最終話 イレーネ
パチリと重たい瞼を開く。
見えたのは薄い青色の天蓋。
「……ここ」
声を出そうとして気が付く。
喉が張り付いてうまく声が出ないことに。
声が出しにくいのならと視線を動かす。
今見えている天蓋はやはり自分の慣れ親しんだベッドのもののようだ。
ということは……。
(もどって……来れたのね)
そう実感すれば心に広がるのは確かな安堵。
帰りたかった場所にいるのだから。
涙が滲む。
拭おうと手を動かすと、微かに重みがあることに気が付いた。
体はあちこちが痛みを訴えているし、顔を動かすこともきついのだが気合を込めれば何とか動く。
「……ぁ」
そこには私の手を握ったままベッドに突っ伏して眠っている美しい人がいた。
私が恋焦がれて仕方がない人。
愛おしいその方。
「ルドニーク様……」
私のかすかすな声に反応したのか彼がピクリと動いた。
やがて開かれる瞼。起き上がる彼。
「……イレーネ……?」
ルドニーク様は信じられないものを見た時のように目を大きく広げた。
しっかりとわたしの顔を覗き込む。
「は……い」
ガサガサで酷い声だ。
それでも私はここにいると伝わったのだろう。
次第に彼の目には涙が浮かんだ。
そして握られていた手にぎゅうっと力が籠る。
「イレーネ……イレーネ」
何度も何度も私を呼ぶ愛しい声にくすぐったくなる。
「ここ……にいま、すよ」
僅かに動いた手で彼の顔を撫でるとますます泣いてしまった。
どうしたらよいのか分からず彼の頬を撫で続ける。
「オレはっ! オレはもうダメなのかと……っ!!」
「は、い」
「すまない!! すまないイレーネ!!」
「なぜ……謝るの、です」
ルドニーク様は謝り続ける。
落ち着くまで時間がかかりそうだ。
「オレは……君を守ると言っておきながら……何もしてやれなかった」
「……」
「君を攫われるだけでなく、その命まで危険にさらして……」
「……」
「すまない!! オレと関わったばかりにこのようなことに……っ!」
ルドニーク様の口から紡がれる言葉を聞いていたくなくて、私は起き上がりその唇を奪った。
体を離すとぽかんとした彼の顔が見えた。
ルドニーク様のそんな表情は珍しくて思わず笑ってしまう。
「私……はあなたに会えた、こと、とても幸福に、思います」
途切れ途切れの言葉は届いただろうか。
……赤みを帯びだした彼の顔を見ていればその答えは分かる。
にこりと微笑み、涙の痕をなぞる。
ピクリと動いた。
それが面白くて、たまらなく愛おしくて、私はまた笑った。
「イレーネっ!!」
「きゃあ!」
たまらずと言った様子で私を抱きしめるルドニーク様。
至近距離に彼の顔がある。
深い紫色の彼の髪を撫でる。
するすると流れる艶やかな髪だ。
次いで額、目元、頬と指を添わせる。
両手で彼の顔を優しく包み込んだ。
「ルドニーク様。助けに来てくださりありがとうございます」
「そんなの、当たり前だろう!」
強く、けれど潰れてしまわないように優しく抱きすくめられる。
「君がどこにいようとも、必ずオレが迎えにいく」
「はい……」
夢の中で見たあの紫色の糸は、きっとルドニーク様だ。
その言葉の通り、彼は天に昇ろうとする私を迎えに来てくれたのだろう。
あれがなければきっと私はあのまま消えていたに違いない。
見つめ合った私達は再び口づけを交わす。
お互いの存在を確かめ合うように。
もう離れていかないように。
深く深く確かめ合った。
「……はぁ。もう二度と離さない……」
「……ええ。どうぞよろしくお願いいたします」
至近距離で微笑み合う。
――幸せだ。この上もないくらい。
私は変われた。
変わらせてくれたのは間違いなく彼。
彼の為にも、彼の愛する全てを守れる聖女であり続けよう。
その誓いを口づけに閉じ込めて。
永遠に変わることのないように。
私はイレーネ。
この国を守る夜の聖女。
それはこの先何があろうと変わらないだろう。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
あとエピローグが終われば完結となります!
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