようだったので。……ですが、イレーネ様の場合はそれだけではないようですね」

「ああ……」


 ルドニークは手元の資料に目を向けた。

 そこにはここに来てからの彼女の様子と、セイア王国での彼女の生活が書かれていた。


 その文字の羅列られつに、思わず眉間を寄せてしまったのも無理はないだろう。


「ひどいものだ」


(初めは環境が変わったから、もしくは……考えたくはないがオレが怖いからそのような態度になっているのだと思っていた)


 だがイレーネがグレノス公国に来てから今日で2週間が経とうというのに、彼女の言動は相変わらずだった。


「カリン、ミルテ。報告を」


 ルドニークは部屋の入口に控えるイレーネの専属侍女に目を向ける。


「はい~。現在はよくお眠りになってますよ~」

「いつも通り10時にベッドへはいられました。恐らく目を覚ますのは17時ころになるかと」


 この二人は激しい専属侍女の座争いを勝ち取った城の中でも猛者もさのメイドだ。


 カリンはどんな毒でも見分けられる鑑定眼かんていがん持ちでイレーネの食事は全てカリンを通しているし、ミルテは城の中でも指折りの戦闘力を誇るため侍女兼護衛だ。


 夜の聖女の専属侍女をやるにはどちらも欠かせない能力である。


 それだけイレーネの存在は大切で、過保護にしすぎるくらいでちょうどよいのだ。


「最近は睡眠時間は増えたのか?」

「はい~。こちらに来られて1週間は毎日4時間程の睡眠時間でしたが、今は半強制的に7時間は眠っていただいてます~。途中で目を覚まされていますがベッドからは一歩も下りさせませんよ~」


 カリンが得意げに胸を張った。


「そうか、よくやった。体の具合はどうなのだ?」


 ミルテに視線を移すとミルテは敬礼して口を開く。


「はい。体中にあった打撲の痕や傷はだいぶ薄れてきております。ですがまだ全快とはいかず、もうしばらく時間がかかるでしょう」

「分かった。薬湯を絶やすな。シェフには薬効のある料理を増やすように言っておく」

「仰せのままに」


 ルドニークは頭が痛むようで軽くこめかみを押さえる。


 専属侍女たちの話では、イレーネの体には無数の傷があるというのだ。

 どう考えても普通に生活していてはつくことのない傷で、セイア王国では酷い扱いを受けていたのは明らかだという。


 それどころかイレーネはまるで自分を召使や奴隷と思っているような節すらある。

 へりくだり雑事をこなそうとする。それが当たり前であるかのように。


「イレーネの自己肯定感が極端に低いのは、やはりセイア王国の奴らが彼女を長年にわたり不当に扱ってきたからだろう」


 資料に目線を戻す。

 そこに書かれていたのは目をそむけたくなるような内容ばかり。


 暴行は日常茶飯事。罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけ国中でイレーネの存在を否定し続けてきた。

 そして使用人のごとき真似……いや奴隷と同じような扱いをしてきたのだ。


(どいつもこいつも許しがたい)


 だが主犯はガイア王子および「昼の聖女」クレア。


(この二人だけは絶対に捨て置かない)


 ルドニークは絶対に報いを受けさせるという強い意志を持った。




「はい調査によりますと、そうやってイレーネ様の精神をコントロールすることで国に依存させていたようです」

「くそじゃないか」

「あと王子と婚約だけはさせてそれも重荷にしたようですね」

「……くそ野郎」


 思わず吐き捨てるようにつぶやいてしまうが、部屋にいた全員が同意した。


「本当ですね~。でもイレーネ様が向こうの王子を好きじゃなくて、陛下的にはよかったんじゃないですか~? 陛下昔からイレーネ様にゾッコンでしたし~」


「それは、まあ」


 そう。ルドニークは何も聖女としての力だけを求めていたわけではない。

 その昔、今から17年ほど前。当時9歳だったルドニークは当時3歳のイレーネに助けられたことがあるのだ。

 イレーネは覚えていないだろうが。


 ほんの些細な出来事ではあったが、幼いルドニークはそれだけで救われた。

 ルドニークはその時からイレーネに恋焦がれ続けていたのだ。


「陛下いつも言ってましたもんね~。『オレが結婚するなら彼女の他いない』って」


 カリンがにやにやしながらルドニークを見る。

 生暖かい眼差しだった。


「でも陛下がそれだけ愛されているのもわかります~。あたし、イレーネ様の為なら喜んで命を差し出せますもん~」

「それを言うのならわたしだってそうよ」

「僕もですが。それに陛下を救ってくださったのなら間接的に我ら公国民を救ったのと同義。我らはすでに2度もイレーネ様に救われているようなものです」


 その言葉に賛同の意を示すミルテとルスラン。

 その目には深い尊敬が浮かんでいる。


「そう。オレたちにとってイレーネは何よりも尊重すべきもの。それなのにドーラン王国の奴らは彼女をセイア王国に売り飛ばした。滅びて当然だな」


 ドーラン王国とはグレノス公国の前にこの場にあった王国で、国民を商品にして利を得ていた国である。

 そんな国が長く栄える訳もなく、10年ほど前に起きたクーデターにより滅亡。

 そのクーデターのリーダーがルドニークだったわけだ。



「さて、それでセイア王国についてだが……」


 その後行方不明になったイレーネをルドニークは這いずり回って探した。


 ようやく見つけた時には既に部下たちの報告にあったような状態となってしまっており、これは一刻も早く助け出さねばと思い多少強引な手段をとることにした。


 これが人質問題の顛末てんまつである。



「やはり許せん。どう料理してやろうか……」


 ルドニークはセイア王国に対する報復に考えを巡らせる。



「奴ら、平和が過ぎたんでしょうね~。次第に『夜の聖女』を本当に必要としなくなったせいで余計に拍車が掛かったようです~。……毒でも盛ってきましょうかぁ?」


 カリンが黒い笑みを称えて袖から怪しげなビンを取り出した。


遅効性ちこうせい致死性ちしせい、証拠の残らない最近できた毒もあります~。ご命令はいつでもどうぞ~」

「あら、ダメよ毒なんかじゃ。ここはまずイレーネ様につけられた傷全てをお返ししてあげなくちゃ。陛下わたしでしたら生かさず殺さず絶妙な加減で任務を遂行して見せます!」


 ミルテも負けじと声を上げる。


「どちらもいい案ですが、まずは社会的・政治的に抹消まっしょうしましょう。聖女を祀る様々な国に事実を伝えれば自ずとむくいを受けることになるでしょう」


 隣にいたルスランまでも声を上げる。


 頼もしい限りだ。



「そうだな。まずはイレーネの傷を癒すのが最優先だ。それと向こうの国から送られてきている物は全て捨てろ。関りは全て絶て」

「「「御意」」」

「それからイレーネのことは精いっぱい甘やかせ。自分の存在がどれだけオレ達にとって重要かを教え込むのだ!!」


 ルドニークはそこまで言うと少しの間をおいて冷徹な笑みを称える。



「そしてイレーネが癒えたら、その時は……速やかに潰す」



 その顔は野蛮国と呼ばれる国の主にふさわしいほど残酷な表情であったが、同時に確固たる意志を備えた美しい顔であった。



 忘れることなかれ。


 イレーネの前では穏やかに振舞ってはいるがこの男、世界でも有数の軍事力を誇る国の君主なのである。

 彼に睨まれて無事だったものなどいた試しがない。


 それ故恐れられているのだから……。



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